邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 初挑戦から二週間ほど、有紗は試行錯誤を続けていた。
 あれから、ガーエン領は少しずつ暑くなってきた。
 夏場では食中毒の危険がある魚を使うのはやめて、チーズと木の実を材料にして、風味を確かめている。
 有紗が試食できないのが厄介だ。
 味わえないのがつらいし、燻製をしていると自然と母を思い出してしまう。落ち込んだりもしたけれど、これも聖典を読むために必要な足がかりだと思い直してがんばっている。

 それから、良いこともあった。
 ミシェーラが部屋から出られるようになったのだ。
 彼女の病は治っても、寝ている間に弱った筋力まではどうしようもない。ミシェーラは壁や杖を支えにしてゆっくりとしか歩けないけれど、以前のような元気を取り戻したいと努力している。
 原因不明の難病から、奇跡の回復を果たしたミシェーラの様子に、元からいた騎士や使用人達は驚きをあらわにしている。

「ミシェーラ様は、あんなにお可愛らしい方だったのだな」
「以前、拝見した時は、痩せて枯れ枝のようだったから、健康を取り戻されて安心したよ」
「アリサ様がいらしてから、良いことばかりね!」

 それでどうして有紗を褒めるのか謎だ。実際のところ、ミシェーラを癒したのは有紗だが、闇の神子だと知られるわけにいかないので、偶然だと笑ってごまかしている。
 評判は城だけでなく、聖堂でふせっている病気の人々についても同じだ。
 有紗が毎日、少しずつ黒いもやをつまみ食いしているので、自然と彼らも病状が回復してきている。
 信心深い有紗の祈りが通じたと持ち上げる神官もいた。――その筆頭が、バルジオ司祭だったりする。
 そのおかげで病人のいる部屋に出入りしやすくなったのだが、有紗はなんとも複雑な気持ちにさせられた。聖女みたいに拝む病人が現れたせいだ。

(私はごはんを食べてるだけなのよ……)

 良心が痛むのだが、レグルスは笑うばっかりだ。

「あなたが治しているのは事実でしょう。本当に得難えがたい方ですね」

 そんなふうに言って、レグルスがにこっとするので、レグルスがうれしいならいいかな……と、有紗はついほだされてしまう。
 城下町で燻製チーズを売り始め、レグルスと有紗の評判が噂になり始めた頃、王宮から使者が来た。
 王からの使者は身分の高い者は総出で迎えるものらしく、有紗も同席している。レグルスとミシェーラだけが椅子に座り、それ以外は立っている。ミシェーラの場合は、まだ全快ではないからで、普通は立っているものらしい。

「陛下よりご伝言でございます。側妃ヴァネッサ様、ミシェーラ王女様は王宮にお戻りになるように、とのことです。それから、ミシェーラ様のご快癒と、レグルス殿下がお妃様をお迎えなさったお祝いのため、パーティーを開きたいとおおせです。皆様そろって登城いただきますように」

 有紗はレグルスを見た。
 はたして有紗がそんなパーティーに参加していいのだろうか。それに、王宮にはあの神官がいる。闇の神子だとばれる可能性が高く、近づくのは危険だ。
 そもそもの話、有紗を正式に紹介していいのかという疑問もある。
 有紗の不安を察したのか、レグルスは有紗の左手をやんわりと握った。薄い微笑みに、大丈夫と伝えてくれたみたいだ。

「彼女の国では、ごく近しい者にしか顔や髪をさらさないのだが、このままで大丈夫だろうか」

 適当にでっちあげてのレグルスの問いに、使者は数瞬迷った。

「王宮のしきたりは、私には分かりかねます」
「では妃も同行するが、王宮のしきたりにそむくようであれば、パーティーには参加できないと伝えておいてくれ」
「しかし、陛下の命ですよ?」
「つまり君は、私の妃に恥をかかせたいのか?」

 レグルスの眼光が鋭くなり、使者はあきらかに緊張を見せる。

「か、畏まりました。そのようにお伝えします」
「理解してくれてうれしい。では、下がるがいい。ロドルフ、使者に休息をとっていただけ」
「はっ」

 ロドルフはお辞儀をし、使者を案内する。

「ありがとう、レグルス」
「いいんですよ、アリサ」

 有紗が礼を言い、レグルスが優しく返す。ミシェーラが杖をついて、こちらにやって来た。

「アリサお姉様、王宮ではわたくしがついているので大丈夫ですわ! 今日から少しずつ、礼儀作法をお教えしますわね」
「ミシェーラ、ありがとう。頼りにしてるね」

 今にも転びそうなミシェーラに手を伸ばして支えると、有紗はミシェーラにもお礼を言う。するとレグルスが少し面白くなさそうに口を挟む。

「僕も頼っていいですよ」
「うん、頼りまくるからよろしくね、レグルス」

 有紗だけでなく、ミシェーラも一緒に笑う。

「もう、お兄様ったら。そうだわ、いつ出発なさいますの?」
「旅支度があるから、三日後だな。イライザ、ロドルフに指示をあおいで、しっかりと準備を頼む」

 レグルスがイライザに声をかけると、イライザは丁寧にお辞儀をする。

「かしこまりました」 

 それを合図に、その場は解散になった。使用人達は慌ただしく準備を始める。

(旅かあ。王宮も嫌だけど、困るなあ)

 料理を食べられないので、誤魔化すのが大変だ。レグルスやミシェーラにサポートをお願いするしかないだろう。
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