邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第三部 斜陽の王国

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 三日目の貴族は三件だ。
 次第に王都の外側のエリアに移ってきたので、移動だけで時間がかかる。軽傷者は王宮まで来てほしいのだが、どうやら家族問題を王宮にさらすのが嫌で出てこないらしい。
 有紗はそれが腹立たしい。

「命よりプライドを取るのかしら」
「貴族は誇りと名誉の世界ですから、そのプライドのために死を選ぶ者もいますよ」

 レグルスの返事に、有紗はさらに眉を吊り上げる。

「極端すぎる」
「しかし、毒の化粧水問題は、家庭問題を暴きますからね。王宮にやって来ては、弱みをさらすようなものでしょう。死活問題かもしれません」
「弱点かあ」

「過失があれば、それを責める者もいます。王家にばれれば、追及されるかもしれません。お金で解決できるなら安いものではないでしょうか。あくまで推測ですが」
「王族と貴族って、味方じゃないの?」

 中世というと、封建ほうけん制度だ。王族の下に貴族がいて、その下に領民という形のはずだ。ルチリア王国は各地を統一しているため、雰囲気としてはローマ帝国に似ている。

「王家と貴族家で腹の探り合いですよ。ルチリアだと、他国を戦で勝利して治めてきましたから、反乱が起きないか気を配っていますしね」
「そっかあ」

 歴史ではそういう状況があるのを知っているのに、有紗はつい、現代日本のバランスで、人間の権利や平等が当たり前だというふうに考えてしまう。生まれ育って得た感覚は、なかなか修正されないようだ。

(そうだったわ。ここは不平等が当たり前。身分制度で明確に分けられているのよね)

 その点、神子は全てを超越しているので、特に気苦労がないから楽だ。

(最初は、最悪だったけどね)

 何もかも、レグルスと出会えたおかげだ。

(やっと立場が安定したんだもの。レグルスを守るためにも、しっかり情勢は見極めなきゃね!)

 突然決まった救済だが、こうして旅をするのは有紗にとっても良いことだ。ルーエンス城で過保護に守られているよりも、肌の感覚で世界を味わえる。
 そして、今日の仕事を終えて離宮に戻ってきた有紗達は、明日は一日休むようにと伝えられた。

「間に休みを入れてくれるなんて、親切ね。でも、切羽詰まっていないのかしら?」

 客室に入るなり、有紗は長椅子に腰かけて、レグルスに話しかける。レグルスは白湯さゆを飲んで、一息ついていた。たまに味のしないものを飲みたくなるようで、水や白湯を飲んでいる。

「急ぎのところは終わらせたのでは? それか……」
「何?」
「寄付金の多いところかな、と」
「あこぎな真似をしてるっていうの?」

「アリサ、どこの国でも、神殿は政治に介入するものですよ。我が国のように、ここでの水神教の立ち位置は高い。あなたの力での救済を、寄付金集めに利用しているのは間違いありません。それから、まず間違いなく、水神教と折り合いの悪い貴族を差別しています」

 有紗が動いている間も、レグルスの配下は情報収集を続けている。その内容から判断したようだ。

「それならちょうどいいわね。明日、ダモンド伯爵の家に行きましょう」
「ええ、そうですね。あまり波風を立てたくはありませんから、先に約束していて良かった」
「午前中は市場に行きましょ。他にも作物があるかもしれないから、見ておかなきゃ」
「分かりました」

 首肯するレグルスに、有紗は問いかける。

「ところで、血をもらってもいいかしら。喉がかわいたの」
「そうなんですか、また我慢していたんでしょう? 遠慮しなくていいですからね」
「分かってるんだけど、抵抗があるんだもの」

 どうして闇の神子の飲み物は血なのだ。食べ物が邪気なのは、誰かを癒すからまだ受け入れられるが、こればっかりは嫌でしかたがない。

「吸血鬼みたいでしょ」
「キュウケツキ?」
「人間の血を吸う、人型の化け物のことよ。血を吸わないと生きていけないんだけど、それで相手を殺しちゃうの。それから、血を吸った相手も仲間になるのよ」

 レグルスは首を傾げる。

「……血を吸って殺すのに、仲間になるんですか?」

「うーん、なんかその辺は血を吸う量が違うんじゃない? あ、架空の化け物だからね。鏡に映らなくてね、太陽の光を浴びると灰になって死んじゃうのよ」

「おとぎ話に出てくる魔物のようですね。そんな話があるなら、アリサが血を飲むのを嫌がるのも分かりますよ。でも、アリサがキュウケツキだったとしても、私は血をあげますし……、私の血しか飲まないのでしたら、それはそれで気分が良いだろうと思いますね」

 いったいどういうことだと、有紗は目を丸くする。レグルスは有紗の髪を一房すくって、髪先にキスを落とす。

「私の命で、あなたの命をつないでいるんですよ。お役に立てて光栄です」
「レグルスってば、またあっさりと重いことを言うんだから」

 少し呆れたが、有紗のことならとことん受け入れるという気持ちが伝わってきて、有紗は照れた。

「仲間になっちゃうんだから、それは違うでしょ」
「一緒にいられるなら、人間をやめるくらい構いません」
「まったくもう」

 有紗はレグルスの頬を両手でつつむ。

「自分を粗末にするのは良くないわよ。でも気持ちはうれしいわ。……ありがとう」

 いったいどこまで有紗を受け入れてくれるのだろうか。懐が広すぎて、検討がつかない。
 レグルスは穏やかにほほ笑んで、タンスからナイフを取ってきた。あんな所に武器を隠しているのかと意外に思っていると、刃先を指先に押し当てる。

「はい、どうぞ」
「だから遠慮なく切りすぎだってば!」

 有紗は慌ててレグルスの手をつかみ、血を飲ませてもらう。

「殿下、失礼します。書類をお持ちしたんですが……」

 そのタイミングでブレットが客室に顔を出したので、有紗とレグルスはぎくりと固まった。
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