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第三部 斜陽の王国
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しおりを挟む翌朝になって、寝不足でふらつく頭で、これからどうなるかと、有紗の胸中は穏やかではない。
化け物扱いや、親しい彼らの軽蔑の目を想像しては胸を騒がせていた。
しかし、出立前に軽い朝食をとる時間になっても、ブレットにさして変化はなかった。どうやら周りに言いふらす真似はしなかったようで、配下らもいつも通りだ。
有紗はレグルスにこっそりと話しかける。
「レグルス、もしかしてあの人、聞き間違いだと思ってくれたのかな?」
「そうかもしれませんが、念の為、注意しておきましょう」
慎重なレグルスらしい返事があり、今のところはそうすることで落ち着いた。騒ぎ立ててやぶへびになっては、有紗のほうが困るのだ。
それに気にかけている時間はない。皆が朝食をとる横で、有紗は昨晩に診られなかった村人を癒すため、一仕事した。
村人総出で見送られ、それから数日は気にかける余裕がなかった。
ルチリア王国では、夏から冬へと季節が移り変わる時期に、いつも嵐が来るそうだ。
そのため、あらかじめ嵐をやり過ごせるように、西に進んだ場所にある騎士団の砦に滞在する手続きをしていた。
不便な砦暮らしを一週間ほど過ごすと、また旅を再開。
やっとのことで隣国アークライトに着いた時には、一ヶ月が経っていた。
すっかり気温は下がり、冬に入ったと実感する。有紗だけでなく、皆も毛皮のコートやマントが追加された。
(ブレットさん、何も言わないけど、どう見ても私を敵視してるわよねえ?)
さすがにこれだけ一緒に過ごせば、それなりに見えてくるものはある。
ふと気づくと、ブレットは遠くから有沙を見ている。有紗がそちらを見ると、分かりやすく目をそらした。そしてレグルスとの時間をさりげなく邪魔をする。
(なんなのかしら。もやもやするわ。でも、下手に刺激するとやっかいよね)
白黒つけたくなるが、今のところ実害はないので、もう少し様子見しておくことにした。
アークライト王国の王都は、オーシャンビューが広がる美しい土地だ。狭いエリアに、二階建ての建物が密集しており、迷い込んだら抜け出るのが大変そうに見えた。
さすがに王侯貴族は広い土地に屋敷を構えており、王宮はルチリア王国に比べればこぢんまりして見えた。
「救援に感謝いたします、闇の神子様とそのご一行様がた」
出迎えたのは、銀髪が美しい背の高い男だ。三十代前半ほどだろうか。容姿が整っているのが、特に切れ長の目が美しくて、微笑むと花が舞うかのようだ。
(わぁ、少女漫画にいそうな美形ね)
ルチリアで見かけた美人とは毛色が違うので、有紗は絵画鑑賞をする心持で、男を眺める。淡い青の目は宝石のようで、薄水色の衣装がよく似合っている。何より、どこか浮世離れした空気が漂っていた。
(俳優かしら?)
そんな者を出迎えに寄越すわけがないのに、有紗はそんなことを考えた。
「私は水神教の大神官、ベルザリウス・マッカレイと申します。ベルとお呼びくださいませ、神子様」
ベルザリウスは微笑んで、うやうやしく膝を折る。
「陛下より、お出迎えの任をたまわりました。この栄誉にあずかれたこと、大変ありがたいことです。さあ、外は寒いでしょう。どうぞ中へ。陛下がたが謁見の間でお待ちですよ」
「ありがとう、マッカレイさん。でも、他に言うことはありませんか?」
有紗にだけあいさつをして済まそうとするので、有紗には居心地が悪い。王族が四人もいるのにと、レグルスらを一瞥すると、ベルザリウスは一瞬表情を消して、それからマールにあいさつした。
「これはマール王女殿下、お帰りなさいませ。ご健勝のようで何より。――さあ、どうぞ」
申し訳程度にそう追加して、ベルザリウスはきびすを返す。もう話すことはないと言わんばかりの態度だ。
有紗の戸惑いは深い。
「レグルス、なにこれ、どういうこと?」
「神子の使節団を招き入れただけで、ルチリアの王族と親しくする気はないという牽制でしょうか」
「救援を求めておいて、それってどうなのよ」
「同盟国という立場ですが、表面上は親しくしているだけで、過去の戦の軋轢がまだありますからね。とりあえず、あちらの顔を立てておきましょう、アリサ」
レグルスにさとされ、有紗はしぶしぶ同意する。
なんだかよく分からないが、この王宮も面倒くさそうだということだけは理解した。
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