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第三部 斜陽の王国
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しおりを挟む帰りの馬車の中は、ずーんと重い空気に満ちていた。
珍しくレグルスが黙り込んで窓の外を見ているので、さすがに温厚な彼も怒ったに違いないと、有紗は冷や汗をかいた。
「あの……ごめんなさい、レグルス。まさかここまで大事になるなんて思わなかったの」
神官の理不尽な行動が大嫌いだから、ちょっと鼻を明かしてやろうかな~と思っていただけなので、まさか武器密輸なんていうとんでもない犯罪が隠れているとはとビビっている。
ちらっちらっとうかがう有紗に気づいて、レグルスが苦笑を浮かべた。
「アリサ、これはこの国の問題です。関わるにしても最低限にしておかなければ……。まあ、我が国への貸しとしていただいても構わないのですが、そうするとまた摩擦が増えそうですし……」
レグルスの心配は、有紗には思ってもいないことだった。
(つまり、私がこの件を解決すると、ルチリア王国がアークライト王国に対して、大きな顔をさせちゃうってことよね。神子の派遣は人道的支援だからいいとしても、国の恥になる事件解決はやりすぎってことか)
レグルスは有紗よりも先を見て、国家間バランスを案じているらしい。
「ダモンド伯爵の支援にとどまるべきってことね?」
「そうですね。アークライト国王への伝言程度ならば、許容範囲ですよ。あくまで、この国の人間が率先して解決しないと……。それでもちょっとは貸しになりますが、そこは有紗が個人的に礼を受け取れば、そこで終わりになるかと」
相槌を打って、有紗はまとめる。
「ふむふむ、なるほどね。じゃ、解決した後に、ぜひお礼を……みたいな流れになったら受け取ったらいいわけね」
「ええ、あなたが公の場で、個人として助けたと主張すればいいのです」
「なんだか面倒くさいのねえ」
「それが王宮というものなんです」
レグルスの苦笑が深くなった。ルチリアの王宮でもまれていただけあって、その辺りはレグルスのほうが詳しい。
「さすがはレグルスだわ。教えてくれてありがとう」
「いえ、これも仕事です。一応、私は貿易などの外交調整を父上から任されていますから」
レグルスは謙遜したものの、少し照れたように微笑む。
「でも、ありがとうございます」
そして真面目な顔になって、不安要素を口にした。
「伯爵家にあのようなことをしでかしておいて、神官の監視がないとは思えません。我々の動きは、あの長には筒抜けと思ったほうがいい」
「ベルさんね。仲の良い夫婦の秘訣について教わったってことで、口を合わせましょ」
「ええ。配下にも伝えておきます」
ダモンド伯爵家の問題について、話し合いが一区切りすると、レグルスは「そういえば」と切り出した。
「アリサ、伯爵に教えていたアカウリの件、素晴らしいですね。塩害はどこでも一度は悩む問題ですから」
「それで成功したっていう私の世界の事例を知ってるだけで、育て方は分からないのよ?」
「手さぐりに作物を試すよりも、この作物なら成功率が高いと分かっているだけで、その知識はありがたいのです。我が国とこの国はいまだにいがみあっていますが、食料不足は恐ろしいことですから、少しでも解決するといいですよね」
まるで祈るように、レグルスは穏やかな表情で目を伏せる。
(優しい……!)
綺麗ごとと笑う人もいるだろうが、有紗には、素直に口に出せるところが好ましく感じられる。そういえば、嫌っていたり警戒していたりする相手のことでも、レグルスは他人を悪く言うことが滅多とない。
「レグルスって、この国の人に対して思うことはないの?」
「うーん、ほとんど関わりのない人達のことですから、特には何も。お互いに抱いている嫌悪感は過去の戦や国家間の摩擦が原因であって、個人の善悪はまた別でしょう? 我が国にも良い人はいるし悪い人はいる。この国だってそうでしょう。――ただ、この国が我が国に害をなすなら、敵対するのはしかたありません」
「なるほど」
レグルスはできるだけ引いて見ているのだな、と有紗は頷いた。
「ただ、神官が武器を密輸していることが、ルチリアにどう及ぶのかは心配しています。狙いがよく分からないのですよ。我が国と戦争するために武器を仕入れるなら理解できますが、武器を作って外国に売るというのが……」
「言われてみたら、確かに変ね。戦争をしたいんじゃないのかしら」
「とにかく、現時点で分かるのは、あのベルザリウスという男が、狡猾な蛇のような人間だということです。警戒はして損ではありませんよ」
今後の行動は、水神教の神官に注意を払いつつ、アークライト王国に恩を売りすぎないのが大事ということらしい。有紗は心の中で、要点をまとめた。
「私は傍におりますから、いつでも相談してください」
「うん。挙動不審にならないように気を付けなきゃ」
なんとなく、ちょっと苦手だなあと感じていたベルザリウスが、不気味に見えてきた。こういった拒否感は、無意識に態度に出るものだ。困ったことに。
「伯爵には約束したけど、陛下に会ってもいいと思う?」
「そこなんですよね。証拠もないのに罪があると言うのは、いくら神子でも立場が悪くなりますから。別件の折に、足元が騒がしいようだとにおわせる程度の忠告ならば、セーフラインでしょうけれど」
「治癒の現状報告をメインにしたほうがいいかしらね?」
「ええ。王宮で足をすくわれる事態は避けたほうがいい。そうしましょう」
――明日にでもアークライト国王に会おう。
有紗は決意をこめ、窓から王宮を眺めた。
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