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第二部 光と影の王宮
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しおりを挟むそれからレジナルド王に会って、眼鏡について話した。
すぐさま職人が呼ばれて、有紗の説明を受ける。そもそもこの国の技術では、透明度の高いガラスという時点で難しいそうだが、遠くのものを見えやすくする道具だと聞いて、やる気になっていた。
ここから先は職人の分野だ。
調査をする時間もなく、別宮に帰る頃には暗くなっていた。
有紗は自分の部屋に戻ってから、そういえば、こういったガラスを作るのは繊細な技術が必要で、望遠鏡一つがとんでもない値段がした時期があったと思い出した。
望遠鏡は戦でも使われたし、天文学の発展にも貢献した。
眼鏡があれば便利だなと思っただけだったが、もしかしたらとんでもないことをしたかもしれない。
「まあ、そこまで危険な道具ではないし……大丈夫かな。ほうっておこう」
有紗は横に置いておくことに決め、風呂を済ませてベッドにダイブする。
「うーん、分かりやすく手詰まりよね。どうしよう」
寝る前にレグルスにあいさつして、血を飲ませてもらってから、有紗のお休みは終わった。
翌朝、有紗達は別宮の居間に集まり、調べたことを話し合う。
ガイウスが樹皮紙を片手に報告する。
「王宮内の修理で、材料の紛失がなかったか調べましたが、記録上では特に問題ないようです」
「何、そのひっかかる言い方」
有紗は思わず口を挟む。
「ああいった作業中、工夫が横流しをすることがあるんですよ。使う時だって、職人の感覚や目分量ですからねえ、騎士に過ぎない俺には、絵の具のちょうどいい分量なんて、よく分かりません」
「はかりってないの?」
「仕入れる時は使いますが、実際に使う時は使わないそうなんで。王宮の出入りには厳しいチェックがあるので、門番のほうに、職人に怪しい動きがなかったか確認しました」
ガイウスはそれで問題ないと判断したと続ける。
「門では、雇われている者は必ず身体検査をします。余計な物を持っていないか入念に調べているので、外に備品を持ち出した者はいないと断言しています。それから、職人は王宮内に泊まり込んでの作業なので、そうひんぱんに外出しないんだとか」
「つまり、外に出た様子はないが、王宮内で動きがあった場合は、分からないということか」
「そうなりますね、殿下」
厄介な話だ。有紗は挙手して問う。
「亜麻色の髪の女官については?」
これにはロズワルドも苦い顔で首を振る。
「分かりません。近衛騎士団の知人にも当たりましたが、あちらでも謎の人物扱いのようです。王宮を出入りできて、エドガー王子の宮に入り込める身分の者はそう多くないのですが……。亜麻色の髪と銀の指輪を付けていただけでは、疑うこともできません」
そんな女官ならば貴族の出身なので、いらない争いが起きてしまうから、証拠もなしには動けないのだという。
ガイウスが肩をすくめる。
「怪しい者を全員捕まえて、拷問にかけるなんて真似をしたら、内乱が起きますよ」
「うっ、一気に血なまぐさくなったわね。それはやりすぎでしょ」
「場合によっては、王の一声でそうなることもあります」
「怖すぎる!」
想像するだけでおぞましい。ぶるりと震える有紗を見て、レグルスが注意する。
「もう少し表現をやわらかくしてくれ」
「失礼しました」
ガイウスはすぐに謝った。
「ねえねえ、レグルス。エドガー王子があんな目にあったんだから、パーティーでの本当の狙いはマール側妃様だったっていう可能性はないのかしら」
「それもありますが、全て憶測です、アリサ。とにかく証拠がないのが厳しいですね。こうなると、母上が無罪だという証拠探しより、犯人を捕まえたほうが手っ取り早い」
これ以上はどうしようもないという、停滞感がただよう。
そこへ、ミシェーラが顔を出した。
「失礼します。お兄様、アリサお姉様」
「ミシェーラちゃん、いらっしゃい!」
王女の登場に、ガイウスとロズワルドは礼をする。端のほうに移動しようとするのを、ミシェーラは止めた。
「あなた達もそこにいてちょうだい。報告会に遅れて申し訳ありません。女官の噂も拾ってみましたけど、やっぱり謎の女性は謎のままでしたわ」
「噂? よく集められたな」
レグルスが驚きを見せると、ミシェーラはいたずらっぽく微笑む。
「ふふ。ちょっと女官の真似事をして、使用人のエリアを歩き回ってみましたの」
「ええっ、一人で? 危ないじゃないの。私も誘ってよ」
「いや、アリサ。そういう問題ではありません。ミシェーラも、供もつけずにそんなことをしてはいけないよ」
すると、ミシェーラはゆるゆると首を振る。
「侍女も巻き込みましたから、大丈夫ですわよ。だってわたくし、さすがに使用人エリアには詳しくないですから。それでアリサお姉様のことを出汁にしてしまったので、謝りにきたのですわ」
「どういうこと?」
「新しく侍女になった娘の母親が病気のようで。お姉様に口添えすると約束しましたの。勝手な真似をして申し訳ありません」
「それは調査に必要なことだから、構わないわよ。でも、お願いだから、先に相談してね」
ミシェーラのことは妹のように可愛く思っているが、利用されるのはうれしくない。
「ええ、そういたします。ごめんなさい、お姉様」
しゅんっとうつむくミシェーラを見ると、有紗の胸に罪悪感が湧く。
「そんなに落ち込まないで。それで、噂って何があったの?」
「ルーファスお兄様が、アリサお姉様に惚れたみたいだとか。エドガーお兄様の毒殺未遂を防いだのがすごいとか。神子の祝福を受けたい者が、城門に集まっているとか」
「は? 最後のは何?」
「お姉様、お食事のために聖堂に参られるでしょう? それで民も、病や怪我が治る奇跡にあやかりたくて、お願いに来ているんだそうです。気を付けないと、薬師との関係が悪くなってしまいますわよ」
ミシェーラの忠告に、有紗は首をひねる。
「ええと、なんで薬師が出てくるの?」
レグルスのほうを見ると、レグルスは確かにと頷いた。
「病や怪我を治す薬師は、平民から出た場合でも、王宮内で地位を築きやすいので。王侯貴族に気に入られれば、将来が安泰ですからね。アリサが邪気を取り上げるだけで癒すのに比べれば、薬代もかかります。それで治るかも分からない。アリサなら確実なんですから、そりゃあ来ますよね。そして、薬師は肩身が狭くなる」
「えっ、それって問題じゃない? 私だっていつかは寿命で死ぬのよ。薬師の技術力が落ちちゃうわよ」
「それについては、おいおい考えましょう。そもそも、いつまでも王都にいるわけではありませんからね」
レグルスの言う通りだ。今は調査で手いっぱいなので、考えている余裕がない。
「お兄様、対策をお願いしますね。アリサお姉様が困ったことになるのは、わたくしも嫌ですもの」
「ミシェーラちゃん、ありがとう! とりあえずその侍女のお母さんのことは助けるから、今度、会わせてね」
有紗がぎゅっと抱きつくと、ミシェーラは顔を真っ赤にした。
「どういたしまして、ですわ。ええ、よろしくお願いします、お姉様」
それから有紗が離れると、ミシェーラは照れてあたふたしながら、他の話題を口にする。
「そういえば、エドガーお兄様の件で、いろいろと噂していましたわ。お兄様、王宮内のあちこちで絵を描いていらしたみたい。最近、出入りしている画家ともよくお話なさっていたそうよ」
「画家? 修復のために出入りしている工夫のこと?」
「それですわ。高名な画家なのだそうですの」
「へえ、エドガー王子って、意外と行動範囲が広いのね」
それから、使用人の目からは逃げられないようだ。ちょっとばかり同情する有紗だった。
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