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第二部 光と影の王宮

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 ヴァネッサの部屋を出る頃には、真夜中に近い時間になっていた。
 こんな時間に調査を始めてもしかたがないので、ミシェーラを部屋まで送ってから、別宮に戻ることにした。

 篝火に照らされる廊下を、ランプの明かりを頼りにゆっくりと歩いていく。
 王宮はルーエンス城よりも広いが、閉鎖的な空気があって、なんとなく息苦しい。自然と足音を立てないようにしてしまう。

「すっかり遅くなっちゃったわ」

 アーチをえがく大きな窓の向こうには、月が三つ浮かんでいる。

「アリサ、母上を気遣ってくださってありがとうございます」
「いいのよ。だってヴァネッサさんは私にとって、この世界でのお母さんだもん」

 有紗の実母よりも若いから、どちらかというとお姉さんか親戚のおばさんのようにも思えるのだが、ヴァネッサの温かさは母親そのものだ。

「……ありがとうございます」

 レグルスは目元を押さえて、天井をあおぐ。面白がって、有紗はレグルスの横顔を覗き込む。

「もしかして、感動したの?」
「故郷を失ったアリサのなぐさめになれれば、本当にうれしいです。母上に言ったら、泣いてしまうでしょうね」
「おおげさねえ」

 有紗は笑いながら、レグルスに寄り添った。照れくさいだけで、本当のところ、そんなふうに言ってくれる人が傍にいてくれてうれしい。だが、今の状況は危険だ。ほとんど綱渡りに近い。穏やかな未来のために、ヴァネッサの無実を証明しなくてはいけない。

「ねえ、調べるって言ったはいいけど、何をどうすればいいのかな」
「毒については、すでに近衛が調査済みです。デキャンタが残っていればよかったのですが……過ぎたことを悔やんでもしかたありませんしね」

「ごめんなさい。私が急に声をかけて、ヴァネッサさんを驚かしたから……」
「アリサを責めていませんよ。今、できることは、人の出入りを調べることと、毒の出所ですね」

「そっか、そんなものを手に入れる方法は、限られているよね。そういえば、なんの毒だったのかな。グラスに入っていたんでしょ、あれだけで何か分かるもの?」

 有紗は護衛を振り返る。ガイウスとロズワルドが、後ろからひっそりとついてきていた。

「毒の種類によります。においだけで分かるものもあれば、無味無臭むみむしゅうもありますので」

 ロズワルドが答え、ガイウスが付け足す。

「ああいったものは、近衛のほうが詳しいですよ。何も言わなかったということは、なんの毒か、分からなかったんでしょうね」
「お妃様がいなかったら、誰も気付かなかった可能性が高いですね」

 ということは、無味無臭で特徴のない毒ということになる。
 こんな中世のような生活レベルで、高度な毒がほいほい手に入るものだろうか。

「そんな毒を、使用人が手に入れられるものなの?」
「うーん、なんとも言えませんね」

 レグルスは言葉に迷う。

「使用人といっても、王宮で王族に仕えているのは、貴族の子弟がほとんどです。身分次第では可能……としか答えられません。下働きは無理ですが、貴族に頼まれたのならありえないことではない」

「利用されて、使い捨てのこまにされてるかもってこと?」
「今の時点では、何も分かりませんが、そうでもなければ、庶民には手に届かない毒でしょうね」
「なるほどねえ」

 有紗は良いことを思いついた。

「それじゃあ、人の出入りについてはガイウスさんに任せて、私とレグルスは毒について探りましょ!」
「お妃様、危険です。そちらを騎士に任せるべきでは?」

 ロズワルドが口を挟んだが、有紗にだって考えはある。

「だって、私には邪気が見えるのよ。怪しいものならすぐに分かるから警戒できるし、隠そうとしても無駄よ」
「確かに、そういうことでしたら、お妃様が調べたほうが向いていますね。お妃様が行動するなら、殿下も付き添うでしょうし……」

 ロズワルドも納得したようだ。ガイウスは止めないが、条件を付けた。

「殿下、お妃様、必ず騎士を二人、同行させてください。御身おんみに何かあっては困りますから」
「分かった」

 レグルスは安心するようにと言いたげに、薄く微笑む。

「調査は明日からね。腕がなるわー!」
「アリサ、くれぐれも無茶はしないでくださいよ」

 不安でたまらないとばかりに、レグルスが釘を刺した。
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