断片の使徒

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
5 / 178
本編

 3

しおりを挟む


 まったく、なんて妙なガキだ。

 フランジェスカはイライラしながら剣で薮を切り払う。
 とんだ無知だし、持っているものは妙な品だし、〈黒〉だから存在そのものが腹が立つし。その癖、着ている服には魔法陣が刺繍されているから、育ちが良いのだろう。それで常識知らずというのが意味が分からない。

『クラ森に行きなさい。そこであなたの運命を変える出会いがある。きっと良い道へ繋がるわ』

 我がおぞましき呪いを知って尚、態度を変えない心優しき友エレノイカの柔らかな声が耳に蘇る。
 だが、エレノイカよ。これではあんまりではないか。
 何故、その森で〈黒〉の子どもを見つけなくてはいけないのだ。抹殺すべき悪魔の使いだろう?
 実際に殺そうとした時、不運にも夜が来てしまったせいで手を下せなかった。

 だからといってその存在が許せるはずもない。モンスターの姿のまま襲いかかったが、あっけなくいなされた。しかも、血に飢えた殺人鬼や通り魔などと屈辱的な言葉を浴びせられた。我慢ならなかったから、また飛びかかったが、無視され、相手にもされなかった。
 子どもは誰かを探しているようだった。今ではすっかり良くなっているが、昨日は顔色が悪く、ふらふらとした足取りで森を歩きながらも、足を止めなかった。病気なのかもしれない。

 病気だろうが子どもだろうが、白教において悪魔の使いとされている〈黒〉を野放しには出来ない。幾らモンスターになり下がろうと、フランジェスカの騎士としての矜持がそれを許さなかった。
 だから、子どもに無視されても、フランジェスカは子どもを追いかけた。
 朝になり人に戻った時、子どもの命を奪えるように。

 ――だが、どういうわけだろう。子どもの側にいると、心穏やかでいられた。

 夜が来るのが怖い。
 我が身にかけられた、月光の呪いの為に。
 夜のフランジェスカはただのモンスターだ。ポイズンキャットという名の、悪魔の猫。
 声を出しても言葉にならず、人々には侮蔑と呪いの言葉を投げかけられ、時には命を狙われる。

 だが、フランジェスカが恐ろしいのは忌み嫌われるモンスターに変わってしまうからではない。
 モンスターになって分かったことは、モンスターは空気中に漂う黒いもやを餌にしているということだった。
 それを見れば喰らわずにはいられない。

 そして喰らえば喰らうほど、思考が鈍り、闇に落ちていく。
 夜は恐ろしい。
 自分が自分でなくなる恐怖。
 朝、気付けば覚えの無いモンスターの血肉を喰らっていたこともあった。
 そして、恐れおののく度、緑のを思い出す。

『愚かな剣士。
 私の可愛い使い走りを殺した罪を、とくとその身であがないなさい。
 命はとらない。それで済ますには安易すぎる。
 夜になる度、悔いて、恐れて、絶望するといい。
 お前にとって月の光が恐怖となることを、私は心の底から祈っているわ』

 あの半年前の晩。淡い月の光の中、緑柱石の魔女エメラルド・ウィッチは高らかに笑っていた。
 魔女の大事な子飼いのモンスターをフランジェスカが討伐した、その仕返しだった。
 夜の間だけモンスターになる呪い。フランジェスカはその呪いを解く術を探している。昼間は人間であるけれど、パスリル王国王立騎士団の第三師団に所属する身でありながら、一人旅をしている。騎士団に戻れはしなかった。モンスターを忌み嫌う騎士団では、助けを求めても殺される確率の方が高かったからだ。

 だから、元に戻る手掛かりがあれば何でも良かった。例え友の占いだろうとも、探す当てがないよりマシだ。何かをしていなければ、気が狂いそうだったのだ。
 夜が怖い。
 知らない間に人を襲うモンスターと成り果てているかもしれない。
 友を、仲間を、家族を手にかけていたらと思うと、どうかなりそうな自分がいる。
 しかし、〈黒〉の子どもとともにいた昨晩だけは、空気中に漂う黒い靄を喰らっても、意識がかすみそうになることはなかった。

 フランジェスカは呪いを受けてから半年ぶりに、初めて安穏とした夜を過ごした。私が私でなくなる恐怖を感じないのだ。
 フランジェスカは思案した。殺すのはいつだって出来る。せめて、エレノイカの言う出会いがコレなのかを確認するまで、生かしておいた方がいいかもしれない。
 らしくもなくそんな考えを抱いてしまったのは、思ったよりも心が疲弊していたせいかもしれない。モンスターの姿でいる時は、必ずといって呪いの言葉を吐かれていたから、邪魔扱いするだけで罵倒しない子どもの反応は新鮮だった。

(む?)

 ふと気付くと、後ろから足音が聞こえくなっている。フランジェスカはハッと振り返る。もしやあのガキ、隙をついて逃げたか?

「貴様、逃げようなどと……」

 言いかけて、言葉を切る。
 子どもは離れた所にある木の幹に寄りかかり、額に手を当てて、じっと目を閉じていた。
 フランジェスカは眉を寄せる。
 まただ。
 この子ども、やはり病気なのか。

「子ども、貴様、病持やまいもちなのか?」

 子どもは閉じていた目蓋を持ち上げ、黒曜石のような黒い目でフランジェスカを見る。

「知らない。ここに来てから、このザマだ。さっきまで調子良かったのに、また目眩がしてきた。くそっ」

 忌々しげに毒づく子どもは、思い通りにいかない身体にイラついているらしかった。

「啓介を見つけなきゃなんねえのに」
「そのケースケとやらが、そんなに心配か?」
「幼馴染だ、当たり前だろ。無事かどうかも不安だけど、それより怖いのが、知らない間に厄介事を増やしてないかってことだ」

 子どもの探し人は、子どもに何かしら厄介を持ちこんでくるらしい。
 フランジェスカは無言で子どもを見やる。この子ども、見た目は十二程度の子どもなのだが、ときどき妙に言動が大人びているし、落ち着いた空気を漂わせている。それが〈黒〉である以上に子どもを謎めいて見えさせた。

「貴様、いったい……」

 急に得体の知れないものを前にしているように思え、フランジェスカが誰何すいかしかけた時、子どもは顔を上げた。

「啓介? 啓介、どこだ!」

 耳を澄ませば、微かに誰かの名を呼ぶ声が聞こえてくる。それに応え、子どもは叫ぶ。
 すると、子どもの声に気付いたらしい誰かの声が近づいてきて、そして、二人の前に〈白〉の少年が薮を突っ切って現れた。

「シュウ! やっと見つけたーっ! って、……あれ? シュウだよ、な?」

 何故か互いを見て、固まっている二人。

「塚原修太であってる?」

 もう一度確認する少年に、子どもは頷く。しかし、どこか戸惑った様子だ。

「お前、誰だ? 何で俺の名前を知ってる?」
「春宮啓介に決まってんだろ」
「嘘つけ! 啓介はそんなださい見た目してなかったぞ!」
「うるせえな! 俺だって好きでこんな見た目してるんじゃねえよ! 起きたら、全体的に白くなってたんだよ。俺の方が気持ち悪いんだからださいって言うな!」

 開口一番に怒鳴り合う二人。
 叫んで落ち着いたのか、少年はにやにやと笑い、手でポンポンと子どもの頭を叩く。

「っつーか、修太君よう。なんだこの身長。ぷぷっ、前も小さかったけど、まるっきりガキじゃん。小学生……ぐほっ!」
「今はともかく、前も? 聞き捨てならねえな」

 少年の鳩尾みぞおちに一撃をお見舞いしてから、子どもは凄んで指の骨をバキバキと鳴らす。

「だいたい、なんだ、お前はそんなに変わってねえんだな。中坊くらいか? ムカつく」
「いいじゃん、俺までガキになってたら、きついだろ? なんかさ、この森ってモンスターが出るから危ないらしいんだよ。危なくなったら、俺がどうにかするから安心しとけって」

 少年は快活に笑って、腰の後ろに装備しているフリッサを示す。
 すると子どもの顔が仏頂面になった。

「俺だって喧嘩くらいなら出来る。つうか、なんで武器を持ってんだ? 俺は手ぶらだぞ? それにモンスターってどういうことだよ」
「さあ。俺も見たことないから知らねー」

 少年はあっさり返し、子どもに茨の呪いの話をし始めた。全くといってフランジェスカの存在には気付いていない。

「貴様、探し人に会えたのなら、私にも紹介するのが筋じゃないのか?」

 むっすりと口を挟むと、完全に忘れていたらしい子どもはきょとんとした。

「あ? ああ、そういや忘れてたな。啓介、この人、名前忘れたけど、通り魔みたいな騎士だ」

「最低な紹介をするな! フランジェスカ・セディンだ。剣聖の名を頂いている。今ははぐれだが、パスリル王国に仕える騎士だ。悪魔の使いの探し人が〈白〉とは驚いた。貴公の名を伺いたい」

 最後に慇懃いんぎんに礼を取ると、子どもは唖然とする。

「うわ、何この扱いの差……」

 思わずというように呟くのを無視し、フランジェスカは少年をじっと見る。

「俺は春宮啓介だ。へえ、女の人なのに騎士ってすごいなあ」
「ほんとすげえよ。殺されかけたくらいだし」
「は!?」

 ぎょっと目を剥く少年だったが、そこで後ろの茂みが揺れ、ハッと振り向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖獣達に愛された子

颯希
ファンタジー
ある日、漆黒の森の前に子供が捨てられた。 普通の森ならばその子供は死ぬがその森は普通ではなかった。その森は..... 捨て子の生き様を描いています!! 興味を持った人はぜひ読んで見て下さい!!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...