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第一部 邪神の神子と不遇な王子

 六章 王宮でのパーティー 1

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 王都に着く頃には、すっかり真夏となっていた。
 日差しは強いが、日本のようなじめっとした暑さではない。セミの声がしないので、体感的にはこちらのほうが涼しいくらいだ。
 それでも人々は日中の外出を避けているようで、通りにはあまり人がいない。

「やっと着いたわ」

 有紗は心底ほっとした。
 旅の間、食事を誤魔化すのが大変だった。事情を知るモーナにこっそり有紗の分を食べてもらっていたが、モーナは食が細いほうで無理があり、ガイウスやレグルス頼みになった。ガイウスは結構な健啖家けんたんかで、このお願いはうれしそうに聞いてくれた。騎士として運動量が多いので、その分たくさん食べるみたいだ。
 それから、血を飲む時も困った。
 我慢しようにも、この暑さでは喉はかわく。人目をしのんでレグルスと会っていたら、いちゃいちゃしていると思われて、周りからからかわれたり生ぬるい目で見られたりして、恥ずかしくてしかたがない。違う方向で大変だった。

「礼儀作法も覚えたし、あとはパーティーを乗り越えるだけね。そういえば、レグルスって勝手に私を妃にして良かったの?」
「今更ではありません? お姉様」

 ミシェーラが目を真ん丸にして言う。
 四人乗りの馬車に、有紗とレグルス、ミシェーラ、ヴァネッサが乗っている。馬車はガタガタ揺れるし、座席が固くて乗り心地は最悪。いろんな意味で、到着が待ち遠しい。

「忘れていたけど、ここって親が子どもの結婚を決めるんじゃないかと思って」

 有紗が疑問をぶつけると、レグルスはこくりと頷いた。

「婚約者のいる兄弟もいますよ。ですが、ほとんどは決まっていません。王位争いの結果次第で、貴族が名乗りを上げるでしょうね」
「第一王子が優勢なのに?」
「その第一王子が、結婚をしぶっているので。そちらの正妃争いにやぶれた王侯貴族の子女のうち、側妃の立場を良しとしない者が弟に向かうのは目に見えています。皆、争いを避けたいんですよ」

 つまり、力の強い家の子女が、弟のほうに嫁ぐかもしれない。今のうちに正妃になれても、蹴落とされる可能性があるので、様子見しているというわけか。

「レグルスは私を妃にして大丈夫だったの? お嫁さんの実家の権力を後ろ盾にするんでしょ?」

 いずれ王になるのなら、そういう援護は必要に思える。
 今更、有紗を放り出されても困るのだが、そぼくな疑問だ。

「僕にとって、後ろ盾よりも信用できるかどうかが大事です。今のところ、僕は彼女達の候補にも上がっていないし、『正妃になってやってもいいわよ』なんていう女性と結婚する気はないですね。王になるつもりならば、なおさらですよ」
「なるほど……」

 相槌を打ち、有紗はどうしても頬がゆるんでしまい、口元を手で覆う。

「私のことは信用してくれてるのね、うれしい」
「ええ。何しろ、命の恩人ですから」
「私もレグルスのこと、信じてるからね」

 照れ混じりに告げると、レグルスもにっこりする。向かいの席で、ヴァネッサとミシェーラは赤面していた。

「ねえ、あなた達、ふりだったのではないの?」
「見てるほうが照れます」

 二人にそんなことを言われ、有紗は首を傾げる。

「ふりよ。ね?」
「……今のところは」

 後になったら変わるのか?
 有紗がレグルスに訊こうとしたところ、ようやく馬車が王宮に門に入った。



 王宮はアーチを多く使った、洗練された外観をしている。
 地球でいうなら、ゴシック様式といえばいいのか。
 大きくとられた窓と尖塔が印象的だ。

「アリサ」
「ありがとう」

 レグルスの手を借りて馬車を降りると、使用人と騎士がずらりと並んでいる。レグルスはヴァネッサとミシェーラにも手を差し伸べた。
 玄関ホールから大柄な男が出てきた。

「おお、ミシェーラ。我が娘よ。病が治ったとは、ありがたいことだ」

 喜色満面で歩み寄ると、ミシェーラとハグをかわす。ヴァネッサとはキスをかわしたので、この真紅の髪と明るい緑の目をした男が、アークライト国の王なのだろう。レジナルド・アークライトという名だ。

「レグルス、妃をめとったそうだな」

 レジナルドがこちらを見るので、レグルスと有紗はお辞儀をした。

「父上、彼女がアリサです」
「お初にお目にかかります、アリサ・ミズグチと申します」

 髪と目を隠しているものの、レジナルドの鋭い視線が正体を見透かしそうで、有紗は怖くなった。

「異国の方だそうだな。息子の命を救ってくれたとか、ありがとう」
「こちらこそ、道に迷っていた所を助けていただきました。レグルス様は立派な方ですわ。ガーエン領を発展させるため、微力ながらお助けしています」

 心の中で数字を数えながら、できるだけゆったりと返す。焦りをみせず、堂々と丁寧に話せば、良家の子女っぽく見えるそうだ。ミシェーラから教わった。

「ほう、異国の知恵か。何か面白いことをしてくれるのか?」

 ふふん。そう言うと思って、燻製料理の調理セットは持ってきている。

「よろしければ、燻製料理をお出ししましょう。ガーエン領のチーズを持参していますの」
「クンセイ?」
「父上、酒のつまみにもってこいなのです。今は彼女の知識を再現すべく、研究途中なのですが、チーズと木の実の燻製ならば今晩にでもお出しできますよ」

 レグルスがぜひとすすめると、レジナルドは興味を示す。

「ほう、左様か。しかし長旅で疲れただろう。明日の晩にでも、つまみを用意してもらおうか。――しかし、レグルス、お前が突然、嫁を迎えるとは驚いた。だまされているのではないかと心配していたのだ」

 レジナルドの単刀直入な言葉を口にすると、ヴァネッサとミシェーラがくすくすと笑う。

「陛下ったら。この二人は見ていて恥ずかしくなるくらい、仲良しですよ」
「アリサお姉様も、お兄様を信頼なさっておいでなのよ。おかげでお兄様はやる気を出されて、今では立派な統治者ですわ。すでに城の者は手中におさめましてよ」

 レジナルドはそこで初めて、同道どうどうしてきた騎士や使用人に目をやって、わずかに驚きを見せた。そしてにやりと笑い、レグルスの背中を叩く。

「はっはっは。レグルス、お前も立派に男だな。妻を迎えたことで、心持こころもちが変わるとは。今は細かいことは言わずにおこうか。ミシェーラが元気に戻ってきてくれただけで、私はうれしいからな」

 痛かったのか、レグルスは苦笑を浮かべている。
 そこへ、太鼓腹の小男が駆けてきた。なんだか狸の人形みたいだが、眼光は鋭い。

「陛下! まったく、おみずから出迎えにいらっしゃるなど……」
「口うるさく言うな。家族を迎えに来て、何が悪い」
「正妃ではなく、側妃ですぞ」
「息子と娘もいるだろう。見つかったから、私は戻る。今日はゆっくりと休むがよい」

 レジナルドは渋々といった調子で王宮に戻っていき、小男は去り際に、侮蔑に満ちた目をこちらに向けた。許されるなら、つばでも吐きそうな顔だ。
 彼らが去ってから、レグルスはささやき声で教える。

「今のは大臣です。陛下の側近ですね。バートレイ・アドラムです。役職だけ覚えておけば、それで構いませんよ」
「分かったわ」

 レグルスはそう言うが、覚えておいたほうがいいだろう。有紗は頭の中で、何回か名前を唱える。

「では、行きましょうか。――ガイウス、後は任せたぞ」
「かしこまりました」

 ガイウスが敬礼をし、ルーエンス城の配下がいっせいに動き出す。荷物は彼らに任せ、有紗はレグルスらとともに王宮に入る。
 廊下を進むと、分かれ道でヴァネッサが口を開いた。

「私達は別に部屋がありますから、ここで失礼するわ」

 ヴァネッサは有紗の耳元でささやく。

「アリサ、くれぐれも気を抜かないで。王宮の使用人は全て敵だと思いなさい」
「分かりました」

 有紗の返事を聞くと、ヴァネッサはこくりと頷いてきびすを返す。

「お姉様、後でおうかがいしてもいいかしら?」
「もちろんですわ、ミシェーラ姫」
「ふふ。では、また」

 花がほころぶように可憐に微笑み、ミシェーラはヴァネッサの後に続く。

「アリサ、行きましょう」
「ええ」

 レグルスが左手を差し出すので、有紗は右手をのせ、エスコートを受ける。王宮といっても、建物が一つというわけではない。今、いるのは、貴族や役人が出入りできるエリアだ。謁見の間やパーティーホールなどもある。この建物を通り抜けると、屋敷がいくつか建っている。妃や王子に与えられている別宮だ。
 王が事前に命令し、レグルスの宮に有紗の部屋を準備してくれているそうだ。
 廊下を進みながら、レグルスはくすくすと笑いをこぼす。

「どうしたの?」
「妹のすることが可愛くて。おおやけにあなたと親しくすることで、王女の後ろ盾があると牽制けんせいしていったんですよ」

 あのびっくりするくらい可愛らしい笑みに、そんな意味が含まれていたとは。

「僕が守りますから、安心してください」
「ありがとう」

 有紗はにこにこと返す。
 通りすがる貴族や騎士、使用人の目は冷たいが、レグルス達が優しいおかげで、あんまり気にならなかった。
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