邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 畏怖の視線をはねのけ、有紗はずんずんと王宮の奥へ進む。
 レグルスだけでなく、レジナルドやヴァネッサ、ミシェーラもついてきた。
 黒髪黒目の有紗を見て、悲鳴を上げる使用人や警戒を見せる騎士がいたが、それらをレジナルドが追い払う。
 王宮内の聖堂に到着すると、疫病で倒れた人々が隔離されていて、神官や医者が手当てに奔走していた。神官が慌てて立ちふさがるが、有紗は邪魔だと言い放つ。

「そこをどきなさい。私は闇の神の神子、アリサ。あなた達の病気を治しにきたわ」
「邪神の……!」

 恐怖にざわめいたが、有紗には知ったことではない。
 強い怒りが、彼らの動揺を無視させた。
 有紗は目についた病人から黒いもやを取り上げ、残り二人の神官に押し付けた。疫病の症状があらわれると、二人の前に仁王立ちする。

「どう? 怖い? 私の苦しみが少しは分かった?」

 謝って土下座でもしてくれたら、少しくらい有紗の溜飲りゅういんは下がっただろうに、二人は恨みを込めてにらんでくる。

「邪神めぇ……っ」
「許さぬ、許さぬぞ」

 レグルスが呆れ返って、溜息をつく。

「お前達、自分のしたことを少しは反省しないか」
「黙れ、第二王子!」
「下賤な血を引く分際で!」

 神官達がレグルスに噛みついたので、レジナルドのほうがこめかみに青筋を立てた。

「なんだ、私の血が汚いと言うのか?」
「とんでもありません、陛下。私が言うのは、そちらの踊り子のことで……」

 くだらないことを言うので、有紗はダンと足を踏みしめる。神官はヒィッと悲鳴を上げた。

「あんた達ね! ヴァネッサさんの悪口を言うんじゃないわよ! ほんっとムカつく!」

 腹の底でぐらぐらしていた怒りが、また噴火した。衝動的に黒いもやを更に押し付けたくなったが、これ以上は死ぬかもしれないので我慢した。高位なだけあって、彼らは高齢だ。若者よりも死にやすい。

「その曲がった根性、叩き直してやるから、覚悟してなさいよ。簡単には死なせないわ。苦しませて苦しませて、心の底から反省するまで、絶対に許さない!」

 眉を吊り上げ、目には鋭い怒りをひらめかせて有紗がたんかを切ると、同行してきた騎士ですら青ざめた。
 自分がどれほど怒りでいっぱいで、はたから見るとみっともない有様なのは分かっているけれど、とても我慢できない。
 いらだちまぎれに、患者を見回して特に濃い黒いもやを取り上げ、やけ食いをする。意識不明の患者が目を覚まして起き上ったので、看病をしていた人達が驚いて飛び上がった。

「お前などにはくっさぬわ、邪神の神子!」
「これもまた修行じゃ。おお、光の神よ。我らの生き様をとくとご覧あれ……」

 神官達は熱にうめきながら、光神に祈りをささげる。
 そのいびつに歪んだ熱意には、さしもの有紗でもゾワッと鳥肌が立った。

「もしかして、信仰に酔ってるの? 気持ち悪い」

 つまり、この神官達は有紗から受けた苦しみに耐えることそのものを、信仰の証にしようとしている。周りに理解されず、悲運のうちに死んだ聖人にでもなろうとでもいうのだろうか。
 のれんに腕押しとはこのことだ。
 有紗は自分が味わったことがどれだけ苦しかったかを理解して、心から有紗に謝って欲しいだけなのに。復讐はしたいが、殺すつもりはなかった。みっともなく泣いて、無様な姿をさらして謝ったら、そこで許すつもりだったのだ。
 まったく別次元のところにいる人間とは、同じ言語を話していても、言葉が通じないなんて初めて知った。衝撃的だった。

「なんでよ! どうして、たった一言、申し訳なかったって言えないの!?」

 ものすごく悔しくて、目が熱くなった。ぼろぼろと涙をこぼし、有紗は怒鳴る。

「ひどい! そんなの、逃げだわ。崖から落とされて、森をさまよって、どれだけ怖かったか。謝ってよ。謝りなさいってば!」

 有紗が神官の肩をゆさぶってみたところで、神官は暗く笑うだけだ。

「邪神の神子に下げる頭などない。お前に謝るくらいなら、死んだほうがましだ」
「――っ」

 有紗は言葉を失くし、手を離す。神官は床に倒れ、細い息をしている。レグルスが有紗の肩を支え、騎士達に命じる。

「お前達、その罪人達を地下牢に運べ。終わったら戻ってきなさい、アリサにお前達に病がうつっていないか見てもらう。それから、彼らの容体が悪くなったら、すぐに知らせるようにと看守に伝えておけ」
「はっ、畏まりました」

 一瞬、嫌そうに眉が寄った騎士達だったが、有紗に病気を治してもらえると聞いてほっとしたようだ。すぐに神官を連れて、聖堂を出て行く。
 有紗はグスグスとすすり泣いて、レグルスにしがみついた。レグルスは有紗の背をポンポンと優しく叩く。悲しそうな声で言う。

「きっと傷つくだろうと、心配していました。彼らは盲目的なので」
「こんなのってないわ。なんで謝ってもくれないの? 私、好きで召喚されたわけじゃないのに」

 嗚咽おえつをこぼす有紗の様子に胸を痛め、ヴァネッサとミシェーラも泣いている。
 レジナルドがすっと膝をついて頭を垂れる。見守っていた騎士や使用人、聖堂にいた神官も慌ててならった。

「代わりに、私から謝罪する。申し訳ありませんでした、アリサ様」

 レジナルドに続いて配下も謝ったが、有紗の心は晴れない。むしろ余計にみじめな気持ちになった。

「あの人達、恥ずかしいわ。自分達のしたことの責任をとらないで、王様に謝らせるなんて。やめてください、陛下。あなたに謝られても、私は困ります」
「本当に……申し訳ない」

 レジナルドも悔しそうに顔を赤くしている。

「……レグルス、別宮に戻りましょ。陛下、少し休んでから頼みごとをこなしますね」
「ああ、そうされよ。準備はすすめておきます」

 有紗は聖堂を見回して、重症の患者のもやだけ取り上げてから、レグルスとともに別宮に戻った。
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