上 下
31 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子

 11

しおりを挟む


 広場の人々には、一体感ができていた。
 ガイウスの試合に参加した騎士は、互いの武芸の腕をたたえあい、見ていた使用人達は、門番から団長へ成り上がった鮮やかな一幕に胸をおどらせていた。

「ガイウス殿はケインズ子爵家の四男だそうだぞ」
「元々近衛騎士だったというじゃないか」
「最近、怪我が良くなられたそうだよ」

 聖堂の治療の腕がいいらしいぞと噂しながら、ガイウスのレグルスと有紗を慕う態度に、使用人達はざわめく。

「勝ったというのに、まったくひけらかす様子はないし、むしろ一つずつ技を褒めているぞ。ロズワルド様とは大違いだ」
「あの方は部下に怒鳴ってばかりだったからな」
「お妃様がいらしてから、良いことばかりだ」
「いや、殿下の徳が素晴らしいんだよ」

 彼らが楽しげに話し合うのを、有紗は聞いていないふりをしながら聞いている。

(ガイウスさんのお陰で、まるっと良い感じに持っていけたわ。ラッキー)

 レグルスの評判が上がるのは、有紗としては嬉しい。

「いやあ、やっぱりお妃様だよ。賢妻けんさいを持つと、男は変わるからな」
「高貴な方なんだろう? お顔を拝見できないのが残念だ」

 のほほんとしていたら、噂が不思議なほうに流れていくのに気付いた。ひそかに焦っている有紗に、レグルスが声をかける。

「アリサ、聖堂に行きましょうか。もう日暮れですが」

 そういえば試合の後に出かけようという約束だった。

「ありがとう」

 レグルスが左手を差し出すので、有紗は自然と掴まって椅子を立つ。ちょっとお腹が空いてきたから、この気遣いはうれしい。

「殿下、お妃様、付き添います!」

 すぐさまガイウスが駆け寄ってくるので、レグルスが体調を問う。

「しかし、こんな試合の後だ、疲れているだろう?」
「まだまだ元気です!」

 ガイウスの声に、周りはどよめき、騎士達はこれはかなわないと笑い出す。レグルスはふっと笑った。

「では、代理の者を門番に付けて、ガイウスに同行してもらおう」
「殿下、お妃様、私も参ります! こんな野蛮な方と一緒にいたら、お妃様に野蛮さがうつりそうで心配ですっ」

 モーナの主張に、ガイウスがしかめ面をする。

「失礼だぞ、モーナ。お前が戦いのにおいを嫌うのは、しかたないとは思うが……」

 結局、苦い顔になって、ガイウスは言葉を切る。ガイウスもモーナの事情を知っているようだ。だがこのモーナの激しい調子では、いつかガイウスと溝ができそうで、有紗はすでにハラハラしている。
 有紗の不安を感じ取ったのか、レグルスがモーナをなだめた。

「モーナ、確かに騎士は争い事にも参加するし、態度の悪い者もいるだろう。しかし、騎士の本分ほんぶんは守ることだ。お前の村を襲った賊は奪う者だ。この違いを分かっていないといけない」

「殿下……」

「騎士は礼節を求められる。もし騎士道からそれるようなら、笑い物になる。ガイウスは盗賊にはなったことはないし、門番の仕事でも真面目にこなしていた。誰も悪く言わないのだから、人となりは充分に分かるだろう?」
「……大変失礼しました」

 モーナはしおしおとうなだれて、その場に膝をついてガイウスに謝る。

「分かってくれたらいいから、そんな真似をしないでくれ。女性に恥をかかせるなんてとんでもない」

 ガイウスのほうが慌てて、モーナの手を貸して立ち上がらせる。しょんぼりしているモーナに、有紗は話しかけた。

「モーナ、あなたも聖堂に行きましょ」
「ガイウス様が許してくださるなら」
「もちろんだ。モーナは信仰熱心だから、神様も楽しみにされてるはずだ」

 ガイウスのとりなしに、モーナの顔が少し緩む。

「お妃様も精が出ますな。ほぼ毎日のように聖堂に参られておいでです」

 ガイウスはどこか白々しく、そんなふうに褒めた。有紗が聖堂に行く理由を知っているはずなのに、どうしてこんなことを言うのだろう。不思議に思って見上げると、周りがまた噂を始めたのに気付く。

「賢妻であるだけでなく、信心深いのか」
「ご立派なかただな」

 ――ちょっと、妙な見方を植え付けないでくれませんかね!

「ガイウスさん?」

 引きつりそうになるのを我慢して、にこりと問いかけると、ガイウスは肩をすくめる。

「俺は、嘘は申しておりませんよ」

 確かに嘘は言っていない。有紗はほぼ毎日のように聖堂に行く。だが、信心深いのではなく、ごはんのためだ。

「アリサ、都合のいい勘違いはそのままにしておきましょう。モーナ、出かける前に、ランプを持ってきてくれ。帰りには道が暗くなりそうだ」
「殿下、こちらをお使いください」

 レグルスはモーナに言い付けたが、そのタイミングでイライザがランプを差し出した。

「えっ、なんで?」

 驚いたのは有紗のほうだ。さっきまで、イライザは椅子を片付けていた気がする。

「何故とおっしゃられましても……。主人がご不便のないように働くのが、使用人の勤めです」

 イライザにとってはごく当たり前のことらしい。
 気が利くことを自然にする彼女は、女官長に昇格するだけあるんだろう。

「イライザ様! 私、がんばります!」
「がんばるのはいいのですが、モーナ。先手を打てばいいというものでもないんですよ。いつもそう動くわけではありませんし、予測しすぎるとコントロールされていると感じられて、不快な思いをさせることもありますから。あまり気を詰めすぎないように」

 イライザの注意に、モーナは真剣な顔をしている。イライザは穏やかで優しそうな上、思慮深いタイプのようだ。

「良い人ばっかりだね。なんで噂の嫌な人が、前の女官長だったの?」

 ロドルフが嫌っていたのを見るに、前からこの城にいたようには思えない。

「彼女も王宮から選ばれた女官です。王の命令には逆らえませんから、嫌々、こちらに来たんでしょう。こちらを辞めさせた代わりに、王宮に戻れるようにしておきましたよ。一応、下級貴族の出ですから」

 レグルスの説明は分かりやすい。仮にも王族に仕えるのだから、貴族の出の女官や騎士をあてがわれたわけだ。

「なんか、レグルスのお父さんもかわいそうね。息子を気遣ったのに、あんなのばっかで」

 有紗のぼやきに、ガイウスが口を挟む。

「それでも、ロズワルドやあの侍女みたいに、あんなあからさまなのも珍しいですよね。田舎にお住まいといっても、殿下は王族でいらっしゃる。もし苛烈かれつな方なら、無礼を理由に斬り殺されてもおかしくない」

「ええっ、そんなことして大丈夫なの?」

「まさか。少なくとも、お人柄は最悪だという噂にはなりますよね。陛下に見放されれば、王子の位も危うくなります。ですが余程のことでもないと、王家の方は罰せられませんよ」
「それじゃあ、どうやって止めるの?」

 気にする有紗に、レグルスが神妙に答える。

「歴史書に書かれる」
「え?」
「そう言えば、だいたいは反省しますよ。ただ、問題もあって」
「何?」
「どんな悪評でも、無名むめいよりマシ」
「……政治家っぽい」

 そんな感じなのか、この国のご時世は。とにかく評判が大事らしい。

「それなら、レグルス。レグルスは良い評判で本に書いてもらえるように、一緒にがんばろうね!」
「はい、そうしましょう」

 有紗とレグルスが頷きあっていると、モーナが感激といった様子で呟く。

「はわ~、お傍でこんなやりとりを見られて、胸がいっぱいです。幸せ……。できればずっと見守っていたいですわ」
「なんでまだご結婚されてないんだ?」

 不思議そうに零して、ガイウスはこちらから目をそらす。そして、せき払いをした。

「ええ~、ごほんっ。そろそろ参りませんと、帰りが遅くなりますよ。午餐も遅くなります」

 ガイウスに促され、有紗達は門のほうへ歩きだす。
 その時、ドドッと馬の走る音がして、ガランガランと鈴の鳴る音がした。

伝令でんれい、伝令ー!」

 鈴と旗を付けた馬が門から飛び込んできた。騎士は広場ですぐに馬を止め、レグルスのほうへ駆け寄ってきた。

「大変です、殿下! 領境にある村で、ロズワルド殿達が暴れているそうです!」

 その報告に、和やかな空気が一気に消し飛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...