邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第二部 光と影の王宮

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 近衛騎士団の兵舎を訪ねると、団長が迷惑だと顔に書いて現れた。

「陛下のご意向いこうで、おのおので調査すると決まりました。こちらを頼らないでいただきたい」

 ルーエンス城に来たばかりの頃のロズワルドを思わせる態度だ。有紗が言い返す前に、レグルスがなだめるように言った。

「使われていた毒について知りたいだけだ。それとも、毒のことをこちらに教えたら、君達には都合が悪いのか?」

 言葉はやわらかいのに、内容は「後で改ざんする予定でも?」という疑いだ。団長の口元がひくりと引きつった。
 肯定すれば身が危うくなり、否定すれば教えても問題ないことになる。

(レグルス、なんて巧妙な質問なの……!)

 普段はひかえめで後ろでひっそりしているタイプだが、レグルスは頭が良い。いや、違う。思慮深いからこそ、不用意に言葉にしないのだろう。そうしなければ、この王宮ではすぐに揚げ足をとられるのだ。
 団長は柳眉をひそめ、負け惜しみを返す。

「殿下はずいぶんと悪知恵が働くようになりましたね」
「そうかな。あいにくと、古狸にはかなわない」
「ふっ。神子様を後ろ盾に得られてから、ずいぶん強気のようだ」
「そうしなければ、アリサを守れない。必要なら、私はなんでもするつもりだ」

 一歩も引かないレグルスを、団長はどこか面白そうに眺める。

「あなたががんばったところで、泥の沼でもがくようなもの。第一王子殿下にかなう方がいるでしょうか」
「やってみなければ分からない。泥の底で、砂金を見つけるかもしれないからな」

 レグルスは有紗のほうを見た。
 砂金という例えが、有紗を示しているのはなんとなく分かった。

「レグルス、照れるからやめてってば」
「失礼しました。アリサは砂金などよりずっと大切です」
「もーっ」

 のろけに参ったのは有紗だけではない。団長は、食事をしていて砂でもかんでしまったかのような、苦い顔をした。

「仲がよろしくて結構ですね。おい、そこの、調査をした薬師のもとへ案内してさしあげろ」

 これ以上は時間の無駄だといわんばかりの態度で、団長は部下に言い付けて、有紗とレグルスの横を通り抜けていった。

「団長が根負けするほどとは……これが噂の天然あまあま夫婦……」

 部下の騎士は恐ろしそうにつぶやき、有紗と目が合うと、すぐさまきびすを返す。

「こちらです、神子様、殿下」
「あ……うん。ええと、何? 噂の……天然?」
「アリサ、細かいことは置いておいて、参りましょう」

 レグルスに誘導され、あいまいなままになったが、どうも引っ掛かる。首を傾げながらついていくと、建物を通り抜け、薬草園に出た。兵舎の裏に、薬師の詰所があるらしい。二階建ての屋敷にはアーチ型の大きな窓があり、緑のマントをつけた男達が行き来するのが見えた。
 案内の騎士が誰かを呼び止め、手を振った。
 しばらくして、ひげの先が焦げている老人がせかせかとやって来た。

「お初にお目にかかります、私はギリル・ホーエント。この薬師棟の責任者です」
「ギリル、以前は妹の世話をありがとうございました」

 レグルスが礼を示した。どうやら、不治の病にかかったミシェーラの治療を担当していたのは、この老人のようだ。

「お礼を言われることでは。結局、我々ではなんの手助けにもなりませんでした。神子様に治癒していただけたようで、何よりでございます。それで、パーティーで使われた毒についてお知りになりたいとか?」
「何か分かりました?」

 前のめりで問う有紗に、ギリルは首を横に振る。

「あいにくと、ワインのにおいが強すぎて分かりませんでしたよ。神子様の予想通りならば、グラスの内側に塗られていたとみるべきでしょうなあ。無味無臭となると、ヒあたりが濃厚ですが……グラスが銀器ではなくガラス製でしたので、分からなかったようです」
「ヒ素!? うわ、怖い! 悪意たっぷりじゃないの!」

 有紗はたじろいだ。
 銀器は変色しやすいため、毒が入っていると黒ずむといわれている。実際は毒の種類によるのだが、暗殺防止のために、王侯貴族は銀製の食器を使うことが多い。
 有紗の反応を見て、レグルスはそちらに驚いたようだ。

「アリサは毒にも詳しいのですか?」
「元の世界で、劇や物語で聞いたことがあるの。だから、薬にまで詳しくないわよ」

 ドラマや映画と言っても伝わらないだろうから、有紗はそう説明した。

「その毒は手に入れづらいの?」
「いえ、手に入れやすいですよ。ねずみとりに使うこともありますから」
「ねずみとりに? 危なくないの!? 他の動物や子どもが食べちゃったら、どうすんの!?」
「そう言われましても、塗料で使っているところもありますし……」

 レグルスは困り顔をした。

「そうよね、私のいた現代と一緒にしちゃいけないのよね……」

 歴史を見ていると、今では毒として遠ざけられているものを、昔は化粧品や絵の具の材料に使うことはよくあった。この世界は中世くらいの様子だから、何が含まれていてもおかしくない。
 ギリルはあっさりと言った。

「毒薬としてはポピュラーですよ」
「いや、そんな、流行みたいに言われても……」

 面食らう有紗のことは気にせず、ギリルは教師のように語り出す。

「ほんの微量をとらせて、ヒ素中毒にして、数日後に亡くなるということもありますからなあ。しかし、治療で使うこともありますので、毒も使いようです」
「治療で?」
「ええ。滅多と使いませんがね。さじ加減が非常に難しいので、できる限り他の方法を試しますよ」

 ギリルはひげをなでた。

「気になってたんだけど、ギリルさん。そのひげはどうしたの?」
「これですか? 薬をせんじるのに、火に近付きすぎてがしてしまって……。弟子に『先生、焦げてる!』と言われてあせりましたよ。ははは」
「笑いごとでいいの、これ?」

 有紗がレグルスをうかがうと、レグルスはあいまいに微笑み、話題を変えた。

「ギリル師、王宮内でヒ素の保管場所は?」
「薬の保管庫でしたら、許可がなければ入れませんよ。事件の後にすぐに確認しましたが、特に減っている様子はありませんでした。他の場所ですと、王宮ではねずみとりは使わず倉庫で猫を飼っていますから……あとは貴婦人の化粧水か絵の具ですかねえ」

 ギリルの返事を聞いて、有紗は耳を疑った。

「は? なんで化粧水?」
「しわとりに良いとかで、最近、隣国から入ってきたんですよ。使わないようにと通達したんですがね、どうもまだ一部ではやっているみたいで。困ったものですなあ、美への執着というのは」
「その隣国って?」
「アークライト王国ですよ」

 ギリルはやれやれ困ったものだと、ぶつぶつ文句を言っている。

「ええと、レグルス。アークライト王国ってたしか……」
「元敵国ですね」
「……まさかと思うけど、内部からこの国をつぶそうっていう陰謀系?」

 化粧水としてはやらせて、貴婦人が中毒でばたばたと死んでいったら、それも成り立つ。真顔になったレグルスは、目を閉じて溜息をつく。

「そうでないことを祈りましょう。ギリル師、陛下には伝えますが、このことはひとまず秘密に。扱い方を間違えると戦争になります」

 レグルスの注意に、ギリルは初めて気付いたという間抜け面をした。さっと青ざめる。

「まさか、そんな方法が?」
「いちゃもんをつけられる余地があって、戦争をしたい者がどこかにいるなら、いずれそうなる可能性も。一つずつ調べていくしかありませんよ。ただの流行かもしれない。ただ、問題になったのが王侯貴族の集まったパーティーの席ですからね……」

 頭痛の種が一つ増えて、有紗もこめかみを指で押さえる。

「どんどんとんでもない方向に行くわね。あっ、化粧水なら、ヴァネッサさんやミシェーラちゃんは大丈夫なの!? レグルス、すぐに行きましょ!」
「はい! ギリル師、失礼します」

 血相を変えて薬師棟から出てきた有紗とレグルスの様子に、ロズワルド達はぎょっとした。

「どうしました、殿下」
「ロズワルド、アリサとミシェーラの部屋へ行ってくれ。アリサ、僕は母上の部屋に行ってきます。手分けしましょう」
「了解!」

 一刻を争う事態になったので、二手に分かれて王宮の廊下を走りぬけた。


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 ※気になったらご自分で調べてください。以下、ネット調べ程度の知識です。

 ヒ素ですが、中世では手に入れやすさから、よく使われていた毒らしいです。(怖い…)
 中世ぐらいですと、取り出したヒ素に硫黄の成分が残っていたため、硫黄のほうに反応して、銀器が黒くなったようです。
 しかし現代では硫黄の成分が残らないほど技術が進歩しているので、銀器には反応しないようですよ。

 それから、危ないので、後世になるとネズミトリには使われていないそうです。
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