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第三部 斜陽の王国
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しおりを挟む離れといっても、王宮内にある離宮である。
客用の居館のようで、二階建ての屋敷がいくつか集まっていた。その周りには使用人用の棟もあり、有紗達はベルザリウスの案内で、それぞれの部屋に落ち着く。
説明を終えると、ベルザリウスはうやうやしくお辞儀をする。
「神子様にお会いでき、本当にうれしいです。しかし、ルチリアでのあなたの処遇は悲惨だったとか。もし助けが必要なら、私にお話しくださいね」
ベルザリウスはちらとレグルスのほうを見た。その一瞬の目つきを目撃した有紗は、胸を不吉に騒がせる。
(怖い……)
まるでとって食いそうな、蛇に似た狡猾な目だった。
有紗はほとんど無意識に、すすっとレグルスとベルザリウスの間に入る。
「他国のことまでご存知なんですね。私のことは、レグルスが助けてくれたので気にしないでください。こちらでは闇の神を嫌ってないんですか?」
ベルザリウスはにこりと笑む。
「闇の曜日は休日です。民にとっては親しみ深い日ですよ」
「そう聞いて安心しました」
「よろしければ、今度、都を案内するお時間をくださいませ。交易のためにさまざまな物が行きかうので、それは楽しいものですよ。しかし、善き者もいれば悪しき者もございます。くれぐれもご注意くださいませ」
同性でも胸がときめきそうな流し目をするベルザリウス。今度は違う意味で有紗が緊張すると、レグルスにぐいっと腰を抱き寄せられた。
「どうぞお気遣いなく。私達はこの国の病を払いに参ったのですよ。遊びではありません」
「……レグルス?」
なんでそんなに敵愾心を見せるのだろうか。
戸惑いを込めて、有紗はレグルスを見上げる。
「そうですよね、アリサ」
「え? ええ、そうね。歓迎の宴もありがたいけれど、早く問題解決に行きたいわ」
するとベルザリウスは大げさに褒める。
「ああ、なんと慈悲深いお方でしょうか! 我らのために、そんなに胸を痛めておいでとは!」
「いや、だってそのために来たんだし……」
「感激のあまり、このベルザリウス、涙が出てまいりました。しかし、歓迎の宴は国の威信のためのもの。どうか陛下のお顔を立ててくださいませね」
「ああ、そうですよね。すみません」
アークライト王国からすれば、歓迎の姿勢を見せるというデモンストレーションが必要だろう。国同士のやりとりで、政治的なものだ。
「それでは失礼いたします。夜の姫君」
きざったらしく付け足すと、ベルザリウスは退室した。
彼が去ると、有紗はようやく肩から力を抜く。
「あの人、なんだか大げさね」
「油断も隙もありませんよ、まったく! アリサがわざわざ私を夫だと紹介したというのに、ああも堂々と色目を使うとは」
レグルスは憤慨しながら、有紗をぎゅうっと抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、苦しいわよ、レグルス。それに人目もあるし……」
「あ、大丈夫ですよ、アリサ様。いつものことなので慣れていますから」
「お二人とも、仲良しで素敵ですわ」
ガイウスが手を振り、ミシェーラは微笑ましいと頬を赤くする。周りが冷静だと、余計に気恥ずかしいものらしい。有紗はなんとかレグルスの抱擁から抜け出した。
「それにしても、ベルさんって良い人っぽいのに、怖かったわ」
「ベルさん!」
レグルスが有紗の言葉に反応して、顔をしかめる。
「ベルって呼べと言ってたじゃないの。それにベルザリウスなんて長すぎて呼びたくないわ」
「私ですら愛称で呼ばれたことがないのに」
「えっ、問題はそこ? でも、レグルスってどう縮めるのよ。難しいから、レグルスのほうがいいわ。あ、ミシェーラちゃんはシェラとかかしら」
するとミシェーラが真面目に答える。
「わたくしの愛称でしたら、ミカですわよ。でも、シェラでも構いませんわよ、お義姉様」
「駄目だ。誰も突っ込めないでいるぞ」
ガイウスがやきもきするのを、ブレットが平然とさえぎる。
「団長、殿下がたのことは侍女に任せ、他の者をどうにかしませんと。疲れている状態で放置しては、暴動が起きかねませんよ」
「ああ、そうだった。レグルス殿下、何かご命令はございますか?」
ガイウスが確認すると、レグルスは否定を返す。
「采配はブレットに任せる。荷を解いて、馬やロバの世話を終えたら、今日はもう休むように告げよ」
「かしこまりました」
ブレットとガイウスが返事をし、離宮の広間から出ていく。
白い石を多く使い、窓を大きくとった開放的な造りをした離宮は過ごしやすそうに見える。色ガラスの細工ものがあちこちに置いてあり、ルチリア王国とは違った趣がある。
そこへ、隣の離れに案内されたはずのエドガーがおずおずと顔を出した。
「お疲れのところ、申し訳ありません。アリサお姉様かミシェーラか、どちらでもいいので、お母様をお慰めする手伝いをしていただけませんか」
弱り切った顔をしているエドガーを見て、有紗は謁見の間での出来事を思い出す。
「マール側妃様、あんなに故郷に帰りたがっていたのに、お父さんが冷たいから傷ついたのね。もちろん行くわ」
「心配ですわね。わたくしもご一緒します」
有紗とミシェーラがマールと話すことに決めると、レグルスはエドガーに返す。
「マール様のことは、ご婦人方に任せたほうが良さそうですね。エドガー、ゆっくり休めるように手配してさしあげなさい」
「ええ。すみません、お兄様。お姉様とのお時間を邪魔してしまい……」
「いや、マール様が気の毒なのもあるが、エドガー、君のことも気にかかる。君にとっては祖父だろうに声もかけてもらえなかっただろう?」
「顔を拝見したこともなかった祖父より、僕にはお母様のほうがずっと大事です。しかし、僕の立場が、祖父にとって厄介なことも理解しているつもりです。あの場で孫だとわざわざ言えば、この国の後宮が荒れそうですからね」
エドガーは複雑そうに、苦笑を浮かべる。
(王位継承が関係してくるから、面倒くさくなっちゃうのね)
孫だから継承順位は低いだろうが、因縁あるルチリアとの血を分けた王族は、アークライト王国側にとっては難しい問題だろう。
「この国に来たのは、全てお母様のため。僕はルチリア王国の臣下として、務めを果たすだけです」
「……強くなったな」
レグルスはエドガーの肩をポンと叩き、エドガーは気恥ずかしげに微笑む。
兄弟のやりとりに和んだ有紗とミシェーラは、顔を見合わせて笑うのだった。
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