邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第三部 斜陽の王国

十七章 急変 1

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「はあ? 陛下が倒れたですって?」

 日が落ちて、鉄格子のついた小窓から月明かりが差し込み始めた頃、ただでさえ気が滅入る事態だというのに、その知らせは有紗をさらに憂鬱にさせた。
 王宮からの使いが言うには、最近、アークライト国王は体調をくずしがちだったそうだ。
 謁見では元気そうに見えたがと、有紗は王の様子を思い出す。距離が離れすぎて、黒いもやが見えにくかったのだろうかと考えていると、使いの男はおずおずと切り出す。

「その……できれば内密に、神子様に治療に来ていただきたいのです」
「内密って、どうして?」
「それがそのう……」

「ただでさえ意味不明の罪をなすりつけられて、こんな所に入れられてんのよ? はっきり言わなきゃ、ついていくわけがないでしょ!」

 有紗が怒ると、使いはヒッと肩をすくめた。
 その化け物を見たみたいな反応に、ちょっと傷つく。使いはあからさまに有紗を怖がっている。

 てっきり、じめっとした薄暗い地下牢にでも入れられるのかと思ったが、貴族牢と呼ぶだけあって、ベッドと机と椅子という最低限の家具がそろった部屋だった。頑丈な鉄扉と鉄格子のはまった小窓がなければ、普通の場所だ。もちろん、貴族が暮らすような豪華さは無いが。

 使いは少し沈黙していたが、やがて迷うように話を切り出す。

「恥ずかしながら、この王宮にも問題がありまして……。表面上は落ち着いていますが、後継者問題で荒れているのです」
「そうなの?」

 有紗の目には、穏やかな宮廷に映っていたので、意外な内容だ。

「現在の王妃様は、かつては側妃様でいらっしゃいました。前の王妃様がお亡くなりになったことで、王妃に昇格なさったのです。しかし、前の方には子どもが二人いらっしゃいました。マール様と、第二王子殿下です。陛下は第二王子殿下を、次の王にと決めておられます」

「じゃあ、今の王妃様の子どもが、第一王子ってことなのね?」

「ええ。王位継承順位は長男から順に……となるところですが、当時の王妃様は前の方でしたので、優先は生まれた順番とは違うのです。しかし、現在は昇格なさっているために、ややこしいことになっていて……」
「今の王妃様は、自分が生んだ王子様を王位につけたいってことね。それと内密にってどういう……ん?」

 わざわざ内密にと言うことは、有紗がアークライト王を治療すると困る者がいるということだ。つまり……

「もしかして王妃様は、陛下の治療をさせたくなくて、邪魔をしているの?」

 使いは明言を避けたが、仕草では大きく頷いた。

「ふうん、何も言わないのね」

 使いは外を気にしている。牢番に聞かれると、彼にとって困ったことになるのかもしれない。有紗は冷たい調子で答えながら、理解したことを首肯で示す。

「ところで、それって今すぐに行くの?」

「まだ準備ができておりませんので、近いうちにお迎えにまいります。取り急ぎ、内々にお話を……と思いまして。どうかよろしくお願いします」

 使いは床に膝をつくとぬかづいた。

「ちょっと、そこまでしなくていいわよ。治療するのは構わないけど、その前に、この状況をどうにかしてくれるわよね、もちろん?」

「陛下がお目覚めになりましたら、すぐにお伝えいたします。この件は調査中です。大神官様からの通報ですので、粗末に扱えなくて……。しばしご辛抱くださいませ!」

 使いは言うだけ言うと、そそくさと退室していった。バタンと鉄扉が閉まり、牢番の足音が遠のく。

(つまり、王様は倒れてから目が覚めてないってこと? まさか脳出血や心筋梗塞じゃないでしょうね。時間をかけると命とりじゃないの)

 もう少し詳しい病状を聞いておくのだったとやきもきしながらベッドに腰かけ、有紗は肌寒さに身を震わせる。
 鉄格子のついた小窓から、冷気が忍び入ってくる。
 半神の有紗さえ寒いのだから、レグルスはどれほどだろうか。有紗と同じ待遇なら、隣室にも毛布の用意はあるはずだが。

「レグルス、風邪を引かないかしら」
「毛布があるので、大丈夫ですよ」

 独り言に返事があったので、有紗はビクッとした。隣の牢の壁は思ったよりも薄いようで、くぐもった声が聞こえる。有紗はすぐにベッドによじ登り、壁に近づいて声をかけた。

「レグルス、さっきの話は聞こえていた?」
「大部分は。陛下がお倒れになるとは、間の悪いことですね。この不運っぷりは、恐らく私のせいでしょう」

 自嘲気味なつぶやきに、有紗はムッと眉を寄せる。

「不運? 馬鹿なことを考える奴が悪いに決まってるでしょ。どこに行っても、王宮って面倒くさいわね!」
「後継者問題で内乱になるのは、よくあることです」
「そうよね。歴史書を読むとそうだもの」

 ましてやこんな戦国時代真っただ中の中世ほどの世界では、血なまぐさい戦いが繰り広げられてもおかしくはない。

「レグルスのお父さんは、本当に立派な方よね」
「ええ、そうですね。この国は穏やかに見えて、内政がボロボロというのは本当だったのですね。まさか病気の治療を、王妃に邪魔されるほどとは」

「今、王様が亡くなったら、王妃様の独壇場ってこと?」
「遺書で後継者を指定していない限り」
「こんな真似をする人が、握りつぶさないとは思わないわ」

 映画やドラマで、悪役がする行動を思い浮かべ、有紗はため息をつく。

「とりあえず、目が覚めてもらわないと、こっちもどうにもなんないわね」
「ブレットが動いてくれているはずですが、ルチリアから支援を受けるにしろ、時間がかかります」

 レグルスへの忠誠があついブレットが、この事態を放置しているはずがない。しかたがないので、事態が動くのを待つことにした。
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