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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 髪と目を隠さなくても良くなったので、ハーフアップにしてリボンでとめた。
 それから袖が邪魔にならない服に着替えると、レグルスやモーナ、ガイウスやロズワルドとともに王宮内の聖堂に戻る。
 有紗が来ても、神官や医者は止めなかった。だが、さっき有紗が落ち込んでいたのを見ていたせいか、鬼気迫る顔で乗り込んできたことに驚いている。

「さあ、ここから片付けるわよ!」

 有紗はかたっぱしから黒いもやをつかみ、ガラスの小瓶に入れていく。ある程度入れると、もやが中に吸い込まれなくなるようだ。コルクで栓をして、赤いリボンを結ぶ。

「アリサ、こちらにどうぞ」
「ありがとう」

 レグルスが持つ木箱へと小瓶を入れ、モーナが差し出す新しい小瓶を手に取る。
 おおよそ十人分で小瓶が一つというところか。六本目の途中で、聖堂内の患者は全て癒し終えた。
 最初は有紗におびえていた患者達だが、病が治ると、一転して有紗に感謝した。

「奇跡だ……!」
「闇の神子様、ありがとうございます」

 身をもって、治癒の業を体感したからだろうか。この変わりように、有紗は苦笑した。
 彼らを助けようとしていた医者や神官に薄くまとわりつく黒いもやも回収し、有紗はすぐにきびすを返す。王宮内を歩き回り、時に黒いもやをつまみ食いしながら、全部集め終えた。

「使用人と騎士団もこれで全部ね? この分じゃ、ガラス瓶が足りないわね。それに、レグルスが管理するにも多すぎるわ」
「そうですね。ガラス瓶の中身が空に見えても、これだけ容器があると重いですし……」

 途中から、ガラス瓶を一か所に置いて、ロズワルドに見張りを頼んだ。その地点に戻って、どうしようかと話していると、レジナルドが足早にやって来た。

「アリサ様、王宮内の邪気を全て封じてくださったとか。感謝します。ガラス瓶は職人達に急ピッチで作らせておりますよ」
「高価なものなのに、ごめんなさい」
 この世界の様子を見ていると、ガラスはそこまで普及していない。王侯貴族や神殿で使っている程度だ。つまり、それだけ高価だということになる。
「民の命に比べれば安いものです。ほう、これに封じてあるのですか? 空にしか見えませんな」

 赤いリボンを結んだガラス瓶を眺め、レジナルドは不思議そうに言った。

「父上、うっかり誰かが開けるとおおごとになりそうで、心配しているんです」

 レグルスの訴えに、レジナルドはそれが当然だと同意を返す。

「そういうことならば、宝物庫を使うがよい。あそこは私の許可がなければ入れぬからな」
「勝手に入ったら?」

 有紗が問うと、レジナルドは笑った。

「処刑ですよ。王の財産に手を付けようなんて、無謀な者はいないと思いますがね」

 無断で入ったら、死ぬのか。

「なるほど、一番安全そうですね。それじゃあ、いったんそちらで預かってください。私のごはんにするので、後で少しずつ引き取ります」
「かしこまりました。しかしアリサ様、病気や怪我のもとなんて食べて、体は大丈夫なんですか?」

 レジナルドの心配に、有紗は頷きを返す。

「ええ。お腹いっぱいになるだけです。その時々で、私の食べたいものの味がするんですよ」
「そうなんですか。それは良かった」

 ほっと息をつき、レジナルドは荷物を持ってついてくるように言う。

「陛下、昔は他の神子がいたんでしょう? 皆、何を食べていたのかしら」
「光の神子様は、日光浴をしていたようです。記録に残っているのは、あとは水の神子様ですね。水を飲むだけだったそうですよ」

 日光浴って、光合成みたいだ。有紗はレグルスを見上げて問いかける。

「火や風の神子はどうするのかな。火を食べるの? やけどしそうよね」
「気になりますね」
「ごめんね、王子様に荷物を持たせちゃって」
「いいんですよ。頼ってくれるだけでうれしいです」

 レグルスはにこりとし、有紗も笑みを返す。レジナルドがこちらを呆れ顔で見て、レグルスの様子に片眉を上げる。

「息子のこんな顔は初めて見ますよ。あまり笑わない子でしたからな」
「そうなの?」

 確かに、レグルスは静かに微笑むことが多いが、有紗は笑みをよく見ている。笑わない子と言われたレグルスは、少しばつが悪そうだ。

「父上、子ども扱いしないでください」

 レグルスの抗議を、レジナルドは笑うだけだった。
 それから宝物庫に着くと、レジナルドは鍵を開けて、中に入るように言う。広々とした倉庫には、いろんなものが置かれている。
 空の棚の前に来ると、レジナルドは立ち止まった。

「この棚を使うといい。レグルス、宝物庫に出入りしたい時は、私が同席するから声をかけるように」
「かしこまりました。ありがとうございます」

 いったん小瓶を棚に置くと、宝物庫を出る。

「アリサ様、王宮中の小瓶を集めているので、次は町に行きましょう」
「ええ」

 病気が広がると、有紗一人では手が足りなくなってしまう。
 とはいえ、王を味方につけたおかげで、手厚いサポートを受けられるのはありがたい。
 王宮を出るため、有紗達は正門のほうへ向かう。

「レグルス殿下、お妃様、我らもお供いたします」

 ルーエンス城からついてきた護衛師団の騎士達が、前庭で二列に並んで待っていた。

「皆、正気しょうきなの?」

 疫病のまっただ中に同行しようと言うのだから、有紗は思わずそう聞いてしまった。

「ご安心を。我らは一度死んだ身です」
「そうです。殿下は『誇りある騎士』になれとおおせです。ですから、皆のために身を張りましょう」
「それに、疫病にかかっても、お妃様が助けてくださるんでしょう?」

 最後は有紗を当てにしているようだったが、それでも勇気ある騎士達の様子に、有紗とレグルスは自然と顔を見合わせ、お互いに微笑んだ。

「もちろんよ。邪神嫌いから守ってね、よろしく!」
「皆の勇気に感謝する」

 有紗とレグルスの返事に、騎士達は「はっ」と声をそろえて敬礼した。
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