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本編
:旅の始まり: プロローグ
しおりを挟むその日はとても暑い日だった。
熱気に道路が揺らぎ、街路樹にとまったセミがミンミンとうるさく鳴いている。
高校からの帰り道を、塚原修太は幼馴染の春宮啓介と並んで歩いていた。
授業の話を面白おかしく話すのにあいづちを打っていると、急に啓介が「あっ」と声を上げた。
「なあ、シュウ。今晩、肝試しに行こうぜ!」
「なんだ、いきなり」
修太は眉をひそめた。
急な話題の変更が嫌になっただけでなく、「肝試し」という単語に、無意識に警戒した。修太は幼い頃から、怪談の類がどうしても苦手なのだ。
「ああ、暑さで頭が溶けたか」
修太は呟いた。いくら頭が良く万能なこの幼馴染でも、ゆだるようなこの暑さなら、ちょっとくらいネジが飛んでもおかしくない。
そういうことにしておきたかった修太だが、啓介は反論した。
「溶けてない!」
「どうだか。小学生みてえなこと言ってるだろ」
「分かってないな、シュウ。夏に肝試しに行かなくて何をするんだよっ」
「どうしてその一択だよ」
修太は不思議に思ってツッコミを入れる。そして、夏の風物詩を指折り数えて挙げていく。
「他にもあるだろ? アイス食べて、そうめん食って、祭りで屋台巡り……」
すると啓介は顔をしかめた。
「全部食べ物じゃないか! ロマンがない」
「幽霊もロマンじゃねえだろ」
「いいや、ロマンだね!」
学校中の女生徒にもてはやされる綺麗な顔をきりりとさせて、啓介は断言した。そして、浮かれた様子で語りだす。
「ほら、お前のバイト先のコンビニ、あそこに行く途中にトンネルあるだろ? そこのすぐ近くにある神社で、最近、変な噂が立ってるんだよ」
「お前、ほんとそういうの好きだよな……」
修太は呆れたっぷりに溜息をついた。
啓介は小さい頃から不思議なものが大好きだった。学校の七不思議や幽霊の噂、しまいには宇宙船墜落現場の噂まで、なんでも気になれば調べにすっ飛んで行く程である。修太には理解できないが、わくわくするらしい。顔良し頭良しスポーツ万能と、完璧人間な啓介なのに、趣味だけ厄介だ。
いつもなら修太は即答で断るのだが、今回はそうもいかなかった。修太がバイトのたびに必ず通るトンネル近くの話だ。修太は昔から、怪談の類だけはどうしても苦手だった。
「変な噂ってどんなんだよ?」
「ああ、鬼火が浮かぶらしいぞ。本当かなあ。本当だったらどういう理屈なんだろう。気になる。すっごい気になる。だろっ?」
「だろ? じゃ、ねえよ! 気になるならお前一人で行けよ、なんでいつも俺を巻き込むんだよ」
「何言ってんだよ、シュウ。俺一人で行って、本当に鬼火が浮かんでたらどうするんだ。俺だけ見るなんて面白くないだろ!」
修太は顔をしかめる。
「なーなー、いいだろ。今日のバイト、コンビニだったら22時には終わるよな? 俺、売上に貢献するからさ、帰りに一緒に行こうぜ」
小さい子どもみたいに頻りに頼んでくる啓介。修太は頭痛を覚えた。何と言って納得させようかと思った時、啓介が不敵に微笑んだ。
「ハーゲンダッツ」
ぴくっ。修太の耳が反応した。
「バニラ味」
ぴくぴくっ。
「ついでにうまい棒のサラダ味、三十袋入りセットも付けよう!」
「――乗った!」
思わず叫んだ瞬間、すでに後悔している。
(ああああ。ついっ! 自分のことながら意地汚い!)
頭を抱えて空を仰ぐ修太を、啓介はにやにやと笑って見ている。
「シュウは昔っからハーゲンダッツが大好きだよなぁ」
「うるせえ! 高いから俺の小遣いだと買う気になれねーんだよ! 悪いか!」
「その癖、うまい棒も好きだよな~」
「安くて腹にたまるんだから、いいだろ! つか、まじうぜえ。黙れ、この詐欺野郎っ!」
修太はぶち切れて啓介の肩を小突くが、啓介はカラカラ笑っていて怒りもしない。
生活費をバイトで賄っている修太は、そういった嗜好品にお金をかける余裕がない。自分の誕生日やクリスマスや正月くらいにオマケする程度だ。
修太は一年前――高校一年の夏に両親を事故で亡くした。その後、叔母夫婦の家に引き取られそうになったが、元々叔母と修太の父親は折り合いが悪かったのと、一人娘がいるのが厄介だと思い、後見人にだけなって貰って、元々住んでいる家で一人住まいをしている。基本的にバイトは自由だという校風も手伝い、学費は両親の遺産から、生活費はバイトで稼いで日々を繋いでいるのだ。
修太と啓介の父親は親友で、家族ぐるみの付き合いがある。それで啓介とも生まれた時からの幼馴染で、こうしてよく時間を共にしている。
「ふはははは。これで鬼火観測隊、結成だな!」
満足げな笑みを浮かべる啓介が憎たらしい。
(くそう。毎度毎度、食べ物に釣られて、大嫌いな幽霊観測なんかに行くはめになるんだ。何で進歩しないんだろうな、俺は)
自分に対して物凄く腹立たしい。
啓介は修太の事情を知っているから逆手にとっているわけではなく、単に昔からこの方法で修太が負けていただけだったりする。
「鬼火観測隊って……そのネーミングセンスねえわ」
負け惜しみで呟く修太。
とはいえ、啓介のネーミングセンスの無さは不思議大好きな性格に次ぐ悪癖だ。そうして、本当に完璧な人間っていうのはいないのだと、修太はつくづく再確認するのである。
*
夜十時。
コンビニを出ると、啓介が駐車場でにやにやした笑みを浮かべて待っていた。彼の右手には約束通り、ハーゲンダッツとうまい棒の詰まった袋がある。
修太は啓介に原付を押させ、自分はハーゲンダッツを食べながら、帰路の道を歩く。
このコンビニは隣町にあるので徒歩で帰ると三十分はかかるのだが、鬼火観測の場所がその中間地点だから仕方ない。啓介自身はコンビニまで親に車で送って貰ったらしい。
(恵子おばさんも大変だな)
修太は啓介の母親を思い浮かべ、不肖の息子を持ったことを不憫に思う。だが、啓介曰く、恵子おばさんも一緒に来たがったらしいというので、蛙の子は蛙ということみたいだ。
「はぁ、うめえ……」
それはともかくとして、修太は至福を味わっていた。なんて美味いんだ。高いだけはある。
「早く食えよー。あとちょっとで神社だからな!」
急かしてくる啓介を、じろりと睨む。
「食べ終わるまで待てよ。それに木立神社なら、トンネルの向こうだ」
人気がなく寂しい田んぼ横の道を歩きながら、正面に見えてきたトンネルを見やる。入口の上には、消えかかった文字で木立トンネルと書かれている。修太達の住む町とコンビニのある隣町の境目にあたるトンネルだ。
「なんか、霧が出てるなあ」
啓介が呟くのに、修太は原付を見る。
「ライト点けるか?」
「点けなくていいんじゃないか。歩道にいれば車にぶつかられる心配もないし」
「ならいいや。ガソリン代が浮くからな」
啓介の答えに、修太はふんふんと頷く。
ここで夜に霧が出るなんて珍しい。早朝なら靄がかかっていることもあるが、夜に出たことはない。
不思議なことに、霧はトンネルの中にも広がっていた。
ふと啓介が問う。
「――なあ、シュウ」
「ん?」
「このトンネル、こんなに長かったっけ?」
ハーゲンダッツを噛みしめていた修太は、幸せなあまり、異常に気付いていなかった。さっきからずっとトンネルの中を歩き続けているのに、一向に外に出ないことに。
視界が真っ白で気付かなかったが、言われてみればおかしい。
「そういやそうだな。そんなに長いトンネルじゃないんだけど」
修太がそう答えたところで、霧が薄らいだ。
「いや、外に出たみたいだぞ」
視界がはっきりしたことで安堵して呟く。が、すぐに間の抜けた声が漏れた。
「――あれ?」
目の前には、白い花が咲き乱れる花畑が広がっていた。
修太と啓介は唖然と立ちすくむ。
トンネルの先には、道路があるはずだ。それなのに、何故か花畑があり、しかも奥には白い葉が輝く大樹があった。
「なんだここ、道間違ったか?」
「まさか。ここって一本道だろ。コンビニに行く時も通ったから、俺でも分かるぞ」
啓介の切り返しに、修太は背筋に冷たいものが浮かぶ。
意味不明な迷子の事態に、静かにパニックに陥りかけていた。
「げにも珍しきことよ。異界よりの迷い子か」
澄んだ綺麗な声が響いた。
ぎょっとした拍子に、修太はハーゲンダッツの容器を落としてしまう。
「あっ、勿体ないっ」
ショックを受けて拾い直す修太に、クスクス笑いが呟く。
「稀なる迷い子は、食い意地を張っておるのだな」
「うるさいな。このアイス、高いんだぞ!」
「いや、そのアイスの金を出したの、俺だから」
修太が言い返すと、啓介が呆れてツッコミを入れてくる。
修太は啓介には構わず、辺りを見回した。そしてようやく声の主を見つけた瞬間、凍りついた。
大樹の根元、花畑の中に真っ白い影が一つ立っている。
腰まである真っ白い髪。淡く青く光る、白いまつ毛に縁取られた目。日の光を受付けなさそうな白い肌。装飾の無い、白一色のワンピース。
十五歳くらいの少女の姿が、空から降り注ぐ仄かな明かりの中、ぼうっと浮かび上がっている。恐ろしさを感じるほど、整った顔立ちだ。
「ゆーれい……」
舌が上手く動かず、かすれた声が零れ出る。息を飲み込んだ拍子に喉がゴクリと鳴り、異様に耳の奥で響く。
真っ白な少女の姿は、先程から消えたり現れたりと明滅を繰り返していた。
もしかして見えているのは自分だけだろうかと啓介を見た修太は、うっとうめく。啓介は目をキラキラと輝かせていた。
「すっげーっ! 幽霊だ! 初めて見た! 未知との遭遇だっ!!」
啓介は原付をその場に駐車させると、喜び勇んで少女に突進していく。
「あ、馬鹿! よせって、呪われるぞ!」
修太は叫ぶものの怖くて近寄れず、原付の後ろに隠れた。やばくなったら原付を盾にして逃げるつもりだ。
「安心するがよい、異界の迷い子よ。我に人を呪う力など残っていない。消えるのをただ待つ身である故……」
少女は寂しそうに微笑んで言った。そんな彼女に、啓介は好奇心いっぱいに質問する。
「なあ、幽霊さんの名前はなんていうんだ? 俺は春宮啓介だ。あっちは塚原修太な」
静かな空気を蹴り散らかして、啓介は名乗る。
少女は不可解そうに青い目を細めた。
「我に名を問うか、人の子よ。まあ、良かろう。消えゆく身なれば、せめて名を残して去ろうではないか。我はオルファーレン。エレイスガイアを創造せし者だ」
「オルファーレンちゃんていうの? 見た目と違ってごつい名前だなあ。なんでここにいるの? 自縛霊?」
矢継ぎ早に質問をする啓介を、オルファーレンは呆れをこめて見やる。
「我は霊にあらず。エレイスガイアを創造せし、いわば神という存在だ。汝、我よりもう少し離れよ。汝の光の気は、病める我には少々きつい」
「えっ、ごめん。よく分からないけど。これくらいでいい?」
啓介が二メートルくらい距離をあけると、オルファーレンは頷く。
「ああ、それでよい。異界の迷い子よ。汝は、〈白〉か。美しき銀の目をしておる」
眩しいものを見るような顔をして、オルファーレンは言った。そして修太の方を見る。
「そして、汝は〈黒〉か。ふふ、対を成す迷い子か。げにも稀なる器よ」
修太はビクつきながら問う。
「あ、あんた、さっきから何言ってるんだ……? 異界の迷い子とか、白とか黒とか」
オルファーレンは空を仰ぐ。
修太と啓介もつられて空を見た。ここはどこかの深い岩穴の中のようだ。天井にぽっかりと穴があいていて、そこに二つの月が浮かんでいた。
「三百年に一度、双子月が重なる時、稀に異界よりさまよい来る者あり」
まるで歌うように、オルファーレンは呟いた。
「汝らはその迷い子。気付いておらぬようだが、境界を越えた際、汝らは蓄積時間を落としてきたようだ。時間の残滓が、ほら、キラキラと鱗粉のように輝いておる」
そこで初めて、修太は自分の周りに光の粉が散っているのに気付く。服を叩くと、キラキラと光がはね飛んで、空気に溶けるようにして消えた。
「まだ目が慣れておらぬのだな。じきに分かる。汝らは境界を越える前とは異なっている」
「なあオルファーレンちゃん。よく飲み込めないんだけど、つまり、俺らって異界から来たってこと? じゃあここはどこなんだ?」
突拍子の無いことを言い出す啓介を、修太はうろんな目で見る。
「何言ってんだよ、啓介」
「ケイスケとやらが正しい。汝らは、双子月が重なった瞬間、世界を飛んだ。ここはエレイスガイアという世界だ」
(何言ってるんだろう、この幽霊)
理解出来ない修太のことを置き去りに、オルファーレンは続ける。
「汝らの寿命が幾つか知らぬが、次に世界が繋がるのは三百年後。汝らは生きられるのか?」
「いや、そんなに生きられるわけないだろ」
呆れて返すと、オルファーレンは不憫そうな顔をした。
「そうか。では、汝らはもう帰れぬな。哀れな迷い子よ。我が健在であっても、繋ぎの無い世界へ飛ばすは不可能。諦めてこの地で生を全うするがよい」
「帰れないって……」
そこでようやく事態の深刻さに気付き、修太はハッとする。啓介も気付いたようで、唖然とオルファーレンを凝視する。
「帰れないのか? どうしても?」
確認する啓介に、オルファーレンは頷く。
「我にも出来ぬことだ。この世界の民ならば、誰にも出来ぬ」
帰れない。この事態は深刻だろうに、修太は夢でも見ている気分で、あまり実感がわかなかった。
「哀れな迷い子。この世界は病み、終末が近い。一度ほつれた糸を元に戻そうとあがけばあがくほど、おかしな方にねじれていく……。我はもう消えるしかない」
諦めのこめられた声で呟くオルファーレン。そんな少女に、啓介は励ますように言う。
「そんなこと言うなよ。消えるなんて哀しいじゃないか。よく分からないけど、一生懸命やって駄目だったんなら、誰も怒ったりしないよ」
「……そうか。ありがとう、人の子よ。優しいのだな」
オルファーレンはやんわりと微笑んだ。少女の外見であるのに、纏う空気は老女のように落ち着いている。啓介は名案を思い付いたというように、明るい顔で問う。
「なあ、俺達に君を助けることってできないか? せっかく幽霊と話をしたのに、消えるなんてもったいない」
修太は慌てて口を挟む。
「ちょっと待て、オカルトマニア。俺達ってなんだ、達って。俺を巻き込むな!」
「ほら、シュウも手を貸したいって」
「誰が言った! いつ!」
とんでもないことを言い出した幼馴染を、修太はねめつける。
「ないこともない。だが……うむ……」
どこか迷うように視線を揺らすオルファーレン。啓介は話に食い付く。
「死ねっていうのは無理だけど、俺らに出来ることなら言ってくれよ!」
「ううむ。我がこうして消えかけておるのは、五百年前に起きた歪みを正す為、力を分散させたせいなのだ。であるから、その力を集めれば、あるいは消えずに済むやもしれぬ……」
それでそれで、と続きを促す啓介。
「神の断片。そう言えば良いだろう。エレイスガイアのあちこちで、奇異なる現象を引き起こしているだろうから、それを集めてくれればよい」
「奇異なる現象!」
啓介の目が輝いた。
(うわ。うぜえ)
対照的にどん引きする修太。
「しかし、本当によいのか? 我は滅ぶ気でいたのだ。それにそちらの少年は嫌そうだぞ」
「シュウの顔はいつも無愛想なだけだから、気にしなくていいよ!」
余計なお世話だと、修太は更に目つきをとがらせて、啓介をにらむ。だが啓介は修太の抗議の目を無視して、オルファーレンに話しかける。
「それに、俺らは帰れないんだろ? なのに世界が滅ぶんじゃ、踏んだり蹴ったりだ。加えて、俺、奇異とか不思議とか大好きなんだ! 是非、助けさせてくれ!」
「う、うむ……。変わった奴だな。そうか……うむ。偶然とはいえ、こうして稀なる異界の迷い子がやって来て、手を貸してくれると言う。我ももう一度あがいてみることにしよう」
オルファーレンは重苦しく呟いて、すっと膝を折る。足元に咲いている白い花を手折ると、それを啓介へと差し出すようにした。
ふわり、と花が宙に浮かび上がり、光に包まれる。光は本へと姿を変え、啓介の手の中に収まった。
「断片が幾つか我は忘れてしまったが、断片が揃えば本が完成する。だから汝らは断片を集め、本へと封じればよい。そうすれば断片は我の元に還る。本が完成したら、神竜サーシャリオンを迎えに寄越そう」
「じゃあ、その時にまた会える?」
啓介の問いに、オルファーレンは頷く。
「ああ。約束しよう、人の子よ」
オルファーレンの言葉とともに、本はふわりと光り、一瞬後、姿を変えた。啓介は、首から下がるチェーンと、その先についた豆本サイズの小さな本を見下ろす。
「それを手に取れば、元の大きさに戻る。それから、これを受け取れ。ささやかであるが、我が使徒に餞別をくれてやろう」
オルファーレンは再び花を二本手折った。光が二つ、修太と啓介に向かって飛んできて、そのまま光に包まれる。
「うわあ!」
驚いて声を上げた修太だが、一度つむった目を開けると、服装が変わっていた。夏用の私服から、黒で統一された民族衣装へと。啓介は白のシンプルな服装だ。
「その指輪は、旅人の指輪という。念じるだけで荷物の出し入れが出来る魔法の品だ。制限は無いから、何でも入る。もし失くしたとしても、手元に戻ってくる。旅に必要だろう物を全て揃えておいたから、気軽に使うといい」
そう言ったところで、オルファーレンはふらりとよろけた。白い身体が、今までよりも更に色味が薄れている。
「だ、大丈夫なのか……?」
修太は思わず問うていた。
幽霊は怖かったが、オルファーレンが自分達に何かしたせいで更に弱ったのだと思うと、怖くなった。弱らせたいわけじゃない。オルファーレンは小さく頷いた。
「少し、疲れた。大事ない。すまぬ、我には汝らを下界に送るほどの力はない。荒療治であるが、ここなる霊樹リヴァエルのうろに飛び込め」
修太は大樹を見た。真っ白い葉が美しい、巨大な灰色の幹をした木。その根元に、確かに大きなうろがぽっかりと口を開けている。
こっちに来いと促してくる啓介を見て、渋々原付の側を離れてそちらに向かう。ここでこうして立っていてもどうしようもない、ということは分かるのだ。
オルファーレンは大樹の葉を二枚摘んで修太と啓介に手渡す。
「行く前に、この葉を飲め。それだけで、我が世界の言葉を理解出来るようになる」
促されるままに葉を飲み込む。味はしなかったが、舌が若干痺れる感じがした。
オルファーレンはそれを見届けると、満足そうに微笑む。
「ではな、使徒よ。汝らの幸運を祈っている」
そう言うと、オルファーレンは躊躇いなく二人の背中を押した。
「え、ちょっ、ぎゃーっ!」
「うわあああ」
二人は悲鳴を上げながら、大樹の穴を落ちていく。真っ暗い闇の中を、まるで風に吹き散らされる木の葉のように。
やがて静かになった霊樹の下で、オルファーレンは寂しげに微笑む。
なんの因果か、稀なる迷い子が神域にさまよい出てきた。
これが吉と出るか凶と出るのか。
疲弊し、力の衰えた己には分からない。
ただ、幸運あれと、双子月を仰いだ。
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