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第三部 斜陽の王国
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しおりを挟むレグルスの愛馬にブラッシングを終え、飼葉と水を与えてから、有紗達は村長の家に引き上げた。
王族が泊まるなど滅多とないことなので、村長が村の広場で宴を開いてくれたが、有紗は食事ができないので、レグルスの傍にいるだけだ。
「村長、この村には病人や怪我人はいないだろうか。妃が癒してくださるそうだ」
レグルスが切り出すと、村長は青くなってビクリと震えた。
非常食はあっても困らないので、有紗としては邪気を回収したいのだが、この反応には嫌な予感がする。案の定、村長はその場に両手両足をついて平伏する。
「お許しください! 闇の神子様は、病人や怪我人をお食べになるとか。おやめくださいませ!」
「……は?」
有紗はぽかんとし、レグルス達もあんまりな事態にあ然となる。
(村に入ってから、なーんか視線を感じるなあと思ったのは、もしかしてそのせい?)
王族や神子が珍しいんだろうくらいにとらえていたが、どうやら違っているようだ。
有紗達が驚きのあまり何も言えないでいるのに対し、村長は必死に言いつのる。
「いくら病人でも、わしらには家族でございます。どうか、ご容赦を!」
「待たれよ、村長」
「ひぃっ」
ロズワルドが渋面で声をかけたので、村長は震えあがって、額を床に押し付ける。ガイウスが右手を挙げてロズワルドを制す。
「ロズワルド、ここは俺に任せてくれ。――村長、それは誤解だ。間違っている」
「……と申しますと?」
村長は恐る恐る顔を上げる。その顔が恐怖に引きつっているので、有紗はへこんだ。
「神子様がお食べになるのは、病気や怪我にまとわりつく邪気で、人間の目には見えない」
「目に見えないと申しますと、ま、ままままさか、霊魂を食らうので?」
うがって受け取る村長に、有紗は怒る。
「違うってば。私が食べるのは、黒いもやだけよ! 例えば……」
有紗は広場を見回して、右手首に黒いもやをまとわせている騎士を見つけた。
「そこのあなた、こっちに来て」
「え? は、はい」
おずおずと出てきた騎士の右手を、有紗は指さす。
「手首に黒いもやがまとわりついてるのよ。あなた、手を痛めたんなら、ガイウスさんに報告しなさいよ。すぐに治してあげるのに。騎士が剣を扱う利き手を痛めたままなんて、おっかなくてしかたないわ」
「申し訳ありません、お妃様。先ほど、荷物を下ろす時にひねってしまって」
ばつの悪い顔をして、騎士は事情を説明する。
レグルスが村長に問いかけた。
「村長、この騎士の手首に邪気があるそうだが、お前には見えるか?」
「いいえ、なんにも」
「アリサ、お願いします」
レグルスにうながされ、有紗は騎士から邪気を取り上げる。
「ほら、これよ。――うん、おいしい。鶏肉の塩焼きみたいな味がするわ」
有紗は邪気を口に放り込む。空腹もあって美味だ。
「見ての通り、彼は生きているだろう? 怖いことは何もない」
レグルスが優しくさとし、騎士が手を振って見せたので、やっと村長は納得したようだ。
「でしたら、あの、まずはわしでお試しくださいますか」
「あら、あなた、膝が悪いのね。いいわよ」
「おわかりになるのですか」
有紗の指摘に、村長は目を丸くする。そしておずおずと近づいてきたので、有紗は邪気をつかんで引き抜いた。
「おお、おお! これはすごい。膝の痛みがなくなりました」
「癒してほしい人がいるなら、連れてきてちょうだい」
「ははっ、ただちに!」
村長は目を輝かせ、宴の給仕や手伝いをしていた村人達も期待を抱いたようだ。
「なんて奇跡なのかしら」
「俺、じいさんを連れてくるよ」
「落ち着きなさい。交代で連れてこよう。王子様がたや神子様に失礼をしてはならんぞ!」
ざわめく村人を叱りつけ、村長はすぐに指揮をとって、各家の病人や怪我人を連れてくる順番を決めた。
「明日の朝でもいいから、無理はしないで」
「はい、ありがとうございます、神子様」
このおかげで、心からの歓迎の態度に変わったので、有紗達は宴を楽しく過ごせた。
「でも、なんで私が病人を食べるってことになってたのかしら?」
「人から人へと伝わるうちに、どこかで曲がったんでしょうね。王都から近い村でもこれとなると、今後が気にかかりますよ」
苦笑するレグルスに、有紗はなるほどと頷く。
(昔の伝達手段って、伝言ゲームだもんね。役人が伝令に回らない限り、こういうこともあるのが普通かしら)
ネットや電話に慣れていると不思議な心地がするが、ネットでもデマや誤報が出回るのだから、伝言ゲームなら当然だ。
「お姉様、災難でしたわね」
ミシェーラになぐさめられ、有紗はなんとも言えない誤魔化し笑いを返す。
「正しい情報をつかんで、ルーエンス城まで来る商人がいたかと思えば、間違いが広まってる村もあるのね」
「商人は王都で噂を聞いてから来たのではないでしょうか? 危険があるかもしれませんから、今後、アリサは注意をおこたらないでくださいね」
レグルスの言葉に、有紗は頭痛がする思いだ。
つまり、闇の神子が病人を食べると勘違いしている者がいたら、化け物のように攻撃される可能性もあるわけで。
(こういう感じで、魔女狩りって出てくるのかもね。怖すぎるわ)
レグルスの傍で大人しくしているのが良さそうだ。
宴が終わると、村長宅の離れに入る。
軽く水で濡らした布で体をふいてから、ネグリジェに着替える。支度が済むと、レグルスに声をかける。
「レグルス、もういいわよ」
「はい」
「じゃあ、今度は私があっちを向くわね」
「お願いします」
有紗が後ろを向くと、レグルスが着替え始めた。
夫婦なので、同室で一つのベッドしかない。
レグルスは結婚式を挙げるまで有紗に手を出さないと宣言しているが、有紗としてはちょっとの触れ合いくらいはしたいので、チャンスかもしれないと内心でガッツポーズである。
「いいですよ」
「はーい。って、なんで旅装のままで、しかも床で寝る気満々なの⁉」
有紗は思い切りツッコミを入れる。
やけに着替えるのが早いと思ったら、レグルスは汗や汚れをふいただけで、着替えずにマントを敷いて床に座っていた。
「大丈夫です、アリサ。遠征があれば、こんなふうに野宿しますから」
「一緒に寝ればいいじゃないの」
「王宮のベッドはともかく、このベッドは狭すぎるので駄目です」
「頑固ねーっ」
面白くない気分で、有紗はベッドに座って膝を抱える。有紗に甘いレグルスだが、こうなるとてこでも動かないので、早々にあきらめた。
「まあ、いいわ。それよりレグルス、のどが渇いたのよ。人目がなくなるまでと思って我慢してたの」
「おっしゃってくだされば、部屋に引き上げましたのに」
「皆の歓迎ぶりを見てたら、邪魔できなくて」
有紗が治癒をすると、村全体がお祭り騒ぎになったのだ。
「いいですよ。ざっくりいきましょうか?」
ナイフを取り出したレグルスが、なんの気兼ねもなくそんなことを言うので、有紗のほうが慌てる。
「いや、だからそういうのは良くないってば。ちょんっでいいのよ、ちょんっで。あーっ、またこんなに血が!」
レグルスときたら加減を知らないので、指先から血があふれる。有紗は慌てて、レグルスの指を口に含んだ。同時に喉がうるおう。
「アリサ、子猫みたいでかわいいですね」
「この状況でそんなことを言うの、あなたくらいだと思うわ」
レグルスは穏やかで優しい男だが、そういう発言を聞くと、ちょっとおかしいのではないかと思ってしまう。有紗を化け物扱いして存在を否定しないのはありがたいが、やっぱり普通じゃない。
「さすがの騎士さん達も、私が血を飲むなんて知ったら不気味に思うんじゃないかしら」
「言いふらして騒ぐような者なら、理由をつけて左遷しますよ。恨んで変なことを言っていると、周りは思うでしょう」
「レグルスったら、急に腹黒い発言したら怖いでしょ。そんなことしなくていいから、やめてね」
有紗のことになると、時に怖いことを言いだすレグルスなので、有紗は念を押しておいた。それから首を傾げる。少し物足りない。
「うーん、もう一口、いいかしら」
「構いませんよ」
「だから手加減してってば」
今度は手の平を切るものだから、有紗が慌てて血をなめた時、扉がノックされた。
「殿下、失礼します。……あっ、開いた」
折りたたんだ布を抱えているブレットが、ノックした手の形はそのままで、扉の向こうで固まった。
そりゃあ、そうだ。
部屋の中で、王子の怪我をなめている妃がいたら、驚くに決まっている。
「あの、先程、血を飲むと聞こえたような。……気のせいでしょうか」
こわばった顔で問うブレット。フリーズして動けない有紗の代わりに、レグルスが弁解する。
「気のせいだ。私が謝って手を切ったから、有紗が傷を見てくれていただけだ」
「ですが、本当に血をなめていたような……」
「暗くて見間違えたんだろう。君は文官だから、慣れない旅で疲れたんだろうな。用件はなんだ?」
「床でお休みになるとうかがったので、敷物をお持ちしました。いくらか体が楽かと……」
「そうか、ありがとう。お休み。また明日」
「は、はい、また明日……」
ブレットは最後まで疑わしげにこちらをうかがいながら、布を置いて、部屋を出ていく。
「庶民の部屋は鍵がかからないのが厄介だな」
「どうしよう、レグルス!」
「彼は賢い。無暗に言いふらす真似はしないと思いますが」
「思い切りしらばっくれるってわけね、わかった!」
レグルスが言うなら間違いない。全幅の信頼を寄せている有紗は、ひとまず落ち着く。
しかしその日は心配しすぎて、眠りが浅かった。
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