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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 一階に下りて、玄関から外に出ると、城館と門の間のちょっとした広場で、すでに試合が始まっていた。
 剣での試合のようで、激しい金属音が響いている。その時、くすんだ金髪の大柄な男が、向かい合っていた相手を剣で振り払う。その腕力にふっとばされて、鎖帷子を身に着けている騎士は地面に転がった。

「そこまで! 勝者、ガイウス・ケインズ!」

 ロドルフが判定をすると、相手は悔しそうにしながら立ち上がり、脇へと移動する。観客が輪のように取り囲んでいて、そこから代わりに違う騎士が出てきた。
 そこでロドルフがこちらに気付いた。

「殿下、すでに始めておりますぞ! 悠長にしておりますと、日が暮れますからな。あと十九人です」
「ええっ、二十人も勝ち抜きするの? それはさすがに疲れるし、不利なんじゃない?」
「アリサ様、戦ではそんな泣き言は通用しませんぞ。団長となるなら、それくらい豪胆であるのが望ましい! くーっ、わしも槍を振り回したい!」

 ヒートアップしているロドルフに、くすんだ金髪の男が声をかける。

「ロドルフ様のお相手は勘弁してください。戦にて勇猛で名をあげたあなたにはまだ敵いませんよ」
「ロドルフさんって強いんだ?」
「わしは陛下がお若い頃からお仕えして、戦で名を上げ、この領地をたまわった身ですぞ。最近は平和ですし、戦いからは引退した身ですがな」
「へ~! それで、その格好いい人は誰?」

 有紗の問いに、ロドルフは呆れた顔をする。

「誰って、ガイウス・ケインズでしょうが」
「ええ!? だって、前は無精ぶしょうひげが生えてて、世の中をはすに見た感じの、ちょっとアウトローなお兄さんだったじゃないの」

 有紗は驚きをあらわにする。
 無精ひげをそり、髪を整え、服装も身綺麗にして、鎖帷子くさりかたびらなどの防具を身に着けたガイウスは、ちょっと野性味のあるイケメンといった雰囲気だ。

「こっちのほうが断然格好いいよー! モテまくるんじゃないの?」
「あのぅ、お褒めいただき大変恐縮なのですが、お妃様。俺の身が危うくなるので、どうかそれ以上はおひかえください」
「え? なんの話?」

 大きな体を気まずそうに小さくして、ガイウスが申し訳なさそうに切り出すが、有紗はなんのことだか分からない。

「ね、レグルス。前よりずっといいよね?」
「……アリサはああいう方が好きなんですか?」
「身綺麗な人のほうが好きだよ。無精ひげはないよねー。あ、でも、レグルスはきっとイケオジになるから、ちょっとひげがあると格好いいかも!」
「いけおじ、ですか?」
「格好いいおじさんって意味。もちろん今も格好いいけど、歳をとっても素敵なんだろうな」
「アリサもきっと可愛らしいままなんでしょうね」
「そうなったらいいよね」

 可愛いおばあちゃんには憧れる。うんうんと頷いていると、ガイウスが赤面して顔を手で覆っている。

「あの……当てられますので、どうかお控えください」
「だから、さっきからなんの話?」

 いったいどうしたと思っていると、モーナがやって来た。

「アリサ様、試合を見学なさっておいでとか。野蛮やばんです! 危ないです! お下がりくださいませ!」
「失礼だぞ、モーナ。剣や人を、お守りする御身おんみのほうへ飛ばしたりするものか」
「信用なりませんわ!」

 モーナはすぐに言い返す。そういえば、ガイウスは休みのたびに聖堂で神様に愚痴を言っていたのだから、モーナとも顔見知りのはずだ。しかしそれよりも、有紗には気になることがあった。

「え、人を飛ばすって辺りには何も言わないの?」
「さっき、吹っ飛ばしてましたよ。しかし剣が飛ぶと危険ですね。ロドルフ、周りを囲んでいると危ないから、列を整理させろ」

 レグルスが命じると、ロドルフは人々を城館側に集めて、それ以外はあけた。

「殿下、お妃様、どうぞこちらへ。椅子をご用意しました」

 女官長のイライザが、食堂から椅子を運んできてくれた。

「ありがとう、イライザ」
「気が利くな」

 ちょうど真ん中辺り、よく見える位置に座ると、傍にモーナとイライザ、ウィリアムが付き添う。それを見て、騎士も周りを固めた。

「大丈夫よ、モーナ。見てよ、頼もしい騎士さんがいっぱいいるじゃないの。剣が飛んできても、カーンとはたき落としてくれるって!」
「そうですかぁ?」

 有紗はモーナをなだめただけだが、何故か周りの騎士が張りきり始めた。

「お任せください、お妃様!」
「殿下とお妃様の護衛は我らの仕事!」

 なんで急にむさ苦しくなるんだと、有紗は彼らにビビって、レグルスのほうに身を寄せる。

「大丈夫ですよ、私がいますから。飛んできた剣を落とすくらいはできます」
「それはすごいわね」

 自分で言ってみたものの、想像するとなかなか大変な動きに思える。

「ですから、飛ばしませんってば!」

 ガイウスだけは気に入らない様子だ。

「ガイウス・ケインズ、次を始めるぞ。ほら、位置に付かぬか」

 ロドルフにどやされて、ガイウスは渋々広場の中央に戻る。そして、次の騎士と向かい合った。
 その瞬間、すっと空気が鋭くなり、戦士の顔になる。十も打ち合わずに、また相手を吹っ飛ばす。
 そんな調子で、ガイウスは面白いように対戦相手を吹っ飛ばし、剣を弾き、剣先を突きつけて降参させ、二時間くらいで二十人を全員叩きのめしてしまった。さすがに連戦で疲れているようだが、最初は馬鹿にされたと感じて反発心を持っていた騎士達の顔が、最後にはガイウスの勇姿を称えるものになり、全員を負かすと、拍手と歓声が沸き起こった。

「わぁ、すごいすごい! ガイウスさん、強すぎ! 足が治ったばかりなのに、なんで!?」

 拍手しながら有紗が騒ぐと、ガイウスはこちらにやって来た。

「そりゃあ、鍛錬たんれんは続けていましたからね。怪我のせいで長時間は動けませんでしたが、今までも短時間なら戦えたんですよ? 三日は走り込みや足への調整をしていました」

 そう説明すると、ガイウスはレグルスの前に片膝をついた。

「殿下、お約束通り、全員を叩きのめしました。俺の実力を認めていただけるなら、どうか団長にして、あなたがたへの忠誠を成し遂げさせてください」

 神妙に頭を垂れるガイウスは、まさに騎士のかがみといった雰囲気だ。皆が固唾かたずを飲んで見守る中、レグルスは周りに問う。

「私はガイウスが護衛師団の団長にふさわしいと感じたが、皆はどうだろうか。反対の者は?」

 その問いに答える者は、誰もいない。

「では、満場まんじょう一致で決まりだ」

 レグルスは立ち上がり、腰の長剣を抜いて、その剣の腹をガイウスの肩にのせる。

「ガイウス・ケインズ。お前を私――レグルス・ルチリアの護衛師団団長に任じる。忠誠・武勇・礼節を示し、他の者の模範となるように願う。六神の加護があるよう祈っている」
「は。謹んで拝命はいめいいたします」

 ガイウスが答えると、その場にわっと拍手が起こった。
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