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第一部 邪神の神子と不遇な王子
3
しおりを挟む自分が言い出したことで、レグルスを長椅子で寝かせるのがしのびなく、有紗はベッドの真ん中にクッションを並べて壁を作り、同じベッドで寝ることにした。
モーナの監視のもと、お風呂にも入れてすっきりした。
その日はぐっすり眠ったが、朝、有紗が起きると、すでにレグルスはいなくなっていた。
有紗の身支度に来たモーナは不憫そうに言う。
「殿下、紳士でいらっしゃいますのねえ」
「レグルスは優しいわよ」
「……そうですね」
どうしてモーナは同情を込めて、溜息をつくのだろうか。
有紗は髪を編み込んで、しっかりと髪を覆い隠し、ヴェールで目元を隠した。
それから鉄製の鎧戸を開けると、庭で稽古をしているレグルスとガイウスが見えた。
「おはよう!」
有紗が声をかけると、二人は木剣の打ち合いをやめてこちらを見上げる。レグルスは右手を挙げてあいさつし、ガイウスはお辞儀をした。
「アリサ様、お妃様ともあろう方が、みっともない」
ロズワルドが眉間にしわを刻んで注意するので、有紗は窓から部屋に戻ってぼやく。
「口うるさい姑みたい」
「お妃様、聞こえてますよ!」
窓の外から、ロズワルドが怒る声がした。
「ごめんなさーい!」
有紗が謝ると、レグルスとガイウス、モーナが笑う。
そこに、マリアがやって来た。疲れて暗い顔をしている。この様子だと、あの後から仕事に取り掛かり、寝るのがだいぶ遅くなったのだろう。
「お妃様、お部屋のお支度を整えなおしました。こちらで朝食になさいますか?」
「ええ、そうするわ」
真面目にやったかどうかを見に行こうじゃないか。
有紗は口元をにっこりさせて、モーナとともに妃の間に行く。
掃除しなおしたからか、昨日よりも部屋が明るく見えた。部屋を見回し、特に黒いもやがないと分かると、有紗は頷く。
「素晴らしい仕事に感謝するわ」
テーブルにつくと、マリアはすぐに料理を運んできた。パンと果物を並べ、最後にスープを置く。
(……って、おーい!)
有紗は心の中で、思い切りツッコミを入れた。
スープには小さな蜘蛛が浮かんでいる。少しは隠せばいいのにと、頭痛を覚える。
「ちょっと、あなた!」
モーナが眉を吊り上げ、マリアは澄まし顔で答える。
「どうかなさいました?」
「虫が入っているじゃないの。お妃様に失礼です! すぐにかえなさい!」
「虫ですか? 見えませんけれど。気のせいでは?」
「なんですって!」
昨日の罰のしかえしなのかもしれない。妙に幼稚だが、マリアは十五歳くらいなので、子どもっぽい真似もしかたなく思える。
「そうよ、モーナ、虫なんて見えないわ」
「え?」
有紗がモーナを見上げて止めると、モーナは首を傾げる。
「しかし、お妃様……」
「マリアが見えないと言ってるんだもの。確かにね、見えないわ。とってもおいしそう。私が食べるのはもったいないから、あなたにあげるわ、マリア」
ヴェールの下で、きっと有紗はものすごく悪い顔をしていただろう。銀製のスプーンでスープごと蜘蛛をすくい、マリアのほうに差し出す。
「えっ」
「はい、あーん」
「い、いや、駄目です。こちらはお妃様のお食事で! そ、それに……」
マリアは青ざめて、ぶんぶんと首を振る。やり返されるとは思っていなかったようだ。
「どうして食べないの? ねえ、モーナ、何も見えないのにね」
「そうですわね、何も見えませんわ」
モーナはようやく合点がいき、有紗に話を合わせる。
「ほら、早く食べなさい。冷めてしまうでしょ」
「だって、蜘蛛がいるんです!」
「見えないって、あなたが言ったんじゃないの。――食、べ、な、さ、い」
有紗がすごむと、マリアはわっと泣き出した。その場にひれ伏して、わんわんと泣く。
「ごめんなさい! 私が悪ぅございました!」
「……まったくもう。泣くくらいなら、なんでこんな真似をするのよ」
スプーンを皿に戻し、有紗はマリアを見下ろす。ひっくとしゃくりあげながら、マリアは言い訳する。
「だって、私は何も悪くないのに、掃除と洗濯をやり直しさせられて……すごく腹が立ったんです。しかもどこの馬の骨だか分からない、第二王子の妃にですよ! 私、伯爵家の娘なのに!」
貴族の子女だったのか。冷遇されている王子の妃にこき使われたから、嫌がらせをしたらしい。
「あなたの言いたいことも分かるけど、レグルスも王子なのよ? こんなことして、殺されたって知らないわよ」
「うっ、ぐすっ。申し訳ありません……」
「そう、その様子だと、あの死骸を置いたのは、本当にあなたじゃないのね」
マリアはちらりとこちらを見た。
「そんな分かりやすいこと、すると思います? 第一、昨日のように、部屋に問題があれば私の責任になるのに」
「それじゃあ、誰が怪しいと思う? ベラ?」
「ベラ様は大のねずみ嫌いなので、ねずみの死骸は選ばないと思います。実際、昨日だってすごい悲鳴を上げていたじゃないですか」
「演技じゃなくて、本気だったわけ?」
「私は分かりません! 一週間前に、急にこちらのメイドにばってきされたので。王妃様にお仕えしたかったのに……」
ぶすくれているマリアは、どう見てもいたずらを叱られて不機嫌な子どもだった。有紗は肩をすくめると、椅子を立って、チェストのほうに行く。財布から銀貨を取り出した。
妃ならばチップなどで何かとお金がいるからと、ロドルフからいくらかもらっている。
「そう。私が悪かったみたいね。おわびに、お小遣いをあげるわ」
むぅと唇を引き結びながらも、マリアの頬は赤らんだ。目がキラリと光る。
「でも、また何かあったら連帯責任にするから、嫌だったらちゃんと見張るのね」
「かしこまりました。申し訳ありませんでした。スープはお取替えいたします」
「もういいわ。食欲が失せたから。下がってちょうだい」
マリアはもう一度頭を下げ、銀貨をポケットに入れて部屋を出た。
「お妃様、あんな真似をされたのに、どうしてお金をあげるんです?」
静観していたモーナは、訳が分からないと不満げだ。
「ふふっ。これも作戦よ」
「……どういうことです?」
「あの三人の誰かが悪いのは間違いないわ。あの子がお金をもらって戻ってきたら、買収されて私の味方になったと勘違いするかも。そうでなくても、あの子だけずるいってやっかむかもしれない。仲たがいさせて、ボロを出させようと思って」
「アリサ様、策士ですわね……」
モーナは目を真ん丸にし、感嘆のつぶやきをもらす。
「あとは時間が解決するから、放っておきましょ。モーナ、鍵をかけて」
モーナが鍵をかけると、有紗は朝食を示す。
「とりあえずこれ、食べられそうなら食べちゃって」
モーナはジャムはごちそうだと目を輝かせ、ジャムをつけてパンをたいらげた。果物は布にくるんで、後で食べることにしたようだ。
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