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本編

4.魔法鞄

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(底が見えない暗闇なんて得体の知れないものに触れだなんて、愛の女神様も無茶を言うわね)

 勇気が出るまで、数分かかった。

「こうしていてもしかたがない。えいっ」

 思い切って右指の先で触ると、ポンッと通知音がして、目の前にゲーム画面に出てくるようなコメントウィンドウが現れた。

〈生体認証により、魔力を確認しました。ユーザーの橋川絵麻様ですね〉

 もしかして、この鞄にはAIでも搭載されているのだろうか。

〈いいえ。ぼくは魔法鞄の精霊です。エーアイではありません〉

 心が読まれたことに驚いていると、またウィンドウが表示される。

〈鞄に触れていただければ、心の中で思うだけで、ぼくには伝わります。また、このウィンドウは、他の人間には見えませんのでお気をつけください〉
「なるほど、空中を凝視する怪しい人間になっちゃうのね」
〈そういうことです〉

 とりあえず、わたしはうれしくなって、魔法鞄を抱きしめる。

〈どうしましたか?〉
「わたしのことを分かってくれてる人と話せるから、うれしいの!」

 わたしはこれから、小説では『良心のシグ』と呼ばれていた善良なシグリスすらもだまして、彼に取り入らなければならないのだ。どうして第二の人生はこんなにハードモードなのか。

「いや、どうしてって、全部死神のせいじゃん」

 思わず自分で自分にツッコミを入れた。
 わたしは悪くないので、シグリスには死神を責めてもらうことにしよう。

〈それでよろしいかと。ところで、ぼくの機能について興味はありませんか?〉

 魔法鞄の精はわたしの心の中のつぶやきに同意してから、遠回しに構ってほしいと主張した。わたしは頷く。

「興味あるよ」

〈よかった!〉 

 顔は見えないのに、魔法鞄の精は子犬みたいな雰囲気がある。

〈一般的に、魔法鞄には闇属性である空間魔法がかけられていて、鞄に装飾されている魔石に魔力を補充することで使えます。広くても小屋くらいの空間しかないものがほとんどですが、ぼくの魔法鞄はお屋敷と庭くらいはありますので、好きに使ってくださいね〉

 ちなみに、わたしのショルダーバッグには青い宝石がついていて、そこに魔法鞄の精は宿っているそうだ。生死にかかわるので、扱いに気を付けてと注意された。

〈中に入っているものは、呪文「リスト表示」でウィンドウに現れます。試しにどうぞ〉

「リスト表示」

 わたしが唱えると、目の前にウィンドウが新しく表示された。

 〈所持金〉

 三億ベル

「三億ベル?」

〈ユーザーの認識している日本円と近いものです。ベルはお金の単位ですね。ディアナ王国の初代王ベルが元になっています〉

 魔法鞄の精の説明を聞いて、そういえば小説での通貨はベルだったと思い出した。銅貨や銀貨、金貨などと使い分けているが、十進法なので分かりやすい。

「ということは、ええっ、三億円!?」

〈愛の女神様から、もしもの時は逃走資金にするようにと伝言がされています〉

「女神様、まじで愛の女神!」

 これはもう、拝むしかない。なんて優しい神様だ。

〈ただし、運命の強制力が働く場合があるので、外国に逃げたところで、連れ戻される可能性が高いとか。おすすめは騎士の懐柔かいじゅうだそうですよ〉

「なんて怖い世界なんだ……」

 がっくりと落ちこんだのは、言うまでもない。

〈こちらの世界で手に入れた物も、魔法鞄に入れられますから、ショッピングを楽しむのもいいかと〉

 なんてできた子だろうか。ウィンドウの文字は、わたしをなぐさめてくれるものだった。
 わたしは気を取り直し、アイテムリストをチェックする。

 〈アイテムリスト〉

 治癒ポーション 99
 体力ポーション 99
 速度上昇ポーション 99
 解毒剤 99
 応急処置セット 10
 筆記具セット 10
 ノートブック 99
 これであなたも魔法マスター! 魔法の教科書シリーズ 全10巻
 これであなたもサバイバルマスター! 薬草と毒草の見極め方 全1巻
 日本で履いていたお気に入りのスニーカー 1
 一般的な着替え三日分
 メイク道具一式

「ナニコレ」

 何かの意図が透けているリストに、わたしは口端をひくつかせた。

〈多少の怪我でも治療できますし、毒を盛られても生きられるようにと用意されたみたいです。逃げるために、勉強をしろとのことです〉

「はは……」

 道理で、「日本で履いていたお気に入りのシューズ」が入っているわけだ。いざとなったら、走りやすい靴で逃げられるようにという優しさなのだろう。
 ここはわたしが思っている以上に怖い世界なんじゃないかと、恐れおののいた。

「愛の女神様の慈悲、無駄にはしないわ! 私は生き延びてみせる!」

 とりあえず、今日はくたくたなので、風呂に入って寝ることにした。
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