邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
120 / 125
第三部 斜陽の王国

十六章 水神教の闇 1

しおりを挟む
 

 日当たりの良い静かな部屋が、伯爵夫妻の息子の部屋だった。
 彼らの息子・レニスは二十代半ばほどと聞いていたが、病でやつれているせいか、実際よりも老けこんで見える。
 レニスは細い息をしており、寝室には濃い死の気配が漂っていた。有紗にはそれが、濃い黒いもやとなって見えている。

「息子は食事をとることもできず、スープと水だけでなんとか生をつないでいるのです」

 レニアは目に涙を浮かべて、レニスの状況を説明する。

「これはひどい。あの化粧水の重傷者と同じような状態に見えますね」

 真剣な面持ちで、レグルスがつぶやいた。

「息子さんも、あの化粧水に手を出したんですか?」

 有紗が質問すると、伯爵夫妻は首を横に振る。

「いいえ。私は貿易の管理をしておりますので、手は出さないよう、息子と嫁に注意しておりました。もし知らずに化粧水を使うとすれば、嫁のアリシアのほうでしょうが……」

 アリシアは元気だそうだ。

「お嫁さんは?」
「近く出産予定で、実家に戻っております。息子が病に倒れ、嫁にまで被害が及ぶのを恐れたため、屋敷から出したのですよ」

 伯爵が言うには、屋敷内を捜索したが怪しいものは見つからず、病に倒れたのもレニスだけだった。

「毒とは無関係のはずですが、医者はあの毒とよく似ていると言うのです。どうしていいか分からないまま、息子はこのように」
「原因不明なんですね。それは後回しにして、治癒するわ」

 有紗はレニスの身を取り巻く黒いもやに手を伸ばす。周りの者には、有紗が空中を握り、手繰り寄せる仕草をしているように見えただろう。
 あまりに濃いもやなので、数口食べると満腹になった。残りはネックレスのオニキスへ入れておいた。

「ふう。ごちそうさまでした」

 両手を合わせてつぶやくと、レニスのまぶたが震えた。ゆっくりと目を開ける。それに目ざとく気づいたレニアが、レニスの傍に飛びついた。

「レニス! 気が付いたのね」
「ははうえ……?」
「神子様があなたを助けてくださったのよ。良かった」
「ああ、また息子の声を聞けるなんて。ありがとうございます、神子様!」

 伯爵はむせび泣きながら、有紗に深々と頭を下げる。

「どういたしまして」

 有紗はそう返しながら、部屋にかけられた草花の絵画を見つめる。ちょうど寝台から見える位置だ。そこから黒いもやがかすかにあふれていた。

「アリサ、あの絵がどうかしたのですか?」

 レグルスが気づいて、有紗をうかがう。

「邪気よ。誰かの悪意が絵に出ているんだわ」
「伯爵、あちらの絵は……?」

 レグルスの質問に、伯爵はぎょっとしている。

「いや、そんなまさか! あれは息子のお見舞いにと、王妃様からいただいたものですよ」
「どういうことです?」
病床びょうしょうにいては外を見られないだろうから、気晴らしにと……」

 有紗はエドガー王子のことを思い出した。彼の絵には、ヒ素の絵の具が使われていたのだ。もし見た目には分からないように塗られていたとしたら? わざわざ病床から見られるようにと言われたのなら、必ずレニスの近くに置くだろう。そうすれば、嫌でも絵から毒を吸いこむことになる。

「えげつないやりようね……気に入らないわ」

 眉をぐっと寄せて、有紗は不機嫌につぶやく。
 最初の毒は、食事にでも盛られていたのだろうか。弱っているところに、じわじわと毒を摂取させていけば、必ず死にいたるわけだ。

「誰か! 今すぐその絵を外して、布をかけて、倉庫に放り込んでおきなさい!」

 レニスが怒鳴るようにして使用人を呼びつけ、すぐに絵を運び出させ、窓を開けて換気する。

「燃やしちゃえばいいのに」
「わたくしだってそうしたいですが、王妃殿下からの下賜品かしひんを雑に扱うと、侮辱罪ぶじょくざいを適用されるかもしれません」
「……そうだったわね。面倒くさいわ」

 ここは階級がはっきり分かれている。王家の不興を買えば、貴族はあっさりと始末されるだろう。
 使用人が出て行くのを見送り、廊下に誰もいないのを確認してから、レグルスはおさえた声で質問する。

「伯爵、王妃様に目をつけられるようなことが……?」

「我が家は貿易監督を任されるほどの忠臣ですぞ! こんなことをされるようないわれはございません! そもそも、陛下とは仕事のためにお会いすることはございますが、王妃殿下には社交界であいさつする程度です」

 伯爵は憤慨したものの、考えこむ仕草をして、しきりと首をひねる。

「レニア、親族が無礼をしたことがあったかね?」
「存じ上げませんわ。そんなことがあれば、すぐに対処しております」

 レニアも分からないようで、息子を見つめる。彼は疲れた顔で横たわったまま、無言で首を横に振った。彼も知らないようだ。

「こうなると怪しいのは、神官つながりですね」
「確かにそうよね、レグルス。王妃様って、水神教と関わりが深いのかしら?」

 伯爵夫妻はハッとして、顔を見合わせる。

「そうだ。あの方は信心深いので有名です」
「まあ、では、神殿がしかけたことだというの? あなた、やはりあの件、すぐにでも陛下にお知らせしたほうが良いと思いますわ」
「いや、レニア。黙っていないと、これ以上のことをするという警告かもしれんぞ」

 彼らは青ざめて、おびえて身を縮めた。
 どうやら彼らは神殿にとってまずいことを知ってしまったか何かして、神殿から敵視されているらしい。

「どういうことですか? 私、神殿の横暴って大嫌いなの。教えてちょうだい」

 有紗が事情を教えるように催促する横で、レグルスは額に手を当てて、天井をあおぐ。

「ええ、あなたならば、トラブルに突っ込んでいくと思いましたよ……」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

訳ありな家庭教師と公爵の執着

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷  ※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)からHOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。 ※断罪回に残酷な描写がある為、苦手な方はご注意下さい。 ※只今、不定期更新中📝

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...