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第三部 斜陽の王国

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 最初に訪ねた貴族は、現王の親戚筋に当たる公爵家だ。
 王城がこぢんまりしていたせいか、公爵家も小さい城館であった。
 だが、城と同じく、中は豪勢に飾られている。色彩豊かなタペストリーや異国の調度品が置かれていた。
 当主夫妻の体調が悪いというので、有紗はさっそく治療しようとやる気満々だったのだが、通されたのは日差しが降り注ぐサンルームだった。

「ようこそ、神子様。お会いできて光栄です」
「高貴な方にお目通り願えて、心から感謝いたしますわ」

 品の良い老夫妻についている黒いもやは薄いものだ。
 おや? と思ったものの、有紗は外交だと思い出してあいさつをする。

「私がここにいるのは、我らがルチリア陛下の善意のたまものです」

 有紗がにこりとすると、老夫妻が笑みを浮かべたまま固まった。ルチリア王を褒めたのが意外だったのか、元敵国のために思うことがあったのか、その顔からは判別がつかない。
 公爵はすぐに表情をとりつくろい、笑みの仮面をかぶる。

「そうなのですか。あちらは闇の神を忌み嫌っているそうですから、心配していたのですよ」

 ねえお前と、公爵が夫人をちらりと見る。夫人はふふっと微笑んだ。

「ええ。もしいづらいのでしたら、我が家に迎える用意がございますわ。もちろん、娘として」
「今は夫のレグルスがいて、幸せなんです。お二人の体調はさほど悪くないようですね。邪気をいただいて構いませんか?」
「ええ、どうぞ」

 公爵の許可が下りたので、有紗はすぐに邪気を取り上げた。今は空腹ではないので、オニキスの宝石に吸わせて保管する。
 それからしばらく公爵夫妻とお茶会をして、有紗達は公爵家を辞した。
 馬車に入るなり、有紗は頭を抱える。

「なんっなの、レグルスがいるのに、養女にならないかですって?」
「単刀直入すぎて驚きましたよ」

 レグルスのことを終始空気扱いしていた公爵夫妻だが、レグルス自身は気分を害するよりも、あけっぴろげな態度に面くらっていたらしい。

「私の後ろ盾になりたいだなんて……いったいどういうことなの? それに、邪気も大したものじゃなかったわ」
「例の化粧水による重傷者だというので、女性を想像していたんですが……。とりあえず今日の仕事を終えてから考えましょうか」
「そうね、そうしましょう」

 それから五か所を巡ったものの、どれも邪気は大したことはなく、神子への信心が深い人達ばかりだった。
 夕方、離宮に戻ってくると、有紗は仲間達を集めて会議を開くことにした。

「というわけで、大したことがなかったわ」
「救援を呼ぶほどですのに、意外な状況ですね」

 ロズワルドはあごに手を当てて、ふむと思案げに呟く。今日の護衛はガイウスが率いており、ロズワルドはブレットや部下とともに町のほうで調査していた。

「ミシェーラちゃんのほうはどうだった?」

 ミシェーラには留守を任せ、怪しい行動をとる女官が出ないか気にしてもらっていた。

「わたくしのほうは何もありませんでしたわ。マール様も今日はお元気のようでした。あちらはエドガーお兄様が目を光らせていますから、使用人のほうは問題なさそうです」

 マールは元々アークライト王国の王女なので、当たりはゆるいようである。

「ですが、わたくしどものことは、対応は最低限で、ふんわりと無視していますわね」
「宴でもあの感じだもんねえ」

 丁寧にもてなすが、歓迎はされていないという独特の空気があって、居心地は悪い。

「ブレット、市井のほうはどうだ?」

 レグルスがブレットに話題を振る。ブレッドは首を振る。

「民は水神教に好意的のようです。港町ですから、昔から水神をあがめていましたし……何より、最近ははぶりが良いようで、炊き出しや救貧院きゅうひんいんのようなほどこしに精を出しているようですよ」
「救貧院って?」

 有紗が挙手して問うと、ブレットが説明する。

「そのままですよ、貧しい者を救う聖堂のことですね。孤児院から病院まで、手広くやっているようです」
「その金はどうやって工面しているんだ?」

 今度はレグルスが質問する。

「教区があって、市民からいくらか税金をとっているようですね。他は寄付金のようです。国と教区の両方に税金をとられるので、市民は面白くないようですが」
「ブレットさん、それでも水神教に好意的なの?」

「国は税金をとるばかりですが、水神教は地域貢献で還元していますから、その差でしょう。民は病気になれば、水神教に頼ればいいと思っているようですし」
「ふーん、パフォーマンスでも良いことしてるんなら、良いわよね」

 有紗もそのほうが、好感が持てる。

「我が国の光神教のように、こちらも水神教が生活に深く根差しているようですね。水神教の教えにそむくと破門されて、葬式もあげてもらえないとか。それから、大聖堂を建設する予定らしく、その費用を集めているようです。寄付をすると聖堂の材料になるので、徳を積むことになるとかなんとか」

 ロズワルドが見聞きしたことを話すので、有紗は感心した。

「へえ、世界が違っても、似たようなことをするのねえ。でも、大聖堂の建設だなんて、ここが水神教の本拠地なの?」
「そのようですが、他の国に比べれば、小さなものですよ。まあ、この国での権威は強いようですがね」

 水神教は国と貴族と民の間で、程よいバランスをとっているようだ。

「公爵に養女にならないかって言われたわ。どれだけ私の立場が悪いって吹き込んでるのよ、水神教の人達ってば」
「ぶふっ。養女!?」

 ちょうどお茶を含んだところだったガイウスがせき込む。沈着冷静なブレットすら驚きをあらわにする。

「そ、それはなんて大それたことを。アリサ様に亡命しないか打診したのでしょう?」
「私の前で問うから、怒る気も失せたよ」

 レグルスがため息をつく。

「我らが相手にされていないのはなんとなく感じていましたが、ここまで無視されるとは。こちらの面目丸つぶれではないですか」

 ロズワルドは信じられないと、不愉快そうにぼやく。

「私達を怒らせて、どうしたいのだろうな。救援要請はあちらからだが。状況が読めない以上、下手に態度には出せない」
「ベルさんを案内役にしたのは王様でしょ? あちらの意向なのかしら」

 謎なことだらけだが、短気は損ということで、やはり様子見することに決まった。
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