邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
40 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子

 6

しおりを挟む


 有紗達のやりとりは、周りを和ませたようだった。
 おかげで肩の力が抜け、皆で釣りを楽しんだ。

「よろしいですかな、こうしてえさをつけて……」

 ロドルフが教えてくれたが、木箱に入っていたのがミミズだったので、有紗は後ろに逃げた。

「ミミズ! 無理!」
「はっはっは、アリサ様、お可愛らしいですなあ」
「僕が付けますよ」

 ロドルフが笑い、レグルスが気遣って針に餌を付ける。

「お二方ふたかた、ご覧ください。そこみたいに、川にポケット状になっている場所があるでしょう? ああいう所は魚がいやすいので、あそこに釣り糸を垂らします。あとはじっと待つだけです」

 木製の釣竿は簡単な作りだ。有紗がテレビ番組で見たような、巻き取りもついていない。こんなもので釣れるのだろうかと半信半疑だったが、夕方までには小魚を一匹釣れた。レグルスはまあまあ大きな魚だ。

「すごいわ、レグルス。初めてなのに、そんなのを釣れるの?」
「たまたまですよ。ロドルフの教えが良いんです。アリサもがんばりました」

 互いにねぎらいあう一方、ロドルフは五匹も釣って、にんまりしている。騎士達の中には場所を変えて罠を設置した者もいて、なんだかんだと二十匹近い釣果ちょうかを得た。
 午前中に釣れたのものうち、いくつかは正餐の料理に化けたが、あとは川の水を入れたおけに入れて、生きたまま持ち帰ることにした。

 行楽こうらくは楽しかったが、困ったのは正餐だ。
 途中、疲れたと言ってモーナと木陰に行き、そこで軽食をとったから食べられないというていをとりつくろい、なんとか食事を回避した。
 見るからにおいしそうな焼き魚なので、有紗は我慢するのがものすごくつらかった。川魚の塩焼きが好きなのだ。しかし、今は食べれば泥のような味しかしないだろう。

 食べ物を見るのは嫌なので、騎士達の様子を眺めていた。まるで映画の世界だ。めいめいが敷物の上に座って、木皿によそわれた料理を食べる。彼らには年若い従者がいて、騎士の世話に忙しそうにしていた。
 一度は溝ができた騎士達だが、今回で少しは距離を縮められたようだ。
 無愛想なロズワルドを、ガイウスが明るく気遣っていたおかげもありそうだ。ロズワルドはガイウスとの勝負に負けたせいか、ガイウスを一目いちもく置いているらしい。

 こちらを見る目は冷たいままなので、まったくもって正直な男である。感じは悪いが、腹の内で何を考えているか分からない人よりはマシかもしれないと思うことにした。
 ルーエンス城に帰ると、午餐をとってから、使用人の後片付けが済んだ頃合いに、有紗はモーナとともに台所に向かう。台所を片付け終えたイライザが待っていた。

「さあ、まずは魚の下処理よ」
「分かりました」
「私もお手伝いしますね」

 袖をまくる有紗に、イライザはエプロンを差し出す。モーナも参加してくれた。
 エラや内臓、血あいを取って、水で綺麗に洗い流す。三人でさばいたので、十匹分の魚は三十分もかからずに、三枚おろしや開きにできた。

「あ、そうだった。ソミュール液を作らなきゃ」

 塩を直接塗りこむ方法もあるのだが、ソミュール液のほうが味がまんべんに行き渡る。ちょっと面倒くさいが、有紗はこっちが好みだ。

「塩分濃度がだいたい四パーセントから二十パーセントなんだけど、濃い目につけておけば間違いないかな?」

 有紗はぶつぶつとつぶやく。
 初夏とはいえ涼しい気候だが、この世界にはエアコンも冷蔵庫もない。食中毒が怖いので、念のためだ。

「調理器具は……、えっと、はかりは?」

 有紗は台所を見回し、重さをはかる道具だとか、決められた値のカップとか、そういったものを探した。目に入る所にはないようだ。

「はかり?」

 イライザがきょとんと繰り返し、モーナのほうを見る。モーナも困惑している。

「イライザはいつもどうやって料理をしてるの?」
「長年の経験です」
「ええと、それじゃあ、液体を売り買いする時って、ここではどうしてるのかしら」
「規格が決まった樽や桶ですよ。固体なら天秤てんびんさおばかりを使っていますね。行商人がインチキをしないように、市場では天秤を扱う専門家や役人が立ち会うことがあります」
「樽と桶か……。それより少ない場合は?」
「適当か、よく使うカップでだいたいの量を見ていますね」

 イライザはお玉やスプーン、コップを見せてくれた。
 おおよそで作るなら、これでもいいんだろう。あとは味を見ながら整えるわけだ。

「分かったわ。じゃあ、ボウルは?」
「こちらでよろしいですか?」
「鍋を置いて……。大雑把だけど、ボウル一杯の塩にたいして、水を五杯入れて、ローリエを数枚っと」

 よく混ぜてから、火にかけて沸騰させる。

(砂糖も入れたいけど、ここでは高価だからしかたないわね。お酒は……確かこのくらいの時代だと粗悪だから、やめたほうがいいかな)

 ウィスキーやワインも入れてもいいのだが、今回はやめることにした。大事なのは塩水につけることだ。
 鍋の水を冷ましている間、有紗は風呂に入って着替えることにした。汗もかかなかったが、外出したのに風呂に入らないという考えはない。

 イライザは休憩をとるようだ。有紗はモーナとともに妃の間に帰る。魚の下処理の間、使用人が準備しておいてくれた風呂に入り、さっぱりした。不思議な神子パワーのせいで、たいして汚れていないお湯を見て、モーナが残り湯を使ってもいいかと訊いてきた。
 彼女も使用人は初めてだそうだが、主人が許せば、侍女や従者は残り湯を使えるのだという。家族で同じ風呂に入るようなものだろう。あとは捨てるだけの湯なので、有紗は使うように言った。
 モーナは着替えと布を取りにいったん退室し、すぐに戻ってきて風呂を使う。
 それから使用人に風呂を片付けてもらった。

「お風呂場の整備は後回しとしても、排水溝が欲しいわよねえ。その辺に雨どいでもつけられないのかな」

 濡れた髪を適当に拭いて三つ編みにすると、きちんと髪をベールで覆った。そして、有紗は綺麗な平服姿で、さっそくレグルスの部屋に向かう。

「あなたのおっしゃりようも分かるんですがね、アリサ。排水用の雨どいを付けると、城の防御力が落ちますね」
「なんで?」

 家には雨どいがあるものだ。有紗が質問を返しても、レグルスは馬鹿にすることもなく、丁寧に答える。

「雨どいを伝って、賊が登ってきたらどうします?」
「ああ、そういうことかぁ。私の世界でも、雨どいを登って泥棒が入ることがあるって聞いたことがあるわ」
「どうしても気になるなら、奥のトイレに捨てさせればいいですよ。そのままほりに落ちます」
「そうなの!? 糞尿ふんにょうって堀に落ちるの?」

 有紗は体が作り替わったせいで、この世界に来てから排泄は一切していない。自然とトイレにも行かない。

「それで堀の水が川に流れるのよね? 衛生的にはあんまり良くないけど、そうよね、外国の山奥なんかだと、いまだにそういうトイレもあるみたいだし……」
「アリサの故郷ではどうなんですか?」
「私の国は、今では上下水道が整備されてて、下水の処理施設があるわよ。でも、そうね。江戸時代……昔なら、人糞じんぷんを肥料にしてた頃もあるわね。買い取りする業者がいたんですって。長屋ながや……ええと、集合住宅なんかだと、人が住んでいるだけでもうかるから、家賃を払えなくても空室にするよりいいってことで、次の入居者が決まるまでは目をつむって置いていてあげていたくらい」
「はあ。アリサは詳しいですね。学者なんですか?」
「大学で勉強はしてたけど、違うわよ。ただ、気になると調べたくなるだけ」

 インターネットは便利だ。それに大学図書館なら専門書を調べやすい。

「うーん、そうなのね。燻製が上手くいったら、そこのお堀で魚を養殖できないかなって思ってたんだけど、魚が糞尿を食べるのは心配よね」
「養殖ですか?」

 レグルスは驚きを見せた。
 有紗は誤解しないでと、手を振って苦笑いを浮かべる。

「って言っても、私は魚を育てたことないのよ? でも川から魚を入れて、ある程度大きくなるまで育てるくらいはできるんじゃないかなって考えていたのよ」
「なるほど。川魚を名産品にするなら、育てたほうが都合がいいですね。アイデアをありがとうございます。アリサが不安に思っている点なども合わせて、燻製の結果次第で、どんな事業にするかまとめていきましょうね」
「ありがとう、レグルス。話を聞いてくれてうれしいわ」

 有紗は考えを話すことはできても、実際にどう実現させればいいのか分からない。この国の発展具合から考えると、無理だとか突拍子もないと笑われてもおかしくないと思う。

「こちらこそ、領のことを真剣に考えてくれてありがとうございます」
「えへへ、どういたしまして。あ、私、台所に戻るんだったわ。それじゃあ……」
「僕も行ってもいいですか? 用事を終えたので」

 有紗が一言断って立ち去ろうとすると、レグルスも廊下に出た。手紙や書類のチェックがあったので、塩漬けの作業に立ち会えなかったのだ。

「いいわよ。でも、あとはソミュール液に魚を漬けるだけよ。それから最低一日は置いておかないといけないから、そうね、明後日の朝に塩抜きをしようかしら」
「時間をかけるものなんですね、興味があります」

 有紗達は台所に行き、残りの作業を終えた。
 明日は燻製の箱作りだ。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...