邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
38 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子

 4

しおりを挟む


 有紗は妃の間に戻って、樹皮紙にメモの続きを書いていた。
 書斎には有紗の机がない。レグルスの机の端を借りていると書きづらかったので戻ってきた。侍女のモーナが部屋にいないので、午餐の準備をしているんだろう。

「私達、良いコンビかも」

 有紗は羽ペンを走らせながら、自分の考えににまりとした。
 有紗が現代知識を参考にアイデアを出し、レグルスがそれをロドルフやウィリアムと話し合って、現実化する。レグルスが言うように、有紗は軍師のようなものなんだろう。
 聖典閲覧と安泰生活のためだ、協力は惜しまない。

「よし、できた」

 まずは思いついたことをメモした。順番を間違えているところや足りないところがあるので、訂正したメモを作ってから、別紙に清書する。
 清書したメモを読み返していると、部屋の扉をノックする音がした。訪問者はヴァネッサだ。

「どうしたんですか、ヴァネッサさん」
「明日、魚釣りに行くと聞いて、お願いがあるの。ミシェーラに精を付けさせたいから、一匹分けてくれないかしら」

 お願いと聞いて身構えたが、そういうことならまったく問題ない。有紗は気軽にうけおう。

「構いませんけど、明日次第ですよ。釣れないかも」

 するとヴァネッサが色っぽくウィンクをする。

「大丈夫よ、男達がはりきるでしょうから。あなたは侍女と一緒に、おだてて応援してあげればいいの。それでばっちりよ」
「私も釣りたいんです」
「ふふ、それも楽しそうね。でも、大物が釣れても、威張っては駄目よ。男ってすぐにすねるんだから。特に騎士なんて、プライドは山みたいに高いわ」
「あー、確かに。ロドルフさんとか、すねそうですね」
「でしょう?」

 子どもっぽく背を向けるところまで想像できる。
 有紗が笑みをこぼすと、ヴァネッサもくすくすと笑う。それから、ヴァネッサは有紗の手元に目をとめた。

「あら、それってアリサの国の文字? 丸かったり四角だったり、不思議な字ね。私は字を書けないけれど、この国の字とは全然違うことは分かるわ」

 丸っぽいのは平仮名で、四角いのは漢字のことだろうか。

「あ、そっか。私の文字を読めないんでしたね、忘れてた……」
「ミシェーラに代筆してもらったら? 部屋からはまだ出られないけど、することがなくて退屈してるのよ」
「そういうことなら、お願いしてみます」

 善は急げと、筆記具をまとめる。そのままミシェーラに頼むと、喜んで引き受けてくれた。そしてヴァネッサに問いかける。

「お母様、私、元気になったら王宮に戻らねばなりませんの? こんなふうに、アリサお姉様のお手伝いをしたいわ」
「それは私ではなく、あなたのお父上が決めることよ。誠心誠意、頼み込んでみなさい」
「はーい」

 ミシェーラは分かりやすくふてくされる。

「そんなにお父さんは融通がきかないの?」
「ええ、頑固ですわ。その辺りはお兄様とそっくりですわね」
「レグルスと似てるなら、優しいから大丈夫よ」

 有紗がなだめると、ミシェーラは希望が見えたようで、機嫌が直った。有紗の話すことを、すらすらと樹皮紙にまとめていく。

「ここの文字は分からないけど、綺麗な字ね」

 アルファベットのような、全く違うような不思議な文字だが、ペンを走らせると単語を続けて書けるみたいだ。アルファベットの筆記体みたいなものだろうか。
 ミシェーラがにまっと笑う。

「お姉様、こちらを真似して書いてみて。簡単な文字よ」

 新しい樹皮紙に、ミシェーラが単語を書く。有紗はそれを見本にして、たどたどしく単語を書いた。

「こう?」
「ええ、そうよ。可愛い字。子どものらくがきみたい」
「そりゃあ、書いたことがないし……」
「あ、馬鹿にしたのではなくて、ただ可愛いと思っただけなの。これを見せれば、お兄様が喜びますわ」
「なんでレグルスが喜ぶの? これ、どういう意味?」
「見せてのお楽しみですわ」

 ミシェーラはにこにこと笑って、意味を教えてくれない。ヴァネッサがミシェーラをたしなめる。

「こら、ミシェーラ。アリサをからかうんじゃありません」
「だって、お兄様とお姉様を見ているとじれったいんですもの。ねね、お姉様。見せるだけでよろしいですから。意味はお兄様に訊いてくださいな」
「悪口じゃないよね?」

 有紗が確認すると、ミシェーラは首を振った。

「違いますわ」
「それならいいけど」

 ミシェーラの悪戯っぽい顔が気になるが、兄を慕っているミシェーラだ。悪いことではないだろう。それから燻製についての説明を書き終えると、ミシェーラは有紗に紙束と筆記具を押し付けて、部屋の外に誘導する。

「さあさあ、すぐにお兄様のもとへ行ってくださいませ!」
「いったいなんなの、ミシェーラってば」

 訳が分からない。有紗は首をひねるが、ミシェーラは手を振って扉を閉めてしまった。謎の態度をいぶかりつつ、有紗は二階のほうへ歩き出す。どうせこの樹皮紙を渡す予定だから、レグルスに会う。ついでに渡そう。
 二階の書斎に行くと、すでにレグルスは退室していた。そちらを訪ねると、レグルスは長椅子で本を読んでいた。午餐のための身支度に戻ったとウィリアムが言っていたが、すでに終えていたらしい。
 改めて見ると、城館ではレグルスの部屋が最も広い。妃の間よりも窓が多いので明るい。空はオレンジ色に染まり始め、時折、風が吹き込んでくる。

「アリサ、そろそろ喉が渇く頃ではないかと思っていました」

 隣に座るようにと手招かれ、有紗は遠慮なくそちらに向かう。

「それもあるけど、先にこっちね。ミシェーラに書いてもらったの。これが燻製についてで……」
「なるほど、文字だと分かりやすいですね」

 じっと樹皮紙を見下ろすレグルスの前に、有紗はメモを差し出す。

「あと、これも」
「え」

 何故かレグルスが石のように動きを止めた。

「ミシェーラが、レグルスに見せるようにって。意味も教えてもらえって言ってたわ」

 有紗がそう言うと、レグルスは顔を手で覆ってうつむいた。

「……そういうことか、ミシェーラめ」

 うめくように呟くレグルスの耳が赤い。

「どうしたの? そんなにひどい言葉?」
「いいえ……。いえ、ひどいですね」
「どっち?」
「喜んだのに、直後に穴に蹴落とされた気分です」
「何それ、どういう言葉なの、これ!」

 ミシェーラだから大丈夫だろうと思ったが、有紗の考えが甘かったのだろうか。おろおろとしていると、レグルスが噴き出した。

「そんなに気にしなくていいですよ。ミシェーラのことは、後で叱っておきます。これはいただいても?」
「え? 欲しいの?」
「この国の文字を書いたのは、初めてでしょう? 記念にとっておきますね」
「あ、そういうこと。構わないけど、なんだか恥ずかしいわね。それで、意味は?」
「今度、教えます」

 なんで後回しにするんだろう。有紗には不思議でならないが、レグルスは静かに微笑んでいる。

(あ、がんとしても言わない顔だわ、これ)

 レグルスは優しいが、ときどき頑固だ。有紗が折れることにした。

「そのうち話してくれるなら、いいわ」
「ええ」

 レグルスはメモを手に取って立ち上がると、チェストの上に置いてあった綺麗な木箱にメモを入れた。

(宝箱に入れるようなものかなあ?)

 戸惑いを隠せない有紗だが、レグルスがこの話は終わったという態度なので、深く問いつめるのはやめておくことにした。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

訳ありな家庭教師と公爵の執着

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷  ※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)からHOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。 ※断罪回に残酷な描写がある為、苦手な方はご注意下さい。 ※只今、不定期更新中📝

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...