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第三部 斜陽の王国
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しおりを挟むどうやら国の恥をさらすようなことらしく、伯爵夫妻はしばらく話すのをためらっていた。
「思い当たるトラブルがそれしかないんでしょう? 王妃様を巻き込んで、こんっな姑息なことをする連中よ? 放っておいていいわけないじゃない! 時間が経つほど、不利になるわ。とっとと話しなさい!」
なかなか話さないのに焦れて、有紗はぶち切れた。病人がいるのも忘れて怒るのを見て、彼らの息子が口火を切る。
「父上、母上、神子様が味方にいらっしゃる今こそ、事を解決する好機では?」
一番の被害者がうながしたので、夫妻は顔を見合わせる。
「レニスの言う通りかもしれないな」
「ええ、あなた。この子はそれで死にかけたのですから、息子の意見を聞くべきですよ」
ようやく腹が決まったようで、伯爵は重い口を開いた。
「実は、貿易の管理をしていて気づいたのです。神殿がどうやら他国に武器を輸出しているようだ……と」
「神殿が武器?」
神殿という平和をかかげる宗教組織と、武器では反対の位置にいるように思えて、有紗は首を傾げる。いまいち飲みこめないでいると、レグルスが怖い顔をしてつぶやいた。
「武器の密輸ですか? 反逆罪で、関係者が全員処刑されるほどの大罪ですよ。なぜ、放置しているのですか」
レグルスの言葉で、かなりの大問題だということが有紗にも分かった。全員処刑されるほどの罪ならば、相当だ。
「それは……この国では神殿は政治の中枢にはいないとはいえ、かなりの影響を及ぼします。下手なことをすると、民からの猛反発をくらって、我らのほうが危なくなるのです。それで地道に証拠を集めているところでした」
しかもその途中で、息子が病に倒れた。
この国で医者の位置にいるのは、水神教の神官だ。神官に治療を頼るしかない状況だったため、息子の命と天秤にかけて、告発できないでいたそうだ。
「つまり、証拠集めをしていることを神官に勘づかれたので、神殿側から敵視されて、こうした真似をされているのですね?」
「恐らくとしか言えません。あちらも、我々が証拠を持っていることは確信していないのではないでしょうか。だから、遠回しに攻撃しているのかと……」
どうやら、伯爵と神殿は、お互いにグレーゾーンで腹の探り合いをしている段階のようだ。それでも、ささいなことでも神殿としては致命的だから、伯爵を蹴落としにかかっているのかもしれない。
レグルスはあごに手を当てて、考え込む。
「武器を作るにも金は必要です。いったいどこから……。ああ、なるほど、そういうことですか。大聖堂建設の寄付金を使っているんですね」
「はあ? 寄付金を使って、武器を作ってるっていうの?」
レグルスの推測に、有紗は目をむいた。レグルスは恐らくと言って、話を続ける。
「神殿の運営でも、予算をとっているはず。そんな中、ある程度の数字の誤魔化しが効くのは、寄付金でしょう。それに、武器を作る時に騒音が出るのも、大聖堂建設のものだと周りは思うでしょうし……彼らには都合の良いことばかりです」
「そんな危ないことをしてお金を稼いで、あの人達はどうしたいのかしら」
すでにアークライト王国では、それなりに盤石な地位を築いている水神教が、これ以上何を望むのか、有紗には予測がつかない。
伯爵は重苦しいため息をつく。
「それは我らにも分かりませんが、ろくなことではないでしょう。そもそも、私どもが神殿に冷たくされている表向きの理由は、彼らが毒の化粧水を配っているのに気づいたからです」
「は!? そこにつながるわけ? というか、なんでそんなものを配るのよ」
有紗には理解しがたい行動だったが、やはりレグルスは少し考えただけで、理由を思いつくようだ。
「アリサ、それも寄付金を得るためではないでしょうか。毒の化粧水が蔓延すれば、神殿に寄付金を払って、神官を治療によこしてほしいと頼むわけでしょう? それで回復すれば、感謝して大聖堂建設の寄付金を出すかもしれない」
「げっ。最低すぎる!」
おおげさにうめく有紗に、伯爵夫妻は気持ちが理解できると言いたげに、何度も首肯する。
伯爵はレグルスに向けて話しかける。
「殿下のおっしゃる通り、私もそれで大聖堂建設の費用がおかしいと気付いて、ひそかに調査をするうちに、武器の輸出にたどりつきました。ですから、神殿の敵視は、化粧水について注意したせいかと思っていたのですが、それにしては息子の件はやりすぎです。間違いない。武器の密輸について、私どもが知る前に、我が家を葬り去ろうとしているのですよ。こうして話していて、確信しました」
先ほどまで困惑が大きかった伯爵の表情に、決意が浮かんだ。
「こうなっては、身を守るためにも、証拠をあげなくては。神子様、なんとかして陛下の耳に、ひそかに告げていただけませんか。我らが近づくと怪しまれますので……」
「それは構わないけど、あなた達はどうするの?」
「武器の保管場所か、裏帳簿でも見つかれば検挙するのに充分ですから、そちらを探ります。現在、私どものもとにある証拠は、資金の流れの不鮮明さを指摘する程度のもので、言いくるめられては終わりです。誤魔化しようのない証拠をつかまなくては」
伯爵の目は怒りに燃えている。
「息子が突然倒れたのだって、神官の仕業に違いありません。どうやってかは知りませんが、息子をこんな目にあわせたのです。彼らにもそれ相応の報いを受けさせます!」
「父上……あまり無茶をなさらないでください」
「レニス! そんな状態だというのに、父を気遣うとは……」
レニスの言葉に、伯爵は涙を浮かべる。
「病気の原因は治癒しましたけど、弱った体までは戻りません。安静にして、回復する努力をしてくださいね」
有紗が注意すると、伯爵夫妻は大きく頷いた。
「何から何まで、ありがとうございます」
「私がこの国にいる間は、お休みの時に、伯爵夫人に会いに来るわ。私が出入りしている間は、神官も目立った真似はできないはずよ」
お茶に来るだけで、ダモンド伯爵家の安否が守れるなら安いものだ。
彼らは何度も感謝の言葉を口にした。
帰り際、アカウリがトマトと同じだと確認してから、有紗は離宮に帰った。
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