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第二部 光と影の王宮

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 ヴァネッサの部屋は、王宮の西にある塔の上にある。
 有紗がレグルスやミシェーラとともに訪ねると、ヴァネッサは落ち着きなく部屋を歩き回っているところだった。彼女は訪問者が誰か知るや駆け寄ってきた。有紗を抱きしめる。

「アリサ、パーティーでかばってくれてありがとう。私、もう駄目かと思ったわ」
「大丈夫ですか、ヴァネッサさん。王妃様って本当におっかないわね。あんなにすぐに処刑って騒ぐなんて、信じられないわ!」

 ヴァネッサを抱きしめ返し、有紗は憤然とぼやく。レグルスとミシェーラも、母親と順にハグをかわした。
 レグルスは憂鬱そうに首を振る。

「本当に危なかった。もしアリサの機転がなければ、処刑されてもおかしくなかった状況です。あ、母上」

 ヴァネッサは顔に疲れを浮かべ、その場に座り込みそうになった。レグルスがヴァネッサを支える。

「ごめんなさい、あなた達の顔を見たら、気が抜けたみたい。ここにいると、どうにかなりそうよ」

 レグルスに誘導され、ヴァネッサは木彫りがされた椅子に座り、クッションにもたれた。
 騎士の監視がある状況は、軟禁と変わらない。いつ迎えがやって来て、ヴァネッサを死地へ連れて行くか分からないのだから、ヴァネッサが落ち着かないのも無理はない。

「王妃様は、昔からそうなの。何かと私を目の敵にしているのよ。気を付けていたのに、まさかパーティーでこんな罠にはまるなんて」
「あの方はプライドが高いですからね。父上の寵愛が深い母上のことを許せないのでしょう。王妃なのだから、もう少し後宮のことは割り切って欲しいものですが」

 レグルスの政治的なつぶやきを、ミシェーラが否定する。

「お兄様、情はどうしようもありませんわ。王妃様、お父様のことを愛していらっしゃるから、嫉妬しっとしてしまうのです。同じ女としては、あの方の陰鬱いんうつなお気持ちも分かりますの」

 母親を心配している一方で、王妃に同情しているようだ。

「ミシェーラちゃん、なんて優しいの。本当に良い子ね」

 有紗が思わずミシェーラの頭をなでると、ミシェーラは頬を赤らめた。

「それにしても、王妃様のあの怖がりよう。今回は王妃様のしわざって感じじゃないわよね。真相をはっきりさせなきゃ!」
「ええ、確かに……。本気でおびえていらしたわ。処刑だと言い出したのも、怖さのあまり、ヒステリーを起こしてしまったように見えました」

 冷静なミシェーラの指摘に、ヴァネッサは首を傾げる。

「分からないわ。それどころではなかったから」
「私が声をかけたせいで、ヴァネッサさんがデキャンタを壊してしまったのが痛いわね。毒が入っていたのがグラスかデキャンタかでは、だいぶ状況が変わるわ」

 有紗は腕を組んで、ううんとうなる。ヴァネッサは不思議そうに問う。

「どういうこと? 何が違うのかしら」
「デキャンタだと、王か王妃に危害をくわえたい人が、ヴァネッサさんか侍従に罪を着せようとしたって考えられるわ。でも、グラスだと、王家の女性なら誰が死んでも良かったってことでしょ。狙いがあいまいになっちゃう」

「そうね……。第一王子の言う通り、犯人は騒ぎを起こしたかったのかしら」
「どちらか分からないけど、調べてみるわ。もしグラスなら、私が動けば、あっちも動くはずよ」

 この閉鎖的でよどんだ王宮で、有紗という存在そのものが暴風のようなものだ。風通しを良くして、これまで積み上げたものを吹っ飛ばす。
 何者か知らないが、誓約の儀を邪魔したいのなら、答えは簡単だ。闇の神子である有紗を、都合良く利用したいのだろう。誓約をかわせば、有紗とレグルスに対して、不可侵になってしまうのだから。

「せっかくアリサが手に入れてくれたチャンスです、無駄にしないようにしたいですが……いろいろと心配ですね」

「そうですわね、お兄様。王宮も一枚岩ではございませんもの。近衛に敵がまぎれていないとも限りません。ジールお兄様は問題ないとして、ルーファスお兄様ったら、何をたくらんでらっしゃるのかしら」

 ルーファスと有紗達のやりとりを知らないミシェーラにとって、ルーファスの動きはうさんくさく見えているようだ。レグルスはこめかみを指でもみ始めた。

「頭が痛い……。ミシェーラ、兄上はアリサに一目ぼれしたんだ」
「「え……?」」

 ミシェーラだけでなく、ヴァネッサも固まった。それから、ミシェーラは胸を手で押さえ、目をキラキラさせた。

「なぜかしら。いけないことだと分かっているのに、胸がときめきますわ。お姉様をめぐって、二人の王子が対立! 三角関係っていうものではないかしら。でもでも、わたくしは断然、お兄様をしますわ」

「当たり前じゃないの、ミシェーラ。レグルス、ちゃんとアリサを捕まえておくのですよ!」

 ミシェーラとヴァネッサに発破をかけられ、レグルスは大きく頷く。

「もちろんです」
「私が浮気する前提で話すの、やめてくれる? 失礼しちゃうわ。私が好きなのはレグルスよ!」

 有紗がムカついて言うと、ヴァネッサはため息をつく。

「もう、あなた達、早く結婚しなさ……あら? そういえば、していたわね?」
「だからややこしいことになってるんじゃないですか! レグルスってば、正式な結婚式まで、キスもしてくれないって言うのよっ」

「ええっ、それは駄目よ、レグルス。なんて乙女心を分かってないの! そこに座りなさい。私が恋愛について語ってあげる」

 はりきるヴァネッサを前に、レグルスは赤くなった顔を両手で覆う。

「やめてください、アリサ。母にそんなことを発表するのは……っ」

 親に恋愛がつつぬけなのは、有紗だって逃げたくなる。やりすぎたとは思ったが、反省はしていない。

「お兄様……おかわいそうですけど、残念ですわ。わたくし、お姉様の味方でしてよ」
「アリサ、寝込みをおそうのはどうかしら?」
「母上っ、妙なことを吹き込むのはやめてくださいっ」

 結局、ヴァネッサの暴論にレグルスがぶち切れ、この場はお開きとなった。
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