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第一部 邪神の神子と不遇な王子

 9 【第一部、完結】

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 そして五日目の午後。
 狼に連れられ、有紗は森を歩いていた。
 昼は森を散策し、邪気をまとう動物の治癒をして、夜は狼と眠るという、以前よりもずっと快適な野宿生活を送っていたが、そろそろ人恋しくなってきた。

「ねえ、どうしたの? また、動物の治療とか?」
「ウゥ」
「何言ってるか分からないのよねー」

 狼の返事を聞いても、有紗は首を傾げるだけだ。それでも話しかけてしまうのは、なんとなくこの狼が人の言葉を理解していると分かるせいだ。
 以前も見かけた小川の傍を通り抜け、外へつながる地点についた。そう分かったのは、レグルスを見つけたせいだ。

「レグルス!」
「アリサ!」

 有紗よりも、レグルスのほうが早く駆けだした。レグルスは有紗をぎゅむっと抱きしめる。

「良かった、これから森に入るところだったんです。会いたかった。怪我はありませんか?」

 レグルスは急に思い出したようで、有紗を離して、心配そうにこちらを観察する。

「大丈夫よ。森にいる間は、そこの狼の世話になってたの」
「狼……」

 レグルスの表情が強張る。
 そういえばレグルスは、狼に噛まれて死にかけていた。トラウマの存在だろう。狼はじっとレグルスを見つめ、「オン!」と吠えると、くるりと身をひるがえして森の奥へと駆け去った。

「なんでかしら、『そいつを頼んだぞ』って言ってる感じがしたわね」
「奇遇ですね、僕もそう聞こえました」

 闇の神は、神官の所業に迷い、王子に機会を与えたと言っていた。もしかしてあの狼は、闇の神の眷属けんぞくか何かなのだろうか。

「この森に住んでいる神様は、闇の神だったわ。私が邪気を持っていたから、会うことができたの。もう、そんな顔をしないで。聞いてみたけど、帰れないし、肉体の変化も元に戻せないんですって。私はここでレグルスと生きていくわ」

 有紗はレグルスの頬を、両手で挟む。喜ぶべきか落ち込むべきか分からない。複雑そうな顔をしていたレグルスは、やっぱり有紗を心配する。

「大丈夫ですか?」
「帰れないのはつらいけど、方法がないわ。ここで生きるって決めたから、もう大丈夫よ。でも落ち込む時は、一緒にいてね」

 有紗の手に左手を添え、レグルスは頷く。

「ええ、たとえアリサが頼まなくても、僕は傍にいます」
「うん!」

 その言葉の温かさに、目に涙をにじませながら、有紗は微笑んだ。
 生まれ育った地は遠く、もう二度と帰れない。
 けれど、たしかにここに居場所がある。

「さあ、帰りましょう。皆も待っています」
「……みんな、嫌になってない?」
「アリサ、ガーエン領は王都のすぐ傍にあります。地震とともに、神官の悪行あくぎょうが知れ渡りました。神子に同情する者はいても、憎む者はいません。――もしいたとしても、あなたには近付けませんから。どうか安心してください」

 そんな者はいないと嘘をついてもいいのに、レグルスは正直に話す。だから有紗はレグルスを信じられる。

「ありがとう、レグルス」

 レグルスの左腕に、有紗は右手をかける。
 寄り添いあって森の出口を抜け、外へ出る。
 そこには大勢の人々が並んで待っていた。
 騎士団のガイウスやロズワルドはもちろん、ロドルフ、イライザ、モーナもいる。そして、騎士や使用人、町の人達で野原はいっぱいになっていた。拍手が響き渡る。

「お帰りなさい、アリサ様!」

 声をそろえ、温かく迎えてくれる彼らの姿に、有紗はあ然とし、ゆっくりと破顔する。

「ただいま!」

 そしてはにかんだあいさつを返した。
 この小さなガーエン領が、いずれ有紗の故郷となるだろう。


 …第一部、完結…


 第二部へ続きます。
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