邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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「わあ、素敵なお屋敷ね」

 レグルスの別宮はこぢんまりとした、小さな屋敷だ。

「お庭、風流ね~」

 木陰に木製のテーブルと丸太椅子が置かれ、小さな花が咲き乱れている。
 レグルスは気まずそうに花を示す。

「フウリュウ? ええと、アリサ、申し上げにくいんですが……、こちらの庭の手入れはされていないようです」
「そうなの? 高原の花畑みたいで綺麗だなって思ったのよ。レグルスの趣味なのかなって」
「確かに、僕はごてごてと花を植える趣味はありませんね。アリサ、そこで読書をすると気持ち良いんですよ」

 有紗は椅子に座ってみた。

「本当だわ! こっちに来てよ、風が涼しくて気持ち良いから」
「アリサが気にしなくて良かったです」

 レグルスももう一つの椅子に腰を下ろし、ふっと薄く微笑んだ。

「どんな場所かより、誰といるかよね」
「そうですね」

 有紗は目を細めて伸びをし、レグルスが気まずげにしている理由について、遅れて気付いた。
 つまり、使用人が手入れをさぼり、雑草を伸びっぱなしにしているという意味なんだろう。鬱蒼とおいしげるというほどではないから、有紗にはそんなふうに整えているように見えるのだが……レグルスへの風当たりの強さを感じて、あんまり良い気持ちはしない。

「レグルス、お部屋を見てみましょうよ。この調子だと、手入れしてないんじゃない? 心配だわ」
「さすがに部屋は掃除していますよ。気まぐれに父上が来て、見とがめられると罰がいきますから」
「そうかしら」

 有紗は見てから考えようと思い、レグルスと屋敷の中に入る。

「お帰りなさいませ」

 無愛想な中年女が、お辞儀をした。鷲鼻で、いかにも意地が悪そうな雰囲気をしている。後ろには二人、若いメイドがひかえている。レグルスは頷くことで返事として、まず有紗に彼女達を紹介する。

「アリサ、彼女はベラ。ここのメイド頭だ。そちら二人は新入りかな?」
「はい、アンナとマリアです」

 メイド達がスカートを持ち上げてお辞儀をした。

「ベラ、こちらはアリサ・ミズグチだ。僕の正妃に迎えたから、そのつもりで対応するように」
「かしこまりました」

 返事は良いが、ベラはうさんくさそうに有紗を観察する。有紗はにこりとしてあいさつする。

「よろしくお願いします、ベラ」
「長旅で疲れているからな、部屋に案内してくれ」
「はい」

 ベラはすぐに玄関ホールから二階へと階段を上っていく。レグルスの部屋の隣が、アリサのものだそうだ。中はかし材の家具が並び、ベッドとクッションがローズレッドなので女性らしさを感じる程度。簡単に言うと、シンプルだ。

「もう少し華やかなものはなかったのか?」

 レグルスが口を出すと、ベラは淡々と返す。

「王妃様が、倉庫の物をお使いになるように、と」
「構わないわ、レグルス。王妃様のお気遣いに感謝を、とお伝えしてちょうだいね」
「かしこまりました」

 実際、有紗は家具がどんなものだろうが興味がない。数日滞在すれば、ルーエンス城に戻る。それよりも、ベッドのほうが気になった。黒いもやがあるのだ。有紗はベラに気付かれないように、レグルスの腕を軽く引く。目くばせで伝えると、レグルスはベッドに近付いた。

「ねずみの死骸?」
「きゃあああ!」

 ベラが悲鳴を上げ、青ざめてその場に土下座する。

「も、申し訳ございません! 朝、確認した時にはそんなものはなかったはずなのですが……」
「アリサに嫌がらせか。アンナとマリアを呼べ! この別宮に出入りできるのはお前達だけだろう。つまり、この中に犯人がいる」
「そ、そんな! 二人とも、仕事熱心ですわ」
「では、お前が犯人か?」

 レグルスににらまれ、ベラは息をのんだ。カタカタと震えだす。

「あ……あの……本当に違います。私では」
「違うのなら、二人を連れてくればいいだろう」
「レグルス、そんなに怒らないで。もしかしたら、ねずみがここに来て死んだのかもしれないし」

 わざわざベッドの上で死ぬとは思えないが、最初から波風を立てたくない。有紗はレグルスをなだめ、ベラに手を差し出す。

「ベラ、かわいそうに。大丈夫よ、あなた達を罰したりしないわ」 
「お妃様……」

 ベラは恐る恐る手を取った。有紗は彼女の手を引いて立たせる。

「レグルスも、心配してくれてありがとう。こんなものがあって怖いから、今日はレグルスの部屋で休みたいわ」
「ええ、構いませんよ」

 レグルスはあっさり受け入れる。夫婦だという設定なのだ、ベラに動揺を見せるのはまずい。

「ベラ、ここのお掃除担当は誰かしら?」
「マリアです」
「では、明日までに、ここの掃除をしなおして、洗濯も全部やり直すように言っておいてね」

 有紗が穏やかな態度で、厳しい注文をつけたので、ベラは唖然とした。

「え……」
「何か問題があるかしら?」
「い、いいえっ、ございません。申し伝えておきます」
「手が足りないなら、あなた達が手伝ってもいいわ。でも、私達の使用人に仕事を押し付けては駄目よ。この宮はあなた達が管理すべきなんだもの」
「……かしこまりました」

 ベラはお辞儀をしたが、顔が引きつっている。
 有紗はレグルスを見上げる。

「ああ、喉がかわいたわ。レグルス、お部屋でお茶にしましょう?」
「ええ」

 レグルスは有紗の腰に手を回し、自室のほうへ誘導する。レグルスの部屋は、いくらみそっかす扱いされていても、王子なだけあって立派だ。重厚な家具に、青い天蓋やクッション、カーテンでそろえられている。
 扉を閉めるなり、有紗はレグルスから離れ、レグルスに勢いよく頭を下げる。

「ごめんなさい! すごーく性格が悪い真似をしちゃった」
「はは、どこがですか。僕は罰するつもりだったのに、アリサは止めましたよ?」
「ううん。お掃除と洗濯しなおしが罰なの。最初から喧嘩を売られたから、ついやり返しちゃったわ。この屋敷に使用人が三人しかいないなら、犯人は絶対にあの人達のどれかでしょ? もしかしたら全員かも。どうなるにせよ、一人の嫌がらせが連帯責任になるぞっておどしたのよね……。うわー、我ながら性格が悪ーい!」

 頭を抱えて、自分の黒さに身悶みもだえる。

「しかもムカついちゃって、仲良しアピールで、レグルスの部屋で休むって言っちゃった! 迷惑をかけてごめんなさい!」
「むしろ迷惑をかけたのはこちらでしょう。この程度のしかえし、可愛いものだと思いますけどね」
「これで可愛いって、王宮はどれだけ陰湿なのよ!」

 レグルスの返事に、有紗はついツッコミを入れる。有紗は目をすわらせ、ぶつぶつとつぶやく。

「私、こういうのを映画で見たことがあるわ。妃の場合、男と密通容疑をかけて処刑するのよね」

 断頭台になんて上りたくない。生きて、無事に元の世界に帰るのだ。聖典を手に入れるまでに、死んでたまるか。

「アリサは宮廷の陰謀にも詳しいんですか? 二代前の王の側妃が、それで処刑されていますよ」
「こっっっわ! レグルス、私が疑われないように、できるだけ傍にいてね!」
「もちろんです」

 レグルスがしっかり頷いてくれたので、有紗は気を取り直し、テーブルのほうへ行く。
 少しして、ベラが恐る恐るという態度でお茶を運んできた。
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