26 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子
6
しおりを挟む妃の間に戻ってみると、女性が床にはいつくばるようにして、石床をたわしで一心不乱に磨いている。茶色のワンピースの上に、白いエプロンを付け、麻の頭巾で頭を覆っている彼女には見覚えがあった。
濡れている所を踏まないように気を付けて、アリサは女性に歩み寄る。
「モーナさん? まさか、侍女って……」
モーナは掃除道具を置いて、エプロンで手を拭いてから有紗にお辞儀をした。
「はい、実は司祭様から、推薦されまして」
「推薦?」
「ええ、司祭様はおっしゃいました。『秘密を知る者は少ないほうがいい。聖堂で働くのもいいが、神様にお仕えするのと、神様がおつかわしくださった神子様にお仕えするのは同じこと。助けになって差し上げなさい』……と」
なんでまた、バルジオは有紗に味方するのだろうか。バルジオの真意が分からず、有紗は黙り込んで不思議に思う。有紗の疑問を読み取ったのか、モーナが付け足した。
「それから、『神子様が不当に扱われていたら、守ってあげなさい』とも」
「あの方は神官ですから、神子を無条件で助けるのは当然ですね」
レグルスがわずかな苦笑とともに言った。
「えっと……レグルスが嫌な気分になるなら……」
神殿が堂々と傍で見張る宣言をしているのだ、レグルスには不快だろう。気にする有紗に、レグルスは平然と返す。
「アリサが良いなら構いませんよ」
「いいの?」
「僕がアリサを不当に扱うことなど、絶対にありえませんから」
不愉快そうにするどころか、レグルスはきっぱり断言してのけた。
「もし窮屈な思いをさせるとしたら、安全面での口出しくらいです。その程度なら、僕が言う前に、モーナが止めるでしょう」
「殿下、信じております」
モーナは微笑みとともに言い、じっと有紗の答えを待っている。レグルスが良いなら、有紗が断る理由はない。モーナは感じが良いから、仲良くやれそうだ。
「よろしくお願いします、モーナさん」
有紗はモーナを受け入れた。すると、モーナは深々と頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございます。私は家事くらいしか取り柄がありませんので、女官長様から教えを受けながらがんばります。しばらく至らない点もあると思いますが……」
モーナはちらりとレグルスを見た。不安そうだ。
「誰にでも、初めてはある。これからがんばってくれればそれでいい。女官長のイライザは優しいから、そう心配しなくても大丈夫だ。とりあえず、お前の一番の仕事は、アリサの安全を気にすることだ。アリサはここの常識にうといから、よく注意してくれ」
「例えばどんなことです?」
「この間、アリサを嫌う騎士が押しかけた時に、自分から鍵を開けて出てきた」
「えええっ」
モーナはあんぐりと口を開けて有紗を見て、それから両手で口を覆う。
「そんな危ないことを? 分かりました、気を付けます。出歩く時も、お傍を離れません!」
「その調子で頼む」
有紗が傍観しているうちに、二人の間で話がまとまってしまった。
「何よ、同じことはしないって言ってるのに!」
てんで信用されていなくて、有紗は頬を膨らませる。レグルスはそんな有紗をまじまじと眺める。
「アリサ」
「何?」
「そんな可愛らしい仕草をしても、こればかりは譲りませんからね」
「なっ」
――可愛らしい仕草!?
思わぬ返り討ちに、有紗は顔を赤くして動揺する。
「ちょっとレグルス! そういうのは卑怯よ!」
ぐぬぬ。照れて、顔から熱が引かない。有紗はくるっとレグルスに背を向ける。
「わ、分かったわよ。モーナさんに教わるし、気を付ける」
「よろしくお願いします」
上手く丸めこまれた気がしたが、レグルスは政務の続きがあるからと、妃の間を出て行った。
「仲がよろしくて、微笑ましいですわ」
モーナはにこにこしている。
そういえば、モーナは侍女になるのだから教えておかなくては。有紗はモーナにひそひそと話しかける。
「あのね、モーナさん」
「モーナと呼び捨てに。私は使用人ですから、立場があります」
「ええとモーナ、これはそういうふりなのよ」
「ふり?」
僅かに首を傾げるモーナ。有紗は頷いた。
「私はレグルスの妃候補っていう設定なのよ」
「ふふっ、面白いご冗談ですね。お二人の仲は、見ていれば分かりますわ」
モーナは有紗の言葉を笑った。
「確かに初日なので緊張はしておりますが、お気遣いいただかなくて大丈夫ですよ。アリサ様、書斎に参られますか?」
「え? うん、行く」
「ではお送りしますわね。ほとんどレグルス様と一緒に過ごされたいようだと、ロドルフ様からお伺いしております。私、当てられそうですわ」
ちょっぴり頬を赤らめて、モーナは照れている。
「いや、だから、そういう設定……」
「恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ」
有紗の話をまったく聞かず、微笑ましそうにモーナは言って、有紗を書斎まで送ってくれた。
――ちょっとは話を聞いて!
20
お気に入りに追加
961
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる