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第三部 斜陽の王国
十五章 市場で発見 1
しおりを挟む夕方近いのもあって、市場はすでに片付け始めているところだった。
それでも、大陸の玄関口にふさわしい活気に満ちている。
「すごいわねえ。これが毎日なのかな」
ルチリア王国では、決まった日にだけ市場が開かれる。ほとんどが月末だ。それはルーエンス城の城下町でも、王都でも変わりない。
今日は月末でもないのに、アークライト王国の広場は露店商でいっぱいだ。
活気ある様子を眺めているだけで、アリサも楽しい気分になってくる。
ガイウスが後ろから、市場について教えてくれた。
「この都では、港を出入りする商人で、いつもにぎわっているようですよ。とはいえ、品質の確かなものが欲しければ、店を選んだほうがいいかと」
「店? あれは違うの?」
露天商も店ではないのか?
「アリサ、ガイウスが言っているのは、座商のことです」
「ざしょう?」
耳慣れない単語だったので、有紗は声に出して繰り返した。レグルスが頷く。
「座商というのは、店舗を持っている商人のことですよ。行商とは格が違います」
「ああ、そっか。そういえばそうよね」
荷車をひいてその日だけ商売をする人と、町の中に店を構えている人は大違いだ。
ガーエン領は小さいため、商工ギルドすらない。
そのため、ルーエンス城に出入りする商人は、城下町の鍛冶屋と仕立屋を除けば、行商がほとんどである。てっきり、彼らが普通なのだと思っていたが、店舗を持つ商人は信頼度があるのはもっともだった。
「そうだわ。香り袋の材料を選びましょうよ。いろいろあったせいで、忘れていたわ」
布や糸を並べている屋台を見つけ、有紗はレグルスの腕を引く。
「慣れてないから、先に練習用を買おうかな。ねえ、どの色が好き?」
「最近は黒が好きです。アリサの色なので」
「恥ずかしいからやめてちょうだい」
そう返したが、黒髪黒目を持つ人間を見かけないため、有紗は自分の固有となっている黒髪と黒目を、昔よりも気に入っている。
「でも、黒い布に白い刺繍もいいわね。格好いいわ。差し色ならどれがいい?」
「赤や青が好きですよ。家族の色なので」
家族思いのレグルスらしい返事だ。その中に有紗が入っていることが照れくさい。
「それならどっちも買おうっと」
綺麗に染まっている糸や木綿の布を選び、それを買い上げる。支払おうとして金を持っていないのを思い出したが、レグルスが支払った。
「ありがとう、レグルス」
「欲しいものがあったら、遠慮なく言ってくださいね」
「そうするわ。ねえねえ、それよりもコインを見せて」
自分で払ったことがないので、生活必需品なのに、有紗はちゃんと貨幣を見たことがなかった。
レグルスは小さな銀貨を二枚払っていた。魚の絵がついている。
「構いませんが、これはアークライト王国の貨幣なので、ルチリアの銀貨とは違いますよ」
「そうなの?」
「大きく分けて、銀貨と銅貨があります。ルチリアなら、大銀貨と小銀貨、銅貨ですね。大金を払う時は面倒なので、銀の延べ棒なんかで支払うこともあります。貨幣が違うだけで、ここも似たようなものでしょう」
そういえば、昔は銀貨が主流だった。この世界もそうなのだろうか。
「金貨は?」
「金なんて滅多と採れませんから、市場に出回るほどはありませんよ」
レグルスは面食らって、目を丸くする。よほど常識外のことを言ったらしい。
「ルチリアの王宮はあんなに立派なのに?」
「もちろん、宝物庫にはあると思いますが、流通させるよりも、服飾や建築物に使いますね」
「なるほど」
王の威光を示すのに使い、外には出さないということか。かなり貴重だということが分かる。
買ったものは馬車に乗せるようにと騎士に頼み、有紗は再び市場を歩きだす。ほとんど片付け始めている中で、開いている店は少ない。
そんな中、良い品が集まっている界隈がある。見るからに取扱品のレベルが違っていた。家具や衣類のほか、宝石の類もあるようだ。そして、必ず武器を持った者が傍にいて、目を光らせている。
「ああいう店はどうなの?」
「恐らく、貿易商でしょうね。西の大陸との交易品があるのかもしれませんよ」
有紗は離れた距離から、露天を眺める。
「あら、あの枝は何?」
きらびやかな絨毯の前に、木の枝がいくつか並べられている。インテリアに使う、海に流れ着いた漂着木に似た雰囲気だが、まさか流行っているのだろうか。
「あれは香木ですよ。衣類に香りをつけたり、香の材料にしたりします。貴重なものになりますと、その価値は金に値するともいわれていますよ」
レグルスは説明しながら、有紗を引っ張るようにしてその場を離れる。
西日に強さがなくなり、次第に薄暗くなりつつあった。
「もうこんな時間。遅くなっちゃってごめんなさい」
「いえ、急かしたわけでは。ただ、あの店は詐欺かもしれないので避けただけです」
「詐欺? えっ、あんなに堂々とテーブルに置いてたじゃない」
「そこが怪しいんですよ。高価な香木を無造作に置くでしょうか。大事に仕舞っておいて、ここぞという客にだけ見せるようなものですよ」
そう言われると、有紗も自信がなくなる。
「嘘つきは堂々としているものですよ。自信がなさそうに背中を丸めて、『これは本物です』なんて言ってたら、誰も信じないと思いませんか。もしかしたら、あれは香木の香りを移しただけの、ただの木片かもしれません」
「なるほどねえ。ねえ、高価な香木ってルチリアでは育たないの?」
「こちらでは無理ですよ。気候が全く違うみたいなので。香木の産出地は雨が多くて、暑いとか」
有紗は本の知識を思い返す。
(熱帯雨林かしら? ああ、さすがにどこで多く採れるかなんて、覚えてないわ。日本では白檀が育たないから、仏像の材料は他の木を代用してたのは知ってるけど。クスノキとかヒノキとか……)
代用で、香りの良い木材を使っていたわけだ。
(燻製の材料として以外にも、香りの良い木材を売ったら、良いお金にならないかしら。それこそ、光神教の神像なんかで)
神殿の内装はあまり覚えていないが、人型の像があったような気がする。
(あいつらのせいで、私はひどい目にあったんだもの。お金儲けに利用したっていいわよね!)
神官達が嫌がる顔を想像して、ぷぷっと笑みを浮かべていると、視界の隅に、屋台で売られている野菜が飛び込んできた。
「あーっ」
「どうしました、アリサ」
突然、有紗が叫んだので、レグルスがビクリと震えた。有紗は彼の腕を引っ張って、屋台のほうに方向転換する。
「芋だわ!」
「イモ……?」
「じゃがいもっぽいのと、さつまいもっぽいのがある。すごい!」
「なんですか、この根っこみたいなのは」
喜ぶ有紗に対して、レグルスや騎士達の反応は薄い。まるでゲテモノを見るような目をして、芋を見ている。
「おや、奥様。芋をご存じで?」
店の片付けをしていた中年ほどの女が、意外そうに問う。
「やっぱりそうなのね。これってアークライト王国で採れるの?」
「いえいえ、西の大陸のほうで、山間の民族から仕入れたんですよ。日持ちしますし管理もしやすいので、船旅の食材にちょうどいいのですが、予想よりも余ったので試しにこちらでも売ってみようかと。ですが、ご覧の通り、誰も興味がないので売れ残ってるんですよねえ」
有紗が芋について詳しく聞くと、中年女は、じゃがいも似のほうがアデス芋で、さつまいも似のほうがサタ芋だと説明した。
「山間部だと、これより小さいサイズの芋のほうがおいしいから人気らしくて、アデス芋は家畜の餌に使われてるんですよ。サタ芋は、芋と蔓のどちらも食べるそうですよ。私どもは芋の部分しか食べませんが」
つまり、動物の餌と人間の食事で余ったものを売っているようだ。
「家畜の餌ですか……?」
レグルスの声が、どこか引きつった。
「私の故郷だと、どちらも定番よ! 素晴らしいわ! レグルス、これ、全部買って!」
「え? アリサ、服飾の類ではなくて、西方の植物が欲しいんですか? しかも売れ残り……」
「私には服や宝石より価値があるわ! 今、買わなきゃだめよ!」
「は、はい!」
レグルスはけげんそうにしながら、有紗に押し切られる形で芋を買い上げた。
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先週分です。気に入らなくて寝かせてたら週が過ぎてた~;
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