邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第三部 斜陽の王国

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 朝市を満喫した有紗は、いったん離宮に戻って品を置いてから、身支度を整えなおした。
 昨日、離宮に戻ってからレグルスが手紙を出してくれたので、ダモンド伯爵が今日の正餐を一緒にと返事をくれたのだ。
 適度におめかしをして、ダモンド伯爵家を訪ねると、テーブルいっぱいにごちそうを用意して歓迎してくれた。

「ま、まあ、神子様はお食事をお召し上がりになれないのですか!? 存じ上げなくて、申し訳ございません……」

 有紗が飲食しないのを見て、不作法を心配した伯爵夫妻に事情を話すと、伯爵夫人レニアは青ざめた。

「皆さんの食事の代わりに、邪気を食べているの。だから、私としては、治癒をすると食事をとれるからありがたいの」
「そうだったのですか。いやはや、申し訳ない……」

 あからさまにおろおろし始めたダモンド伯爵は、椅子を立つなり、その場に土下座した。

「ご不快でしたでしょう! 私の首くらい差し上げますから、息子だけはそのお力で助けてください!」
「申し訳ございませんでした!」

 夫の隣で、レニアも平伏する。貴族が滅多としない最上級の謝罪に、有紗はあっけにとられた。ハッと我に返ると、慌てて話しかける。

「いや、特に怒ってませんから! というか、ベルさんから聞いてない……ようですね」

 そういえば、ダモンド伯爵の名前はリストにはなかった。

「えーと」
「アリサは、あなたがたの非礼を許すから立ってほしいと仰せですよ」

 困り果てている有紗を見て、レグルスが助け舟を出す。

「寛大なお心に感謝いたします」

 伯爵夫妻はほっと胸をなでおろして、席に戻る。

「知らなかったこととはいえ、こんなにたくさんの料理を用意していただいてありがとうございます。歓迎の気持ちは伝わりました。もちろん、治癒します」
「まことにありがとう存じます」
「うう、良かった」

 有紗の言葉に、伯爵夫妻は目に涙を浮かべる。この様子、よほど追い詰められていたようだ。

「あの、お二人の息子さんが病気なんですか? ベルさんのリストにはお名前がありませんでしたが」
「ええ、少し事情がありまして……」

 ダモンド伯爵は冷や汗をハンカチでぬぐい、周りを気にした。
 なんとなく、ここでする話ではなさそうだと有紗は察知する。正餐のために、騎士階級も同席している上、多くの使用人が出入りしているのだ。

「もしよければ、私が食事できない代わりに、私の騎士達を同席させてもよろしいですか? アークライトのことはまだあまり詳しくなくて、ご教示願いたいのです」
「そうですな。でしたら、私の騎士達と会話が弾むことでしょう」

 伯爵は快く応じてくれたので、有紗はガイウスを一瞥した。

「お妃様と伯爵様のお心配りに感謝いたします」

 ガイウスは礼を言い、席を外しても問題ない護衛に声をかけ、急遽用意された席につく。団長であるガイウスと数名の騎士は、海産物にあふれるごちそうに舌つづみを打ちながら、有紗が遠回しにお願いした情報収集をしてくれた。
 有紗は正餐の間、伯爵夫人とおしゃべりに興じる。朝市が面白かったと話すと、レニアは目を輝かせた。

「そうでございましょう? この港の活気さは、我が国の誇りなのでございます。そうそう、我が夫は、陛下より貿易の取り締まりを命じられているのですよ」

 レグルスと伯爵は小難しい政治的なことを話していたが、レニアに話を振られ、伯爵は頷いた。

「ええ、輸出入の禁止物資が含まれていないか、関税の支払いはされているか、細かくチェックしています」
「港で、西大陸の珍しい作物を見かけました。カボチャってありませんか?」

「カボチャですか……? 西大陸の作物はチェックしていますが、そのような名前の作物を見た覚えがございませんね。よろしければ詳しくお調べいたしましょうか」
「いえ、知らないのなら構わないんです」

 有紗が断ると、伯爵は「作物といえば」と憂い顔になる。

「我が国は貿易で栄えておりますが、海岸部は塩害があって、あまり作物が育たないんですよ」
「塩害ですか? そういえば……トマトっていう作物はありません?」
「トマト?」

 有紗がどんなものかを説明すると、伯爵は「ああ」と頷く。

「アカウリのことですか。西大陸からたまに入ってまいりますよ。みずみずしい野菜だ、と。それがどうかしましたか」

 ここでは、トマトはアカウリという名前なのか。単純に、赤い瓜と呼んでいるのだろう。有紗には瓜とは似ていないように思うが、アークライト人には似ているように見えるのかもしれない。

「私の世界で、塩害のあった土地で、トマトを育てたそうなんです。塩トマトといって、塩分のおかげで、驚くほど甘いのだそうですよ。育て方は分かりませんが、どうせ塩害で土地が使えないなら、試す価値はあるかもしれません」

「神子様は異世界からおいでになったとか。その知見、ありがたく思います」

 わずかに身を乗り出して、伯爵は礼を言った。表情が輝いており、今すぐにでも調査したいと思っているのが丸分かりだ。
 アークライト王国に知恵を残していくつもりはなかったが、塩害で困るのはどの世界も共通のようだと不憫になって、有紗はつい教えてしまった。後は勝手にチャレンジするだろう。とはいえ、同じ作物かは分からないので、後で確認させてもらうことになった。

 のんびりと正餐の時間が過ぎていく。ダモンド伯爵は貿易の取り締まりをしているだけあって、西大陸の事情にも明るく、レグルスと話が盛り上がっていた。
 正餐が終わると、ようやく本題に入ることになった。ダモンド伯爵の息子を見舞うため、有紗達は食堂を後にした。
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