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第二部 光と影の王宮

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「化粧水……ですか? いえ、わたくしは持っておりませんよ」

 突然の訪問に目を丸くし、ミシェーラは首をふるふると振った。
 事情を話すと、ミシェーラは苦笑を浮かべる。

「わたくし、まだしわを気にする年齢ではありませんから」
「確かに、そうね! ごめんなさい!」
「大変失礼しました」

 有紗とともに、ロズワルドが廊下のほうから、恐縮しきって頭を下げる。

「何事もなく済んでよかったかと思いますが、お妃様はもう少し深く考えたほうがいいですよ」
「もうっ、また嫌味を言う! 良い化粧水ならもらってもおかしくないでしょ!」 

 言い合いをする二人に、ミシェーラはまあまあと呼びかける。

「わたくしもお母様も、ハーブ・ウォーターを化粧水にしていますから、大丈夫ですよ。それに、個人的なもらいものには気を遣っています。実は、お母様がこちらに嫁いだ後に……」

 王宮で勤める女官は、貴族の娘が多い。
 レジナルド王が気立てのよい女官を褒めたら、後日、その女官が顔に炎症を起こして、病気と思われて王宮から追い払われた事件があったのだそうだ。

「恐らく、側妃が増えるのではと恐れた王妃様のしわざかと思います。それを見たお母様は、いただきものには神経をとがらせているのですわ。こんな王宮でもっとも怖いのは、病気と思われて隔離されることですもの」
「こわー! 陰湿すぎるわよ、怖すぎる!」

 ぶるっと震え、有紗は悲鳴を上げる。ロズワルドの顔色も悪い。
 それから、ミシェーラとともにヴァネッサの部屋を訪ねた。ヴァネッサは持っていないと言うので、安心した。

「ああ、良かった。健康はもちろんだけど、持っていたら状況が悪くなってたわ」
「ええ、毒殺に使えることになりますからね」

 レグルスも胸を押さえて、溜息をついている。

「王宮で信じられるのは、陛下と自分よ。体に使うものは、自分で育てているの。ほら、見て」

 ヴァネッサに手招かれ、バルコニーに出る。花に混じって、ハーブの鉢があった。

「肌荒れする時は、セージがいいわよ。ハーブティーを淹れる時みたいに、お湯に入れておいて、冷めた水を使うだけ」
「ああ、たしかセージって、殺菌力が強いんですっけ。なるほどね」

 化粧水向きだと、有紗は頷く。ヴァネッサは少し驚きを見せた。

「ハーブに詳しいの? これは庶民の知恵なのだけど」
「私の母は、熱しやすくて冷めやすいタイプで。ハーブにこっていた時期があったんですよね」

 おやつ時になるとハーブティーを淹れ、ペラペラと効能についてしゃべりだすから、なんとなく覚えているだけだ。
 植物を育てるのは下手なので、最終的に、スパイスコーナーにある乾燥ハーブ入りの小瓶に落ち着き、それもいつの間にか家からなくなっていた。

「燻製にこっていた母君ですか」

 レグルスが興味を示し、有紗の顔をじっと見つめる。

「そうそう。お母さんは良く言えば趣味人、悪く言えば飽きっぽいのよねー。でもまさか、そのおかげで、ここで暮らしやすくなるなんて思わなかったけど。なんでも使いようね」
「楽しそうなお母様ね。ハーブティーをふるまいたいところだけど、アリサは飲めないから、入浴用にストックしている分をおすそわけするわね。自慢の一品なのよ、使ってみて」

 ヴァネッサは麻袋に入れた乾燥ハーブを混ぜた入浴剤を持ってきて、有紗に渡す。
 近衛騎士に中身を改められたものの、無事に持ち帰ることができた。

「見てみて、レグルス。花びらも入ってる。きっといい香りだわ」
「そういえば、幼い頃は、夏場に汗をかいて肌荒れすると、母上に薬湯やくとうで洗われたものですよ。ちゃんと意味があったのですね」
「民間療法ってやつね。やぶ医者に当たるよりも、いいかもね」

 中世くらいの時期では、たいした医者はいない。医者といえば、詐欺師の代名詞みたいなものだった。

「そうだわ、レグルス。とりあえず化粧水のこと、陛下にお話しましょうよ。部屋に持っている人がいたら、容疑者候補になるわ」
「ええ、父上に相談しましょう」

 ミシェーラを部屋まで送り届けてから、今度はレジナルド王に面会を求め、王の執務室のほうへ向かった。
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