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第一部 邪神の神子と不遇な王子
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しおりを挟む広場の人々には、一体感ができていた。
ガイウスの試合に参加した騎士は、互いの武芸の腕を称えあい、見ていた使用人達は、門番から団長へ成り上がった鮮やかな一幕に胸をおどらせていた。
「ガイウス殿はケインズ子爵家の四男だそうだぞ」
「元々近衛騎士だったというじゃないか」
「最近、怪我が良くなられたそうだよ」
聖堂の治療の腕がいいらしいぞと噂しながら、ガイウスのレグルスと有紗を慕う態度に、使用人達はざわめく。
「勝ったというのに、まったくひけらかす様子はないし、むしろ一つずつ技を褒めているぞ。ロズワルド様とは大違いだ」
「あの方は部下に怒鳴ってばかりだったからな」
「お妃様がいらしてから、良いことばかりだ」
「いや、殿下の徳が素晴らしいんだよ」
彼らが楽しげに話し合うのを、有紗は聞いていないふりをしながら聞いている。
(ガイウスさんのお陰で、まるっと良い感じに持っていけたわ。ラッキー)
レグルスの評判が上がるのは、有紗としては嬉しい。
「いやあ、やっぱりお妃様だよ。賢妻を持つと、男は変わるからな」
「高貴な方なんだろう? お顔を拝見できないのが残念だ」
のほほんとしていたら、噂が不思議なほうに流れていくのに気付いた。ひそかに焦っている有紗に、レグルスが声をかける。
「アリサ、聖堂に行きましょうか。もう日暮れですが」
そういえば試合の後に出かけようという約束だった。
「ありがとう」
レグルスが左手を差し出すので、有紗は自然と掴まって椅子を立つ。ちょっとお腹が空いてきたから、この気遣いはうれしい。
「殿下、お妃様、付き添います!」
すぐさまガイウスが駆け寄ってくるので、レグルスが体調を問う。
「しかし、こんな試合の後だ、疲れているだろう?」
「まだまだ元気です!」
ガイウスの声に、周りはどよめき、騎士達はこれはかなわないと笑い出す。レグルスはふっと笑った。
「では、代理の者を門番に付けて、ガイウスに同行してもらおう」
「殿下、お妃様、私も参ります! こんな野蛮な方と一緒にいたら、お妃様に野蛮さがうつりそうで心配ですっ」
モーナの主張に、ガイウスがしかめ面をする。
「失礼だぞ、モーナ。お前が戦いのにおいを嫌うのは、しかたないとは思うが……」
結局、苦い顔になって、ガイウスは言葉を切る。ガイウスもモーナの事情を知っているようだ。だがこのモーナの激しい調子では、いつかガイウスと溝ができそうで、有紗はすでにハラハラしている。
有紗の不安を感じ取ったのか、レグルスがモーナをなだめた。
「モーナ、確かに騎士は争い事にも参加するし、態度の悪い者もいるだろう。しかし、騎士の本分は守ることだ。お前の村を襲った賊は奪う者だ。この違いを分かっていないといけない」
「殿下……」
「騎士は礼節を求められる。もし騎士道からそれるようなら、笑い物になる。ガイウスは盗賊にはなったことはないし、門番の仕事でも真面目にこなしていた。誰も悪く言わないのだから、人となりは充分に分かるだろう?」
「……大変失礼しました」
モーナはしおしおとうなだれて、その場に膝をついてガイウスに謝る。
「分かってくれたらいいから、そんな真似をしないでくれ。女性に恥をかかせるなんてとんでもない」
ガイウスのほうが慌てて、モーナの手を貸して立ち上がらせる。しょんぼりしているモーナに、有紗は話しかけた。
「モーナ、あなたも聖堂に行きましょ」
「ガイウス様が許してくださるなら」
「もちろんだ。モーナは信仰熱心だから、神様も楽しみにされてるはずだ」
ガイウスのとりなしに、モーナの顔が少し緩む。
「お妃様も精が出ますな。ほぼ毎日のように聖堂に参られておいでです」
ガイウスはどこか白々しく、そんなふうに褒めた。有紗が聖堂に行く理由を知っているはずなのに、どうしてこんなことを言うのだろう。不思議に思って見上げると、周りがまた噂を始めたのに気付く。
「賢妻であるだけでなく、信心深いのか」
「ご立派なかただな」
――ちょっと、妙な見方を植え付けないでくれませんかね!
「ガイウスさん?」
引きつりそうになるのを我慢して、にこりと問いかけると、ガイウスは肩をすくめる。
「俺は、嘘は申しておりませんよ」
確かに嘘は言っていない。有紗はほぼ毎日のように聖堂に行く。だが、信心深いのではなく、ごはんのためだ。
「アリサ、都合のいい勘違いはそのままにしておきましょう。モーナ、出かける前に、ランプを持ってきてくれ。帰りには道が暗くなりそうだ」
「殿下、こちらをお使いください」
レグルスはモーナに言い付けたが、そのタイミングでイライザがランプを差し出した。
「えっ、なんで?」
驚いたのは有紗のほうだ。さっきまで、イライザは椅子を片付けていた気がする。
「何故とおっしゃられましても……。主人がご不便のないように働くのが、使用人の勤めです」
イライザにとってはごく当たり前のことらしい。
気が利くことを自然にする彼女は、女官長に昇格するだけあるんだろう。
「イライザ様! 私、がんばります!」
「がんばるのはいいのですが、モーナ。先手を打てばいいというものでもないんですよ。いつもそう動くわけではありませんし、予測しすぎるとコントロールされていると感じられて、不快な思いをさせることもありますから。あまり気を詰めすぎないように」
イライザの注意に、モーナは真剣な顔をしている。イライザは穏やかで優しそうな上、思慮深いタイプのようだ。
「良い人ばっかりだね。なんで噂の嫌な人が、前の女官長だったの?」
ロドルフが嫌っていたのを見るに、前からこの城にいたようには思えない。
「彼女も王宮から選ばれた女官です。王の命令には逆らえませんから、嫌々、こちらに来たんでしょう。こちらを辞めさせた代わりに、王宮に戻れるようにしておきましたよ。一応、下級貴族の出ですから」
レグルスの説明は分かりやすい。仮にも王族に仕えるのだから、貴族の出の女官や騎士をあてがわれたわけだ。
「なんか、レグルスのお父さんもかわいそうね。息子を気遣ったのに、あんなのばっかで」
有紗のぼやきに、ガイウスが口を挟む。
「それでも、ロズワルドやあの侍女みたいに、あんなあからさまなのも珍しいですよね。田舎にお住まいといっても、殿下は王族でいらっしゃる。もし苛烈な方なら、無礼を理由に斬り殺されてもおかしくない」
「ええっ、そんなことして大丈夫なの?」
「まさか。少なくとも、お人柄は最悪だという噂にはなりますよね。陛下に見放されれば、王子の位も危うくなります。ですが余程のことでもないと、王家の方は罰せられませんよ」
「それじゃあ、どうやって止めるの?」
気にする有紗に、レグルスが神妙に答える。
「歴史書に書かれる」
「え?」
「そう言えば、だいたいは反省しますよ。ただ、問題もあって」
「何?」
「どんな悪評でも、無名よりマシ」
「……政治家っぽい」
そんな感じなのか、この国のご時世は。とにかく評判が大事らしい。
「それなら、レグルス。レグルスは良い評判で本に書いてもらえるように、一緒にがんばろうね!」
「はい、そうしましょう」
有紗とレグルスが頷きあっていると、モーナが感激といった様子で呟く。
「はわ~、お傍でこんなやりとりを見られて、胸がいっぱいです。幸せ……。できればずっと見守っていたいですわ」
「なんでまだご結婚されてないんだ?」
不思議そうに零して、ガイウスはこちらから目をそらす。そして、咳払いをした。
「ええ~、ごほんっ。そろそろ参りませんと、帰りが遅くなりますよ。午餐も遅くなります」
ガイウスに促され、有紗達は門のほうへ歩きだす。
その時、ドドッと馬の走る音がして、ガランガランと鈴の鳴る音がした。
「伝令、伝令ー!」
鈴と旗を付けた馬が門から飛び込んできた。騎士は広場ですぐに馬を止め、レグルスのほうへ駆け寄ってきた。
「大変です、殿下! 領境にある村で、ロズワルド殿達が暴れているそうです!」
その報告に、和やかな空気が一気に消し飛んだ。
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