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本編
1.ろくでもない転生先
しおりを挟む「六精霊を連れて、光の柱から現れるとは。あなたこそが聖女に違いない!」
その世界に降り立ち、ぱちりと目を開けたわたし――橋川絵麻は、その台詞を聞いて、ゾッと悪寒に見舞われた。
「……はい?」
寝ぼけて聞こえなかったふりをして、ぼーっとした表情で首を傾げる。
きらびやかな西洋風の大広間には、着飾った人々が集まっていた。そして目の前にいるのは、金髪碧眼の美貌の男だ。白い上着とトラウザーズなんていう盛装が劇団っぽく見えずに似合うなんて、ただ者ではない。
「失礼しました。私はディアナ王国が第一王子アルバートと申します。聖女様、あなたの名前をお聞かせくださいませんか」
甘い笑みを浮かべるアルバートと反対に、わたしの表情は引きつった。嫌な予感がして、冷や汗が背中を伝う。
(ディアナ王国の第一王子アルバート? ちょっと待ってよ、まさかここって……)
恐る恐るアルバートの隣を見ると、銀髪碧眼の美少女が、淡い桃色のドレス姿で立っている。彼女の薄暗い眼差しに気づいた瞬間、ゾワゾワゾワッと寒気がした。
(ひいいいっ、やっぱり、そうよ! たぶん、この人、『逆行聖女』の『主人公』で、聖女ラフィリアナ・シャインだ!)
わたしの勘違いでもいい。それは後からでも、取り返しがつく。もし推測がその通りだったら、これを乗り越えなければ、命の危機到来だ。
わたしはアルバートの質問には答えず、銀髪美少女を指さした。
「違います! 聖女はそちらのラフィリアナ様です! 私は彼女が本物だと伝えるようにと神様に頼まれて、ここに来たんです!」
「へ……?」
某ミュージカルアニメだったら、今にもプロポーズソングを歌い出しそうだったアルバートの顔が間抜けにゆるむ。
玉座から、王が驚きの声を上げる。
「なんと! 名乗ってもいないのに、彼女の名前を言い当てるとは。これは間違いなく、神からのお告げに違いない! 神の使者殿、あなたを歓迎しましょう。他に何かたまわったお言葉はございませんでしょうか」
王が頭を垂れたので、その場にいた人間達はいっせいにひざまずいた。
(神様に送られたのは本当だから、嘘は言ってないけど)
さすがに、凡人の心臓には悪い光景だ。
わたしは必死に小説を思い出して、今後起きる事件を告げた。
「数ヶ月後、魔花草が植えられている土地で、魔力枯渇病が起こります。その時、聖女ラフィリアナ様は覚醒し、聖なる印を得るのです。そして、彼女は奇跡を起こし、この大地に温かい慈雨を降らせ、よみがえらせるでしょう」
――生まれてからこの十八年で見たアニメや映画を思い出せ。それっぽいことを言うんだ。
わたしは命惜しさにそう念じながら、渾身の演技力を発揮した。
とどめに、おおげさなくらいにっこりと笑う。
「聖女様のおかげで、この国はますます繁栄します。その隣には……ああっ」
わたしは大きな声を出して、アルバートを示す。
「ど、どうされました?」
王が問うので、わたしは力いっぱい宣言した。
「聖女様の隣には、こちらのアルバート王子殿下がいらっしゃいます。王子が聖女を大事にすればするほど、王家は運が上向くでしょう!」
――どこのインチキ占い師だ。
自分にツッコミつつ、わたしは会場を見回して、特に偉そうな神官を探し当てた。
「大神官、神様の言葉をよくぞ王に伝えてくれました」
「ありがたき幸せにございます」
威厳ある白髪の老女は、目に涙を浮かべてお辞儀をする。
大神官が神様のお告げとして、アルバートとラフィリアナの婚約を結びつけた経緯があった。
もしここが『逆行聖女』という小説の世界なら、いずれ大神官は託宣を偽った罪をでっちあげられて処刑されるのだ。『主人公』に親切だった大神官を亡くし、『主人公』は心に傷を作る。ここで大神官の立場を良くしておけば、いつか『主人公』からかばってもらえるかもしれないという打算が働いた。
「では、使者様はどうしてこちらに降り立ったのでしょうか」
アルバートがひかえめに問う。
わたしが次代の王であるアルバートの前に現れたから、自分の運命の相手だと勘違いしたようで、それが恥ずかしいのか顔を赤くしている。
「私は実はこことは異なる世界から来たのですが……その……ええと……」
小説では、自分こそが真の聖女だと名乗る場面だが、その展開は叩き折ったばかりだ。
(どうしよう。すぐに考えないと、答えを間違ったら死んじゃうわ。それも、極寒の修道院に送られて、ひもじさと寒さで弱ってるところに、賊に辱められて精神的に弱って病死っていう、最悪の死に方!)
許されるなら、わたしは頭を抱えて怒鳴りたかった。
(死神ってば、どうせ転生するならロマンスファンタジーの異世界に行きたいとは言ったけど、死ぬ直前に読んでたグロ系ざまあ小説に送りこむなんて、何を考えてんの! それも、悪役の異世界人役とか!)
わたしが異世界転生ものに読み慣れすぎたオタクだから、すぐに状況把握ができたが、そうでなかったら致死率百パーセントの死亡フラグが立っていたところだ。
死亡して異世界転移したら、悪役の異世界人でしたなんて、最悪すぎる。
「なんですか?」
けげんそうに訊き返すアルバート。その背中にドロップキックを決めてやりたいくらい、わたしは猛烈にイライラした。
あの小説で『主人公』を追いこんだのは、このクソ王子が鈍感なせいでもある。
わたしは必死に会場を見回して、とうとう生贄を――彼を見つけ出した。
「そう! 運命の人と愛をはぐくみ、世界をより豊かにするようにと、神様に送り出されたんです! 会えてうれしいです、シグリスさん!」
この小説の世界では、銀髪の人間で、婚約者のいないイケメンは数えるほどもいない。貴重なお相手無しキャラだ。狙うなら彼しかいない。わたしは走り出し、頭を垂れているシグリスがぎょっと顔を上げた瞬間、その上半身をめがけて飛びついた。
「うわっ、危ないですよ、使者様」
さすが、現役の騎士。小娘が抱き着いた程度でも、しっかりと支えてのけた。
シグリスは戸惑った様子ながら、わたしを床に立たせると、左手を取って、手の甲に口づけを落とす。
「幸いなことに、わたしには婚約者はおりません。神様が運命とおっしゃるならば、あなたを妻として大事にすると誓いましょう」
「……は、はひ」
キラキラ顔面は心臓に悪い。
わたしはがんばって返事をしようとして、思い切り噛んだ。
失態から羞恥で顔を赤く染め、わたしはうつむいた。
どうしてこうなったのかと、恨みをこめて、わたしが死んだ時のことを思い出した。
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