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第二部 光と影の王宮
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しおりを挟むレグルスの別宮に帰る途中、外廊下でルーファスとばったり出くわした。かすみ草に似た白い花束を抱えている。
「おや、これはちょうどいいところに。どうぞ、アリサ様。お見舞いです」
「え? マール側妃様にじゃないの?」
てっきりエドガーへのお見舞いだと思って油断していたので、有紗は花束を受け取ってしまった。ルーファスに返そうとするが、彼はさっと身を引いて避ける。
「本気でおっしゃっているんですか? 私がマール様やエドガーに見舞いを持っていっても、警戒されるだけですよ」
「ちょっと、いらないってば」
「不要でしたら、捨ててくださって結構ですよ」
「そんなもったいないことはできないって、分かってて言ってるでしょ!」
花に罪はない。有紗にはとても捨てられないので、ルーファスをにらむ。レグルスは有紗を引き寄せ、花を取り上げる。
「アリサ、外の花瓶に飾りましょう」
「レグルス、なかなか言うようになったね」
少し面白くなさそうに、ルーファスは言う。
「陛下から、神子様がお疲れだと聞いたのでね。ご機嫌伺いにきたのだよ。エドガーの様子はどうだった?」
ルーファスはレグルスに話しかけた。一応、弟のことを気にかけているのかと、有紗には意外に感じられ、自身の胸を叩いてみせる。
「私が治したから、今日は調子が良さそうだったわ。マール様もね」
「毒での瀕死からも回復するのですか、神子様は素晴らしいですね。側妃様の気鬱も、薬師には安静にするしかないとさじを投げられたのに」
「マール様のことは、気休めでしかないわ。心の病はそう簡単には治らないと思うの」
「一時の平穏でも、ありがたいことですよ」
本心かは知らないが、ルーファスのなぐさめに、有紗はぎこちなく笑い返す。
「そうだといいわね」
「アリサ、あまり気に病まないでくださいね」
レグルスも優しく言い、憂鬱そうに眉を寄せる。
「兄上、エドガーに毒を盛ったのは女官のようです。町での調査中に話題に出た者と特徴が似ていました」
「亜麻色の髪をした女性かい? そんな人間、どこにでもいるさ」
「しかし、別宮にはいないようです。そう簡単に王宮を出入りできるものでしょうか? 兄上、何かご存知では?」
「ああ、なるほど。私を疑っているんだね?」
ルーファスは愉快そうに、目を輝かせる。
「あんなご様子の側妃様と末弟が、私にとって障害になると思うかい? あの二人を排除する利益と、父上の不興を買う不利益と、どっちが重いか、少し考えれば分かるだろう」
遠回しに、レグルスの浅慮を馬鹿にして、ルーファスはふっと笑う。
「もうっ、嫌味を言わないでよ!」
有紗が口を出すと、ルーファスは肩をすくめる。
「分かってないですね、神子様。私がなんでも持っているとでも? 本当に欲しいものは、ほとんどこの弟が持っているのに。ちょっと嫌味を言うくらい、いいじゃありませんか」
飄々としているルーファスの表情に、わずかに陰がさす。有紗はドキッとした。図太くて明るいルーファスも、王宮の人間だ。彼もまた、光だけでなく闇も抱えているらしい。
彼を誤解していたかもしれないと、有紗は少し申し訳なくなった。
「どうしたの? 何かあった? ヴァルト王子やユリシラさんに、何かあったとか」
「あの二人は、腹が立つくらいマイペースに、牢ライフを過ごしていますよ」
「あはは。ええと、あのね、レグルスがあなたを疑ってるのは、ヴァルト王子への近衛騎士の調査が雑だったからなの。心当たりは?」
「そんなの、ヴァルトの日頃の行いが悪すぎるからに決まっているでしょう。私は関係ありませんよ。弟は短気なので、馬鹿にされるとすぐに喧嘩するんです。これ幸いと牢に押し込んで、楽をしたいと思う騎士がいるのも当然ですよ」
ヴァルトの話題になったせいか、ルーファスはあきらかに機嫌が悪くなった。
「愚弟のことは放っておいて構いません。ああ、頭痛がしてきました。母上にも呼びつけられて、愚痴を聞かされたところです。私はそんなに暇ではないんですけどねえ」
「うっ、ごめんなさい」
「申し訳ありませんでした、兄上」
有紗とレグルスは、バツが悪くなって謝った。ルーファスは態度を改め、にこっと笑う。
「ですから、アリサ様。私とお茶をしましょう」
「いや、なんでそうなるのよ」
「それとこれとは別問題です、兄上」
有紗達がツッコミを入れるも、ルーファスは意に解さない。
「散歩でも構いませんよ」
「悪いけど、今日はゆっくり過ごしたいから遠慮しておくわ」
ルーファスよりも、ジールのほうと連絡をとりたい。あちらの情報はどうなっているんだろう。
「そうですか、残念です」
思ったよりもあっさりと、ルーファスは引き下がった。ルーファスが帰る背を見送り、有紗はレグルスのほうを見る。
「もしかして、ルーファス王子は結構疲れてるのかしら」
「あんなに機嫌をあらわにする兄上は珍しいので、そうかもしれませんね」
「お母さんと弟があの調子じゃねえ」
「兄上に、あんなふうに思われているなんて思いもしませんでしたよ。不思議な気持ちです」
人って見かけによらないものだ。
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