108 / 125
第三部 斜陽の王国
3
しおりを挟む宴の後、有紗は風呂に入りなおした。こもった空気の中にいたら、食べ物や煙草、香水のにおいが髪や服に移って不快だったせいだ。
濡れた髪をタオルでぬぐいながら、寝室に入る。
そこで、いるはずのない人物を見つけて、有紗は目を丸くした。
「レグルス? どうしたの?」
離宮にいる間は、違う部屋で休むと言っていたのに。入浴の手伝いをしてくれたモーナは気遣って、そのまま部屋を出た。扉が閉まる。
何か話でもあるのだろうか。有紗はレグルスの隣に座る。レグルスはため息をついた。
「ミシェーラに、自分の部屋から追い出されました」
「どういうこと?」
「敵国のど真ん中で、妻を一人にする夫がいるか、と」
「そういえば、そうねえ」
それに加えて客観的に見ると、離宮の侍女が誤解して、有紗とレグルスの不仲説が浮上しそうである。
「アリサ、私は長椅子で寝るので、気にしないでください」
「ええっ、隣で寝ればいいじゃないの。半神の私はともかく、普通の人間であるレグルスは旅で疲れてるはずよ」
有紗はふと、旅の途中でレグルスが言っていたことを思い出した。
「レグルスだって、王宮ならともかくって言ってたじゃない。離宮だから範囲内だわ」
「いえいえ、遠慮いたします」
「そんなに拒否されると、ちょっと傷つくんだけど」
有紗だって、普通の大学生だ。せっかく彼氏ができたのだから、ちょっとくらいいちゃいちゃしたい。すねた気分とへこみが同時にやって来て、有紗は口をへの字に曲げた。
「傷つけました? そういうつもりでは……」
慌てた様子でとりなそうとして、レグルスはこちらを向いて、石像みたいに固まった。上から下へと視線が動き、バッと横を見る。顔が赤い。
何かついているのかと有紗は自身を見下ろしてみたが、いつも通り、白い木綿のネグリジェだ。
「アリサは分かってません」
「何を? ところで大丈夫なの? お酒を飲みすぎたんじゃない?」
びっくりするくらい真っ赤なので、有紗はテーブルの水差しへ向かう。グラスに水をついでいると、レグルスが言った。
「ですから、あなたが魅力的過ぎてつらいんです!」
「は?」
驚いて水をこぼしそうになった。呆れて首を振る。
「あのねえ、私は許可してるのに、レグルスが我慢してるのよ」
「ええ、意地ですよ。我がままです。あなたにはより良いものだけを受け取って欲しい。貴婦人としての評判だってそうです。私があげられるものなど少なすぎて、これくらいしかできない……」
話すうちに落ち込んだようで、レグルスはうつむいた。
「私はレグルスからたくさんのものをもらってるわ。物だけじゃないわ、精神的なものもそうよ。今もそう。こんなことで落ち込むんだから、かわいいわよねえ」
大型犬がしょげているように見えて、有紗はグラスをテーブルに置くと、レグルスの傍に戻って、彼の髪をわしゃわしゃと撫で回す。
「でも、いつかレグルスが私に惚れたことを後悔する日が来るんじゃないかって、それだけは怖いかな」
「そんなこと、絶対にありえません」
有紗の手をつかんで、レグルスはこはく色の目でじっと見据えた。有紗はにこっと笑う。
「本当にしかたない人よねえ。そこまでがんばるなら、付き合ってあげるわよ。でも、今日は一緒に寝ましょ。間にクッションを置けばいいでしょう?」
「ですが」
「レグルスの体調が心配なのよ。むしろ私が長椅子で寝るわ。レグルスには長椅子は狭すぎるでしょ」
固辞するなら、有紗はレグルスがゆっくり休めるほうを選ぶ。
「女性にそんな真似をさせるわけがないでしょう?」
「もう、それなら面倒くさいから、さっさとベッドに入ってよ。私だって早く休みたいんだから」
堂々巡りに嫌気がさした有紗は、レグルスの腕を引っ張ってベッドのほうへ押した。四柱式のベッドには天蓋がついている。青いビロードのカーテンには、白い糸で貝の模様が刺繍されていた。
レグルスは渋々という態度で奥のほうに行く。有紗は長椅子のクッションを運んできて、真ん中に置いた。
「これでいいでしょ? あなたは私の夫なんだから、一緒に寝て何か問題ある?」
「分かりました。……おやすみなさい」
「言っとくけど、夜中にベッドを抜け出して、床で寝てたら怒るからね」
その気まずげな顔は、そうするつもりだったようだ。有紗はほとほと呆れた。
「レグルスの頑固者!」
「申し訳ありません」
反論すべきでないと悟ったようで、レグルスは素直に謝った。
10
お気に入りに追加
963
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる