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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 レグルスは男性なのでそれほどアクセサリーは持っていないようだが、シンプルな銀製のネックレスを見つけた。四角い板をつなぎ合わせたみたいで、どっしりと存在感がある。幅広の腕輪もつけてもらい、有紗はばっちりだと親指を立てた。

「落ち着いていて、品が良い感じ! 派手ではないから、きっと大丈夫よ」
「ありがとうございます。父上に成人祝いでいただいたものの、今一つ使い方が分からなかったんですよね。へえ、こんなふうに着こなすんですか……」

 いつもどうしていたのかと訊くと、付けても腕輪程度だそうだ。邪魔なのであんまりつけたくないとか。

「動きやすさ重視というんですかね。何かあっても避けられるでしょう?」
「レグルスってば。パーティーで、いったい誰と戦ってるのよ」

 有紗が思わずそう言うと、レグルスの手伝いで傍にいたガイウスが噴き出した。

「私も、仕上げにアクセサリーをつけて終わりよ。もうそろそろ時間よね、急ぐわ」
「はい」

 有紗は部屋に戻り、用意していたアクセサリーを付けて仕上げる。
 今日のドレスは、夏によく合う淡いオレンジ色のものだ。レグルスが緑なので、しっくりなじむ。
 正餐の時間帯に合わせ、パーティーで食事を楽しむことになっている。
 準備を終えると、すぐに部屋を出て、待っていたレグルスと別宮を出る。
 パーティー会場に向かい、屋根のある外廊を歩きながら、有紗はこっそりとレグルスの横顔をうかがった。
 好きだと言われたことを思い出すと、エスコートをされていいのかとどうしても気が引ける。そんな視線など、レグルスにはお見通しだ。少し困ったように注意された。

「アリサ、あのことは気にしないでください。普通にしないと、挙動不審ですよ」
「うっ、気を付けます」
「たとえ不服でも、仲の良い夫婦のふりを。それがあなたを守ります」
「分かったわ」

 自分は女優だと言い聞かせ、レグルスと一緒に歩いていく。
 王宮の入口からもっとも近い宮に、パーティーホールがある。そこに近付こうとして、白い衣の老人達を見つけた。思わず、レグルスの腕に添えていた右手に力を込めてしまう。
 ――あの声! あの顔! そしてあの服装!
 有紗を崖から突き落とした、おぞましい神官達だ。
 レグルスが気遣うそぶりで、有紗に耳打ちする。

「彼らですか?」

 声も出せないくらい怖くて、有紗はこくこくと頷いた。ここにレグルスがいなかったら、悲鳴を上げて逃げだしていたかもしれない。

「大神殿のトップですよ。召喚できるとすれば、彼らだけだ。間違いないですね。――あいさつしなければいけないので、小声でお願いします」

 有紗がはっきりと頷いたのを確認してから、レグルスはそちらに近付いた。

「これは大神殿の神官殿。ご機嫌よう」
「第二王子殿下、ご機嫌麗しゅう。奥方を迎えられたとか、おめでとうございます」

 彼らはあいさつを返したが、歓迎する空気ではない。

「アリサです。よろしくお願いします」

 有紗は小声で名乗り、お辞儀をする。ありがたいことに、彼らはちらと見ただけだった。有紗などいっこだにする存在ではないと言いたげだ。
 笑顔の裏で必死に息をひそめながら、彼らの傲慢さに胸がむかむかした。

「しかし、殿下。陛下や我らの許可もなく、正妃を迎えられるとは。せめて父上には許しを得てはどうです?」

 不作法だと遠回しに責めるが、レグルスは微笑で返す。

「私の立場では、とても王にはなれませんし……。彼女には命を救われたのです。恩にむくいるのは当然なこと。これは光神の教えではありませんでしたか?」

 神官の教えに沿ったのに、どうして責められるのか。しれっと返すレグルスは、結構大物だと思う。
 彼らも良い切り返しを思いつかなかったのか、苦々しい顔で頷く。

「信仰熱心で素晴らしいですね。さあ、中へどうぞ。皆様がお待ちしておりますよ」

 ていのいい追い払いの言葉を口にするので、有紗達は彼らと別れた。
 少し離れると、どっと安堵して膝から力が抜けそうになる。レグルスがさっと有紗の腰を支えた。

「大丈夫ですか」
「……問題ないわ」 

 ここは戦場だ。しっかりしなくては。
 有紗はしっかりと足に力を込めて立つ。しっかりと前を見た。
 今日のパーティーは小規模だと聞いている。
 どちらかというと、レグルスが妃を迎えたことへというより、ミシェーラが奇跡の回復をとげたことへのお祝いが強い。
 王子達は各地に散らばっていて、すぐには駆けつけられないため、他の王子は不在の会だ。それだけで、レグルスの立場が低いことが分かる。
 立食パーティーのようで、一番前の上座にテーブルが用意され、王と王妃の椅子が並んでいる。それ以外は食べ物がのったテーブルがいくつかあるだけだ。
 ホールといっても、教会の聖堂くらいの広さで、細長い造りだ。アーチ型の窓から光が入る。めいめいに着飾った人々が集まり、給仕に渡された金属製のグラスを持つ。
 ラッパが鳴り響き、王と王妃が入ってきた。複雑な彫り込みがされた木製の椅子に腰を下ろすと、皆、いっせいにお辞儀をする。
 王妃ローラと会うのは初めてだ。金髪碧眼、すっと通った鼻筋と、さくらんぼのような唇が可憐な少女のようだ。美しいのに、切れ長の目は鷹ににらまれた気分になる。

「今日は、王女ミシェーラの快気祝いと、王子レグルスが妃を迎えた祝いの席に集まってくれたこと、感謝する。特にミシェーラ、この幸運が本当にうれしい」

 まだあいさつなのに、レジナルドはわずかに涙ぐんだ。
 ミシェーラはスカートを持ち上げてお辞儀をし、レジナルドへの謝意を示す。

「それから、レグルス。異国の女性だそうだが、賢い妻を迎えたようだ。あのクンセイチーズとやら、大変美味だったぞ。できればこの席で、なれそめを聞きたいものだ」

 レジナルドはそう言って、急にせきをした。

「ごほっごほっ」
「陛下、朝からお加減が良くないのに、無理して出席なさるから……」
「しかしな、王妃よ。この席は私が設けたのだぞ」
「王のお気持ちは、王子と王女には十分に伝わっておりますわ。あいさつもしましたし、ご退席なさっては?」

 心配する王妃の声に、レグルスとミシェーラも賛同する。

「父上、王妃様のおっしゃる通りです。そうなさってください」
「そうですわ。かけがえのない御身ですもの」

 二人が体を優先するようにすすめると、レジナルドは渋々という様子で頷いた。

「お前達がそこまで言うなら、そうしようか。だが、せめて乾杯だけは行おう」

 気を取り直してグラスをかかげた時だった。騎士がばたばたと駆けてきた。

「ご報告します! 大変です、陛下。王都で疫病えきびょうが発生しました。城内でも感染者がいるようで、倒れる者が続出しております」
「疫病ですって」

 王妃の顔から血の気が引く。レジナルドの体調悪化の原因をさとったせいだ。
 そして、王妃はヴァネッサをキッとにらむ。

「ヴァネッサ、あなたのせいね! 外から病を持ち込んだに違いないわ」
「やめぬか、王妃よ。城内で感染者が多いのはどの辺りだ」

 レジナルドの問いに、騎士は現状報告をする。

「は。こちらの本宮でございます」
「レグルスの宮の者は?」
「今のところ、一人もおりません」
「では、側妃らは関係ない。憶測で責めるのは良くないぞ、王妃よ」

 レジナルドに注意され、王妃は悔しそうにしながら謝る。

「申し訳ございませんでした、陛下」

 有紗はあからさまにほっとした。こんなことをきっかけに、ヴァネッサを失墜させようとするとは予想外だったのだ。

(びっくりした……。本当に、私達のせいかと思っちゃった)

 冷静になってみると、旅の一団に黒いもやができても、有紗がごはんとして食べているので、疲れも怪我もなく健康そのものだ。もし感染源にふれていても、有紗がその芽を全てつぶしているのだから、そもそも疫病にかかるわけがない。

(こっわ。皆の恐怖をあおって、ヴァネッサさんを攻撃するなんて……。陰湿だわ)

 こんな王宮で生きてきて、レグルスとミシェーラはよくまっすぐ育ったものだ。
 向かいではヴァネッサが青ざめて顔を強張らせており、ミシェーラがヴァネッサに寄り添ってなだめている。

「パーティーどころではないな。レグルス、ミシェーラ、そなたらには悪いが、事態の収拾に当たらねば」

 レジナルドが椅子を立つと、レグルス達は「もちろんどうぞ」と首肯を返す。始まる前に、パーティーはお開きとなった。
 そこへ、別宮のメイド、アンナが駆けこんできた。

「失礼いたします。王妃様、お伝えしたいことが」
「なんですか」

 アンナは王妃の傍に行き、ひそひそと話しかける。

(あのメイドがクロだったのね!)

 堂々と現れたアンナの姿に、有紗は衝撃を受けた。ベラが怪しいと思っていたから、予想外だ。

(それじゃあ、アクセサリーを盗んだのもあの人なの?)

 どうやって?
 疑問が残るが、それよりも何を伝えに来たのかが気になる。

「陛下、少しお待ちを。――レグルス王子、その妃は何者なの?」

 王妃も椅子を立ち、勝ち誇った笑みを浮かべる。レグルスは慎重に問い返す。

「どういう意味です?」
「アンナ、見せてさしあげなさい」
「はい、王妃様」

 アンナは頭上に何かをかかげた。

「こちらの髪をごらんくださいませ。この髪、黒いのです! あの女はきっと悪い者ですわ!」
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