邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第二部 光と影の王宮

 2 【第二部、完結】

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 それから、急ぎ支援の使節団が組まれることになった。
 人員の決定に、旅に必要なものをそろえるなど、やることは山積みだ。

 最低でも一週間はかかるからと、レジナルドにはしばらくゆっくり過ごすように言われた。
 準備に追われて忙しいが、帰国という非願成就に、マール側妃は浮き浮きと支度の指示を飛ばしている。有紗が邪気を食べてしまったのが良かったのか、軽い浮き沈みはあるものの、以前のように自傷まで悪化することはなくなったようだ。

 レグルスの別宮もおおわらわだが、有紗は特にすることがないので、レグルスに断ってからエドガーの宮に顔を出した。ミシェーラも同席することという条件のため、有紗とミシェーラは、庭でエドガーとテーブルを囲んでいる。

「そういえば、エドガー王子。毒ってどこに隠していたの?」
「え?」

 改めてエドガーがミシェーラに眠り薬をもったことを謝っているところで、有紗が素朴な疑問を口にすると、エドガーはこちらを見た。

「だってほら、近衛騎士が王宮中をひっくり返したのに、見つからなかったでしょ」
「ああ、あれのことですか。絵描き道具に入れている、筆洗い用の瓶ですよ」

 エドガーはいったん退席して、部屋から絵描き道具の木箱を運んできた。持ち運びしやすいように、木箱には紐がついている。中には絵の具や筆、布の端切れなどが綺麗に並べられており、コルクで栓をされた小瓶が入っていた。

「近衛はここまでは調べませんでしたが、もし調べられても追及されなかったでしょう」

 エドガーは微笑んだが、少し毒のある笑みだった。

「どうしてですか?」

 ミシェーラの質問に、エドガーは絵の具を示す。

「この絵の具には、あの化粧水と同じ毒が含まれているので、絵の具がついた筆を洗った水だといえば終わりだろう?」
「お兄様、策士ですわねぇ」

 しげしげと感心をこめて、ミシェーラは呟く。有紗はゆるく首を振った。

「まったくもう。ロドルフさんが、あなたのことを『可愛い子ぶってるだけで、レグルスを慕っているのは演技だ』って言うのもわかるわ」

 有紗があけっぴろげに話すので、エドガーは苦笑したものの、機嫌を悪くはしなかった。

「ガーエン卿は手厳しいですね。可愛い子ぶるは否定しませんけど、レグルスお兄様を慕っているのは本当ですよ。あの方は自分も不遇だというのに、表も裏もなく親切にしてくれましたから。それに、ちょっとした仲間意識もありますね」

「あら、卑しい血を引くとは思わなかったの?」
「敵国の王女の血と比べれば、平民の血なんて可愛いものでしょう」

 エドガーはまた微笑む。今度は皮肉とからかいのどちらも含んだ笑みである。素を見せるようになったエドガーは、生意気だが、なぜかにくめない可愛い末っ子という雰囲気だ。

「では……わたくしのことは?」

 ミシェーラがおずおずと切り出す。

「もちろん、かわいい妹だよ。大病をわずらった時の、王宮の人々の様子には、あいつらはとんだ悪魔だと思っていたくらいだね。元気になって良かった」
「わたくしも、今のお兄様のほうが好きですわ。肩から力が抜けていて、親しみやすく感じられます」

 二人はそう言いあって、微笑みあう。
 子犬とリスがじゃれあっているようにしか見えなくて、有紗もほのぼのする。

「神子様がおいでくださったおかげで、この国もしばらくは安泰でしょうね」
「まあ、王妃様の横暴を止められるのは、私と王様くらいだもんね」

「それもありますが、バラバラだった兄弟が絆を結びつつあるのは、あなたの存在があるからですよ」

 そんなにいいことをしただろうか。
 有紗が首を傾げていると、レグルスがガイウスとともに、侍女の案内で庭を横切ってきた。どうやら急ぎの仕事は片付いたようだ。

「エドガーの言う通り、この調子なら安心ですよね」

 会話を聞いていたのか、レグルスがそう言って、テーブルまで来るとあいさつをする。そして、エドガーに断ってからあいている席に座った。エドガーの隣だ。

「どういうことなの、レグルス」
「大国を得ることより、維持するほうが大変なんですよ。父上は統治の腕は素晴らしいですが、王宮内は……後宮はあの通りですから。内乱が起きれば目も当てられません」

 レグルスの説明を聞いて、有紗はなるほどと思った。
 後宮にいるのが同盟国の王女や重臣の娘だということは、彼女達の争いが内乱につながることもあるというわけか。

「ああ、叩き上げの敏腕社長が作った会社が、次代でつぶれるのと似たような感じかしら」
「敏腕……しゃちょう?」

 レグルスだけでなく、エドガーとミシェーラもなんのことだかわからないと視線をかわす。有紗は少し考えて、わかりやすい例えをあげた。

「一代目が作ったお店を、二代目でつぶしちゃうってことよ」
「確かに、そういうことはよくありますね。後継者争いでもめて……ということも」

「その点、王様はすごいわね。王位争いをさせることで、兄弟間で勝負させつつも、それぞれの努力の結果だから、禍根かこんを残しにくいってわけでしょ」
「そうですね、家臣も含めて全員が納得して、次の王を選べますからね」

 有紗とレグルス、エドガーは理解しているが、政治にはうといのか、ミシェーラはぽかんとしている。

「そんな理由がありましたのねえ。女のわたくしには参加権がないので、他人事でしたわ。以前は嫁ぎ先を気にしていましたが、病気をしてからはそれどころではありませんでしたし」
「そっか、年齢的に嫁いでもおかしくないわよね。ミシェーラちゃん、近々嫁ぐ予定が?」

「いいえ、今はありませんわ。大病をして王宮を退いた王女ですわよ。なかなか難しいのです。よくて、降嫁ではないかしら」
「ああ、この時代くらいの価値観だと、キズモノ扱いなんだっけ? ほんっと腹立つわね」

 男尊女卑が激しい時代だ。戦が多いから男社会なのはしかたないとしても、現代で育った有紗の感覚だと、病気をして治ったのに、傷がついた扱いされるのが信じられない。

「せめてミシェーラちゃんの希望が通るように目を光らせておくから、私には相談してね!」
「ありがとうございます、お姉様。とりあえず、今回の旅にはわたくしもついてまいりますから、よろしくお願いしますね」

「えっ、お父さんはなんて?」
「敵国におもむくのですもの、アリサお姉様を守れる権限を持つ女が必要ですわ。助けるようにとおおせですの」
「心強いわ、よろしくね!」

 有紗はミシェーラとにっこり笑いあった。そこに、エドガーが口を挟んだ。

「僕のお母様もいるので、安心してくださいね」
「マール側妃様が一緒なのはありがたいけど、気になるのは、あの画家が言っていた『神子復活派』とやらよね。うさんくさすぎるわ」

 エドガーも表情をくもらせる。

「僕もヴォルガンフからそんな話は聞いていなかったので、気にかかりますね」
「そういえば、あの画家ってどうなったの?」

 薄々予想はついているが、有紗は念のために確認する。レグルスが言いづらそうに目をふせたが、きちんと教えてくれた。

「王子の殺人未遂ですから、死罪ですよ。とはいえ、アークライト王国とのつながりについて調べてからになるでしょう」
「ん? あの国の人、救援要請に来たのよね? あいつにしてみれば、裏切られたってことじゃないの? 放っておいてもベラベラしゃべりそうなものだけど」

「これが口を閉ざしているんですよね。エドガーを利用していたことについては自供しましたが、肝心かんじんの誰とつながっていたかについては黙秘しています」

 有紗はガイウスのほうをちらりと見た。以前、彼が神官を拷問して話を聞き出そうかと言っていたのを思い出したのだ。

「お妃様、地下牢に行って話を聞いてまいりましょうか?」
「言うと思った! いらないわよ」
「そうですか?」

 血なまぐさい対話を想像して、有紗は眉を寄せる。

「あの国の動向には気をつけつつ、支援をするしかありませんよ。いったんルーエンス城に帰って、ロドルフと話し合わなくてはいけません」
「そうね。数日のつもりでいたから、荷物が最低限だったわ。収穫祭で燻製を商人に売り込めたのは良かったけど、できれば魚を育てることについても進めたかったのよね」
「これから冬になるので、本格的に動けるのは春からですよ。ガーエン領は寒いので、川も堀も凍りつきますから」

 レグルスがそう言ったので、有紗は「ここでは季節に合わせて進めなくてはいけないのだな」と当たり前のことに気づかされた。日本みたいに機械でどうにかできる環境とは大違いだ。

し肉作りはこれからですし、燻製でレパートリーを増やしましょう」
「そうなの?」
「冬はそれほど家畜を育てられないので、余分なものは肉が多い今のうちに殺して備蓄に回すんですよ。そして冬を越すわけです」
「ああ、そっか。冬になると餌になる草が少ないものね。なるほどねえ」

 それならば、冬の間は作戦会議を進めるのが無難だろうか。
 長い冬のことに思いをはせていると、騎士が伝令にやって来た。

「陛下より報せがございます」
「なんだ」

 レグルスが続きを促すと、騎士は内容を告げる。

「ヴォルガンフ・ノルガーが、獄中で毒殺されました」

 場の空気が凍り付く。
 一件落着したかに思えたが、まだ嵐は終わっていないようだった。
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