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第二部 光と影の王宮
十章 毒を追いかけて 1
しおりを挟む翌日は、朝からよく晴れていた。
城下町に調査に行くには、とても具合が良い。
有紗は緑色のドレスを、レグルスは灰色の上着と黒いズボンという地味な装いをして、商人の若夫婦っぽい服装をした。護衛のガイウスとロズワルド、侍女としてモーナを連れているが、王都見物に来た夫婦の付き添い程度にしか見えないだろう。民を怖がらせるといけないので、有紗は髪をしっかりと覆い隠している。
「せっかく綺麗なのに、隠すなんてもったいない」
お忍びのつもりだったのに、きらびやかな格好のルーファスのせいで、いろいろと台無しだ。有紗とレグルスは、ルーファスに冷たい視線を向ける。
「いや、なんで一緒に来るのよ」
「そうですよ、兄上」
ルーファスはひょうひょうとかわす。
「たまたま、調査先が一緒だっただけですよ、アリサ様」
その答えに、レグルスは納得していない。
「配下にしか行先を教えていないのに、どうして知ってるんですか」
「王宮内で、私に隠し事なんかできないよ、レグルス」
ルーファスはにこりと笑ったが、有紗とレグルスの肝は冷えた。
(こわっ)
どうやらこちらの行動は、ルーファスには筒抜けのようだ。
彼のことはさっぱり分からないのに、彼はこちらを把握しているなんて、不公平ではないだろうか。有紗はもやもやとしてしかたがない。澄まし顔にヒビを入れたくなって、ずばり問いかける。
「ルーファス王子には、もしかして犯人の目星がついているの?」
少しの動揺を見せることを期待してじっくりと観察する有紗に、ルーファスは思案げな視線を返す。
「まあ……あなたが疑っている人は違うだろうと思っていますけどね。まだ確証はありません。そもそも、証拠がなければ罪に問えない」
「それって王妃様の自作自演のこと? 怪しすぎるわ」
「母上と弟のことですよ。母上が怪しいのはしかたありませんね。ヴァネッサ様を嫌っていますから。しかし、母上はあれで気が小さいので、命までは狙いません。せいぜい、病気と疑わせて王宮から追い払うくらいです」
「どこが気が小さいのよ。陰湿じゃないの」
有紗のツッコミにも、ルーファスはにっこりするだけだ。
腹黒という単語が、有紗の頭に浮かんだ。
「ヴァルトが母上をおとしいれる? それもないですね。弟は口と態度は悪いが、根は悪くないので。まあ、賢くはないですが」
有紗がヴァルトを不審に思っていることも知っているみたいだ。
「失礼じゃない?」
「正当な分析です」
有紗はレグルスのほうを見た。
彼も同意しかねるのか、複雑そうな顔をしている。
「兄上が二人をかばっている……という見方もできますが」
「そうとも言えるね」
まったくはっきりしない。なんともくえない男である。
「ところでアリサ様、弟といえば、エドガーの絵を見ました?」
「エドガー王子? あのきれいな新緑の絵のこと?」
「そうです。何か気づきました?」
「絵が上手だと思ったくらいよ」
「もしかして、黒いもやは見えなかったんですか?」
「邪気のこと? 見えなかったわよ」
「ふうん。……思い過ごしかな」
要領をえないつぶやきだ。有紗が不審に思うのだから、レグルスだって同じだ。
「エドガーがどうしたんですか?」
「彼、鉱脈探しをしているそうだよ。国の利益になるから、王位争いの点数稼ぎにはいいかもね。でも、鉱山は王のものになるだろう? 勝負に負けたら取り上げられるだけで、ただ働きになってしまう」
「その噂なら知っていますよ。結局、見つかっていないんでしょう? 金をかけているせいで、利益どころか赤字になりそうだとか」
「うん、それでどう思う? 弟は、何をしたいんだろうね」
たしかに、国益はあってもエドガーに有利でないのなら、あまり意味がない目的に思える。
次の国王はルーファスではないかと思われているのだ。いくら公平な勝負といっても、敵国の血を引くエドガーを次の王にしたいと思う臣下は少ないだろう。そうなると、自分の利益を確保に動くのが賢いというものだ。
(それと、なんで絵のことを聞いたの?)
ルーファスの考えていることが、有紗にはよく分からない。
「鍛冶屋に着きましたよ」
そこでルーファスは話を変えた。とりあえず、疑問は横に置いておくことにして、有紗とレグルスもルーファスに続く。
広々とした一画は、塀で囲まれている。中からカンカンと金属を叩く音が響いていた。有紗は通りを見回してみたが、他に似たような店は見えない。
「鍛冶屋さんって他にもあるの?」
「いえ、王都ではこのエリアだけですよ。火を扱う関係で。ここは王宮が運営しています。つまり、この近辺で王宮内に品物を仕入れるなら、この鍛冶屋しかありません」
レグルスが鍛冶屋に行こうと言い出したのは、そのせいらしい。
「最近、ヒ素を誰に売ったか、ですかい?」
鍛冶屋の親方は、弟子に帳面を持ってこさせた。
「王宮には売ってないですよ。鼠対策として農家が買ったのと、貿易商にいくらか。銅の精錬をしてたら余るってのに、よそに持っていって買ってくれるものですかねえ?」
「よそというのは?」
レグルスの問いに、親方は首を傾げながら答える。
「アークライト国だそうです」
「はい、アウトー!」
思わず有紗が叫んだので、親方がぎょっとした。
「あうと?」
「駄目って意味よ。もーっ、なんてことしてくれてんの、その商人!」
親方は困惑顔だったが、帳面をさらにめくる。
「それから、絵の具屋に売りましたね」
「絵の具?」
「石黄っていう鉱物がありまして。銅を精錬していると出てくるヒ素とは違うんですが、こっちもヒ素ですね。淡い黄色の塗料になるんです」
レグルスが有紗の傍でささやく。
「それから、毒薬の材料にも」
「レグルス、詳しいわね」
「毒の危険については、王宮で一通り教わっていますよ」
「怖い。怖すぎるわ、王宮……」
ぶるりと震える有紗に、ルーファスが声をかける。
「ああ、あれですよ、アリサ様」
木箱の中に、黄色いような琥珀色のような鉱物が入っている。
「へえ、これがそうなの? 無造作に置きすぎじゃない?」
「注文された分ですよ。あとは引き渡すだけなんで。それ以外は倉庫に置いています」
もうすぐ問題の貿易商が来るというので、有紗達は待たせてもらうことにした。
弟子が休憩室へ通し、ハーブティーを出してくれた。
あいにくと有紗は飲めないので、レグルスのほうへカップをすべらせる。それから顔を上げると、ルーファスがじっとこちらを見ていた。
「そういえばアリサ様、石黄には黒いもやは見えなかったのですか?」
「え?」
言われてみると、見えなかったことに気付いた。
「グラスに含まれた毒には気付いたのに、鉱物だと気付かない。この差ってなんなんでしょうね」
有紗が気付きもしなかったことを指摘して、ルーファスはハーブティーを口に運ぶ。
なんて観察眼が鋭い人だろうか。
「さ、さあ、分からないわ……」
この王子、怖すぎる。
背筋が冷える思いをしながら、有紗はレグルスのほうを見る。彼の横顔もこわばって見えた。
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