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第二部 光と影の王宮
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しおりを挟む画家が捕まり、翌日、改めて報告会が開かれた。いや、正しくは、王の裁定を伝える場だった。
王族と家臣の一部だけが謁見の間に集められ、レジナルド王は数段高い位置にある玉座から、エドガーとマールを見下ろしている。横顔は厳しいが、その目には温かいものが宿っていた。
大臣が事の顛末を話し終えると、エドガーを責める視線がいくぶんか和らいだ。
レジナルドは一つ頷き、槍を持った衛兵の傍でひざまずくエドガー達を見つめ、口を開いた。
「こたびの事件、エドガーと画家の共謀だったようだ。しかし、その理由は母を救わんがためだったという。やりようが悪かったが、自ら毒を飲む危険をおかすほどに追い詰めたのは、我ら王家や家臣にも責任がある」
「陛下! どうかあの二人に重い罰を!」
同席している王妃が口を挟んだ。
予想はしていたが、やはりそう出てきた。レジナルドは左手を上げ、王妃を止める。
「そなたがそう騒ぎ立てるから、マール側妃は心を病んだのだろう。控えるようにと言ったはずだ。元敵国とはいえ、今は同盟を結んでいる国の王女だ。貴族の家でならば、王妃の嫉妬心も許せるが、王の妻ならば外交だと割りきらねばならん。――お前達も、王妃であろうと間違ったことをするなら家臣としてきちんといさめよ」
レジナルドから痛いところを突かれ、王妃は不満そうながら口を閉ざす。家臣らはレジナルドからさっと目をそらした。気まずそうだ。レジナルドはそれを情けないと言いたげに見回した後、エドガーとマールに視線を戻す。
「成人しているとはいえ、十代後半という若さだ。視野も狭いだろう。子が親を思う気持ちを、心ない者に利用されたといえる。――だが、エドガー。我が息子よ。お前がパーティーで毒を盛ったのも事実だ」
「……責任はとるつもりです」
エドガーは震えながら答え、マールがしくしくと泣き出した。息子が死罪になると思い込んだのだろうか。
レジナルドは頷く。
「ああ、そうだ。だが、お前は私に正直に打ち明けた。エドガー、お前はまだ若い。更生の余地があるだろう。ここで皆に謝り、どうしたいか話してみなさい」
そう促すレジナルドは、王ではなく父の顔を見せた。
彼は賢王の名にふさわしい人だと、有紗は改めて思う。
この王宮の人々を見ていればわかるが、王侯貴族はプライドが高い。
エドガーもそうかもしれない。しかし、もしここで王子だからと傲慢な態度をとったら、エドガーは王からの信頼を失くし、悲惨な結末を迎えるはめになるだろう。有紗は彼の一挙一動が気になった。
(でも、きっと大丈夫よ。お母さんの為なら、汚いことでもしようとする覚悟があるんだもの)
昨日のうちに、有紗はレジナルドに訳を話して、エドガーに謝罪する機会をあげるようにと口添えをした。
レジナルドは結論だけ聞いて、怒り出すような人ではない。最後まで話を聞き終えると、冷静な顔で、調査してから判断すると言っていた。
息子の話だけを聞いて、うのみにするわけでもない。冷たいようにも見えるが、有紗は王宮では証拠があることが、身を守るのに必要だともう分かっている。そして裏付けがとれたから、レジナルドはエドガーに同情的になっているのだろう。
エドガーは両ひざをついて、床に両手をつける。王子が土下座の姿勢をとったので、家臣達がざわめいた。
「このたびのこと、大変申し訳ありませんでした。ヴァルト兄上も、罪をかぶせて申し訳ありませんでした」
すると、ヴァルトがチンピラみたいな声を出した。
「ああ、その謝罪は受け入れた。だが、他にも言うことがあんだろうが」
エドガーが恐る恐るそちらを見ると、ヴァルトはユリシラを示す。
「女をあんな地下牢に放り込んでおいて、一言もわびがなしか?」
「申し訳ありませんでした、ホーエント侯爵令嬢」
すぐにエドガーが頭を下げると、ユリシラは困った顔をした。
「もうっ、ヴァルト様ったら、そんなに乱暴に言わなくてもよろしいでしょ。許しますわ、エドガー殿下。わたくし、地下牢でカビと苔を満喫させてもらいましたから、特に怒っておりませんのよ。安眠快適でしたし」
「俺は眠れなかったけどな! っとに、てめえは図太いな!」
「ふふ、そうですか? どういたしまして」
「褒、め、て、ね、え、よ」
のほほんとしているユリシラと、青筋立ててツッコミを入れるヴァルトの様子に、その場になんともいえない空気が流れる。
(ヴァルト王子って、口は悪いけど、面倒見が良いのね……。まさかエドガー王子に、ちゃんと婚約者にも謝れって怒るとは思わなかったわ)
理解してみると、とても分かりやすい男だ。こんな調子で、自分の心に忠実なら、王宮でもめごとを起こしまくるのも納得だ。
ヴァルトとユリシラが満足して身を引いたので、エドガーは周りに向けて宣言する。
「私はこの件の責任を取り、王位継承権を放棄して、臣下にくだるとお約束します」
レジナルドは膝を叩いた。
「よく言った。では、エドガー王子は王位争いから棄権とする。そして、現在の領地をそのまま与え、シエン伯の地位を授ける。元シエン伯の娘と婚約し、今後はエドガー・シエンと名乗るがよい。また、アークライト王国からの支援要請を受け、マールとともに、我が国の特使として支援の指揮を命じる」
レジナルド王の命令に、謁見の間はざわめいた。
「しかし、陛下! マール側妃様は同盟の人質として嫁いでこられたのですよ。みすみす帰されるとは」
家臣の一人が口を挟むと、レジナルドはにやりと笑みを返す。
「我が国は盤石だ。よき王子達が育っている。対して、ルチリア王国はどうだ? 毒の化粧水のせいで穴だらけだ。持ち直すのに時間がかかることを思えば、我が国に戦をけしかけるなど愚かな真似はすまい」
「もし、あちらが挙兵したらどうするのです?」
王妃が気色ばんで問う。すっかり青ざめている。
「助けようとした我が国を噛んだと、畜生にも劣ると周辺諸国に悪評が立つであろうな。アークライト王国が馬鹿だったとして、周りはどうだろうか? むしろここぞとばかりにアークライト王国の背を襲うのでは?」
「つまり、我が国の同盟であるという立場を利用して、あちらは守りを固めねばならないのですね。裏切れば国が滅ぶかもしれない」
「我が国はただ慈悲を見せればいい。寛大な王が治める豊かな国であると知れ渡るだろう。ーー神子様の助言通りにな」
レジナルドがふっと口元に笑みを浮かべる。まるでいたずらが成功したと言わんばかりに、目がキラキラと輝いていた。
おかげで、王妃のきつい視線が有紗のほうに飛んできた。憎々しげだ。まだこの国に来たばかりの頃の有紗だったら、その目にひるんで、どうして嫌われるのかと悩んだだろうが、今はどう思われようが構わない。
王妃が側妃にどんな感情を抱いていようが、有紗にとってはレグルスの足元を固めるほうが大事だ。
「もちろん私もお約束通り、手助けします。レグルスの為ですから」
それ以外に理由なんてないと、しっかり強調する。
アークライト王国にどんな思惑があろうが、有紗はレグルスが王となった時、身動きしやすいように、あちらに貸しを作るだけだ。王位争いの加点にならなくても、手札は増やしたほうがいい。
わざわざ言うのは、隙あらば有紗を利用しようとするだろう、この王宮の人々への牽制を兼ねている。
有紗がレグルスのほうを見上げると、レグルスは困った顔をしている。
「しかたがない方ですね……。あまり心配させないでください」
「できる範囲で、としか言えないわね。言うことを聞かない私は嫌い?」
「まさか。どんな時も魅力的です、アリサ」
レグルスがあまったるいことを言い、からかうつもりだった有紗は赤面する。
「おい、やめろよ。家族の恋愛なんか見たかねえぜ」
苦虫を噛みつぶした顔でヴァルトが口を挟み、有紗とレグルスはあ然となってヴァルトを見る。
「え? 家族?」
「ヴァルト、僕のことを嫌っていたのでは?」
「嫌いだが? 家族だって合う合わないはあんだろ。何を言ってんだ」
訳がわからんと眉をひそめるヴァルトを見るに、リップサービスで言っているわけではなく、本心らしい。
レグルスはさらに指摘する。
「僕がいたら何かとつっかかってくるし、隅をネズミみたいにこそこそ歩くなと暴言を吐いていたじゃないか」
「お前が、幽霊みたいにいない存在扱いされてんのを、よしとしてるからだろ。嫌がられようが、ここにいると主張すべきだろうが。なんで自分の家でまで、そこの連中におべっかを使わなきゃなんねえんだよ」
ヴァルトがふんと鼻を鳴らして、馬鹿にしたように家臣を見ると、家臣らは気まずげに視線をそらす。
その時、ユリシラがヴァルトの左腕に抱き着いた。
「殿下、やっぱり我が家を守ってくださるのは、あなた様しかおりませんわ! その調子で、わたくし達の盾になってくださいませ!」
「はあ? 意味わかんねえことを言うな、ユリシラ。つーか、お前、失礼すぎんだろ。なんだ、盾って。俺は王子だってわかってんのか?」
「ええ、権威を持った盾は素晴らしいですわ」
「……ぜってぇ馬鹿にしてるだろ」
まさか、ヴァルトは王子と王女全員を家族とみなしているとは予想外もいいところだ。
(口と態度は最悪だけど、もしかして人間性は一番なんじゃないの?)
ものすごくわかりにくいだけで、根は良い人みたいだ。
(まあ、馬鹿だけど)
賢ければ、家臣に顔を使い分けるくらいのことはするだろう。王妃の息子だから、こんな態度をとっても許されたといえる。
綱渡りをして生きていたエドガーがヴァルトを嫌っていたのは、この辺りに違いない。
王妃もレグルスを家族とみなす発言が気に入らなかったようだ。ヴァルトを呼びつける。
「ヴァルト、後でわたくしの部屋にいらっしゃい」
「嫌だよ、クソババア」
「~~っ。ヴァルト!」
王妃が金切り声を上げた。
これは母親でなくてもぶち切れると思う。
少しの同情を覚えるが、王妃をやりこめるのは小気味よくてすっきりする。
こっそりルーファスのほうを見ると、半ばあきらめ顔で苦笑していた。
「その辺にしないか、お前達」
レジナルドが頭が痛いと言いたげに口を挟み、ため息をつく。
「よいか、これは追放ではない。マールよ、我が息子とともに、いつでも帰ってくるがよい。……そなたには苦労をかけたな」
ひざまずいたままのマールが目をうるませ、首を振る。
「いいえ、陛下のお心遣いはわかっております。エドガーとわたくし、そして祖国へのご慈悲に感謝いたします。遠く離れようと、お慕いしていますわ」
ほろほろと涙をこぼすマールに、レジナルドは優しげな笑みを返した。
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