46 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子
2
しおりを挟む「わあ、素敵なお屋敷ね」
レグルスの別宮はこぢんまりとした、小さな屋敷だ。
「お庭、風流ね~」
木陰に木製のテーブルと丸太椅子が置かれ、小さな花が咲き乱れている。
レグルスは気まずそうに花を示す。
「フウリュウ? ええと、アリサ、申し上げにくいんですが……、こちらの庭の手入れはされていないようです」
「そうなの? 高原の花畑みたいで綺麗だなって思ったのよ。レグルスの趣味なのかなって」
「確かに、僕はごてごてと花を植える趣味はありませんね。アリサ、そこで読書をすると気持ち良いんですよ」
有紗は椅子に座ってみた。
「本当だわ! こっちに来てよ、風が涼しくて気持ち良いから」
「アリサが気にしなくて良かったです」
レグルスももう一つの椅子に腰を下ろし、ふっと薄く微笑んだ。
「どんな場所かより、誰といるかよね」
「そうですね」
有紗は目を細めて伸びをし、レグルスが気まずげにしている理由について、遅れて気付いた。
つまり、使用人が手入れをさぼり、雑草を伸びっぱなしにしているという意味なんだろう。鬱蒼とおいしげるというほどではないから、有紗にはそんなふうに整えているように見えるのだが……レグルスへの風当たりの強さを感じて、あんまり良い気持ちはしない。
「レグルス、お部屋を見てみましょうよ。この調子だと、手入れしてないんじゃない? 心配だわ」
「さすがに部屋は掃除していますよ。気まぐれに父上が来て、見とがめられると罰がいきますから」
「そうかしら」
有紗は見てから考えようと思い、レグルスと屋敷の中に入る。
「お帰りなさいませ」
無愛想な中年女が、お辞儀をした。鷲鼻で、いかにも意地が悪そうな雰囲気をしている。後ろには二人、若いメイドがひかえている。レグルスは頷くことで返事として、まず有紗に彼女達を紹介する。
「アリサ、彼女はベラ。ここのメイド頭だ。そちら二人は新入りかな?」
「はい、アンナとマリアです」
メイド達がスカートを持ち上げてお辞儀をした。
「ベラ、こちらはアリサ・ミズグチだ。僕の正妃に迎えたから、そのつもりで対応するように」
「かしこまりました」
返事は良いが、ベラはうさんくさそうに有紗を観察する。有紗はにこりとしてあいさつする。
「よろしくお願いします、ベラ」
「長旅で疲れているからな、部屋に案内してくれ」
「はい」
ベラはすぐに玄関ホールから二階へと階段を上っていく。レグルスの部屋の隣が、アリサのものだそうだ。中は樫材の家具が並び、ベッドとクッションがローズレッドなので女性らしさを感じる程度。簡単に言うと、シンプルだ。
「もう少し華やかなものはなかったのか?」
レグルスが口を出すと、ベラは淡々と返す。
「王妃様が、倉庫の物をお使いになるように、と」
「構わないわ、レグルス。王妃様のお気遣いに感謝を、とお伝えしてちょうだいね」
「かしこまりました」
実際、有紗は家具がどんなものだろうが興味がない。数日滞在すれば、ルーエンス城に戻る。それよりも、ベッドのほうが気になった。黒いもやがあるのだ。有紗はベラに気付かれないように、レグルスの腕を軽く引く。目くばせで伝えると、レグルスはベッドに近付いた。
「ねずみの死骸?」
「きゃあああ!」
ベラが悲鳴を上げ、青ざめてその場に土下座する。
「も、申し訳ございません! 朝、確認した時にはそんなものはなかったはずなのですが……」
「アリサに嫌がらせか。アンナとマリアを呼べ! この別宮に出入りできるのはお前達だけだろう。つまり、この中に犯人がいる」
「そ、そんな! 二人とも、仕事熱心ですわ」
「では、お前が犯人か?」
レグルスににらまれ、ベラは息をのんだ。カタカタと震えだす。
「あ……あの……本当に違います。私では」
「違うのなら、二人を連れてくればいいだろう」
「レグルス、そんなに怒らないで。もしかしたら、ねずみがここに来て死んだのかもしれないし」
わざわざベッドの上で死ぬとは思えないが、最初から波風を立てたくない。有紗はレグルスをなだめ、ベラに手を差し出す。
「ベラ、かわいそうに。大丈夫よ、あなた達を罰したりしないわ」
「お妃様……」
ベラは恐る恐る手を取った。有紗は彼女の手を引いて立たせる。
「レグルスも、心配してくれてありがとう。こんなものがあって怖いから、今日はレグルスの部屋で休みたいわ」
「ええ、構いませんよ」
レグルスはあっさり受け入れる。夫婦だという設定なのだ、ベラに動揺を見せるのはまずい。
「ベラ、ここのお掃除担当は誰かしら?」
「マリアです」
「では、明日までに、ここの掃除をしなおして、洗濯も全部やり直すように言っておいてね」
有紗が穏やかな態度で、厳しい注文をつけたので、ベラは唖然とした。
「え……」
「何か問題があるかしら?」
「い、いいえっ、ございません。申し伝えておきます」
「手が足りないなら、あなた達が手伝ってもいいわ。でも、私達の使用人に仕事を押し付けては駄目よ。この宮はあなた達が管理すべきなんだもの」
「……かしこまりました」
ベラはお辞儀をしたが、顔が引きつっている。
有紗はレグルスを見上げる。
「ああ、喉がかわいたわ。レグルス、お部屋でお茶にしましょう?」
「ええ」
レグルスは有紗の腰に手を回し、自室のほうへ誘導する。レグルスの部屋は、いくらみそっかす扱いされていても、王子なだけあって立派だ。重厚な家具に、青い天蓋やクッション、カーテンでそろえられている。
扉を閉めるなり、有紗はレグルスから離れ、レグルスに勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい! すごーく性格が悪い真似をしちゃった」
「はは、どこがですか。僕は罰するつもりだったのに、アリサは止めましたよ?」
「ううん。お掃除と洗濯しなおしが罰なの。最初から喧嘩を売られたから、ついやり返しちゃったわ。この屋敷に使用人が三人しかいないなら、犯人は絶対にあの人達のどれかでしょ? もしかしたら全員かも。どうなるにせよ、一人の嫌がらせが連帯責任になるぞっておどしたのよね……。うわー、我ながら性格が悪ーい!」
頭を抱えて、自分の黒さに身悶える。
「しかもムカついちゃって、仲良しアピールで、レグルスの部屋で休むって言っちゃった! 迷惑をかけてごめんなさい!」
「むしろ迷惑をかけたのはこちらでしょう。この程度のしかえし、可愛いものだと思いますけどね」
「これで可愛いって、王宮はどれだけ陰湿なのよ!」
レグルスの返事に、有紗はついツッコミを入れる。有紗は目をすわらせ、ぶつぶつとつぶやく。
「私、こういうのを映画で見たことがあるわ。妃の場合、男と密通容疑をかけて処刑するのよね」
断頭台になんて上りたくない。生きて、無事に元の世界に帰るのだ。聖典を手に入れるまでに、死んでたまるか。
「アリサは宮廷の陰謀にも詳しいんですか? 二代前の王の側妃が、それで処刑されていますよ」
「こっっっわ! レグルス、私が疑われないように、できるだけ傍にいてね!」
「もちろんです」
レグルスがしっかり頷いてくれたので、有紗は気を取り直し、テーブルのほうへ行く。
少しして、ベラが恐る恐るという態度でお茶を運んできた。
10
お気に入りに追加
961
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる
青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。
ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。
Hotランキング21位(10/28 60,362pt 12:18時点)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】領地に行くと言って出掛けた夫が帰って来ません。〜愛人と失踪した様です〜
山葵
恋愛
政略結婚で結婚した夫は、式を挙げた3日後に「領地に視察に行ってくる」と言って出掛けて行った。
いつ帰るのかも告げずに出掛ける夫を私は見送った。
まさかそれが夫の姿を見る最後になるとは夢にも思わずに…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる