邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第三部 斜陽の王国

十四章 むしばむ毒 1

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 翌日、有紗達は宴の席にいた。
 会場は謁見の間の広々とした部屋だ。水底のような場所に、色とりどりの衣装に身を包んだ美しい魚のような王侯貴族らが集っている。

「ようこそ、神々のつかわしたとうとい方。ごあいさつできて光栄ですわ」
「我らのために、遠路はるばるようこそいらっしゃいました」
「どういたしまして」

 王侯貴族らにレグルスとともにあいさつする有紗だが、いい加減、愛想笑いのしすぎで顔が引きつりそうだ。

(こんなことしてる場合じゃないんですけど……)

 有紗が特に気に入らないのは、誰も彼もがルチリアの王族を見て見ないふりをしていることだ。

(あんたらの救援のために来たのに、その態度はなんなのよーっ)

 助けにきたと大きな顔をするつもりはないが、それにしたって、この冷ややかさはひどいのではないだろうか。

(ルチリアとアークライトの間に、いったいどんな溝があるっていうの?)

 昔から戦をする仲だったとは聞いているが、これは思っていた以上に根っこは深そうだ。

(王妃様がマール側妃様を目の敵にしていたのも、これが原因かしら。うーん、でも、あの王妃様は嫉妬深そうだから、国の対立だけじゃなさそう)

 表面上、有紗は微笑みを浮かべているが、内心では考えに沈んでいる。同じあいさつばかりで、気を付けないとあくびが出そうなのだ。さすがにそんな礼儀知らずな真似はできないので、退屈な会話をまぎらわすのに忙しい。

 有紗はちらりとレグルスを見る。
 ルチリア王国では日陰の身だったが、王子だけあって社交はばっちりだ。穏やかな態度で、ルチリアのことや旅の道中で見聞きしたことなどを話すのだが、「どう思われますか?」などと絶妙に質問を混ぜ、「勉強になります」など相手を立てるので、次第に話好きな貴族が前のめりに語りだす。

 あとは話を聞いて、いい感じに相槌を打てばいい。

(レグルスって、やりすごすことにかけてはピカイチねえ)

 美形だというのに、不思議と地味に見える容貌もあってか、相手も信用しやすいのだろう。

(知れば知るほど魅力的なのが分かるっていうか。するめみたいな?)

 有紗が無意識にレグルスをまじまじと見ていると、ふとレグルスの目がこちらを見た。

「アリサ、どうかしましたか」
「えっと」
「はい」
「レグルスって本当にかっこいいなと思っていただけなの」

 有紗がそう答えると、田舎のほうの伯爵はぐっと息を飲み、伯爵夫人は赤面した。
 レグルスは有紗に、真面目に返す。

「アリサ、あなたの魅力には負けます」
「ぐふっ」
「あなたっ。し、失礼しますわ。ちょっとワインに酔ったみたいで。おほほほ」

 有紗達のやりとりにダメージを受けた伯爵の腕を引き、伯爵夫人は撤退した。

「あら? どうしたのかしら、急に」
「ええ、不思議ですね。しかしやっと人がはけましたね、アリサ。さすがに疲れました」

 有紗とレグルスは首を傾げたが、後ろに控えているガイウスは、いつものことだと遠い目をしている。

「宴を開いてくれるのはありがたいけど、もうちょっとこぢんまりしたもので良かったのにね」

 有紗は小声でつぶやいて、謁見の間を見回す。
 端には料理の乗ったテーブルが並び、着飾った人々が談笑したり食事したりとにぎやかだ。立食式で、海鮮料理が多い。
 有紗はレグルスの左腕に引っ掛けていた右手で、その腕を軽く叩く。

「レグルスも何か食べたら? あのエビ、おいしそうよ」
「いえ、ちょっと……」
「じゃあ、タコは?」
「…………」

 レグルスは気まずげに沈黙する。
 そういえば、海がない土地で育った人には、タコはおぞましく見えるのだったなと、有紗は思い出した。日本人の有紗には、どれもおいしそうだ。

「私の故郷は島国で、海産物をたくさん食べていたのよ。タコはしかたないでしょうけど、エビも駄目?」

 するとレグルスは有紗の耳にささやく。

「あれは虫ではないんですか?」
「えっ、さあ、考えたことないわ。エビよ。甲殻類こうかくるい。おいしい! 特にあのイセエビみたいなのは、私の国では高級料理よ。身がぷりぷりでおいしいわよ」
「アリサがそこまでおっしゃるなら……」

 レグルスは給仕にエビを取り分けさせ、ソースにつけてから恐る恐る口に運ぶ。目を丸くした。

「本当だ。おいしいですね」
「でしょ!」
「あっちの貝もいいと思うわよ」
「港町だけあって、食材豊かなんですね」

 貝には拒否反応はないようで、レグルスは牡蠣かきそっくりな貝を食べる。ちょうど空になったワイングラスを給仕が回収し、代わりに酒を乗せた盆を見せるので、レグルスは銀製のゴブレットを選んだ。

「この貝、白ワインがよく合います」
「良かったわ。慣れない旅で疲れたでしょう? 少し痩せたんじゃない? たくさん食べて、栄養をつけなきゃ」
「ありがとうございます、アリサ」

 お互いに言い合ってにこにこしていると、貴婦人達がきゃあきゃあと歓談している声が聞こえてきた。

「ねえ、あちらの殿方を見て。冷たそうだけれど、素敵だと思わない?」
「いいですわね。鼻の形が良いと、あちらも良いそうよ」
「今夜、遊んでくださらないかしら」

 どう見ても既婚者と思われる女性達が見つめる先には、壁際にじっとたたずむロズワルドがいる。

「意外ねえ。ロズワルドさんってモテるんだ?」
「はは、お妃様、ロズワルドがあんな浮ついたご婦人がたを気に入るわけがないでしょ」

 ガイウスが気の毒だと言いたげに、口を出す。

「ロズワルドさんって不良のくせに、頭は固いもんね」
「アリサ、さすがにかわいそうですよ」
「本当のことでも、言ってはいけません」

 レグルスはそっと注意したが、ガイウスの言葉はどう聞いてもフォローできていない。

「ところで、レグルス。鼻の形が良いと、あちらも良いってどういう……」
「アリサ」

 レグルスはにっこりした。威圧を感じる笑みだ。
 有紗が気圧されると、レグルスは有紗の耳元でささやく。

「バルコニーで、二人の時間を束の間楽しむのはどうでしょうか」

 有紗は何も飲み食いしていないのに、酒に酔ったような気分になった。くらっとしながら、頷く。

「はいっ」

 有紗がぽーっとなっている後ろで、下品な会話を無かったことにしたレグルスの手際に、ガイウスが冷や汗をぬぐっていることなど、まったく気づかなかった。
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