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第一部 邪神の神子と不遇な王子
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しおりを挟む朝食後、部屋でレグルスに血を飲ませてもらった。
今回は指を針で刺して出た、血を一滴程度だ。それだけで渇きがいえたので、有紗はほっとした。毎回、血が大量に必要なんてことになったら、吸血鬼みたいで落ち込んだだろう。
それから、城の裏――使用人達のいるエリアにレグルスと行ってみることにした。生活改善のために見ておきたかったのだ。
砦というだけあって、主の生活スペースである二階へ続く階段には、遠回りをしないと近づけないようになっている。
一階の半分は広間がしめているのだが、広間を通り抜けて、謁見用の椅子に近い辺りの扉から廊下へと入らないといけない。階段前を通り過ぎると、護衛と召使いの待機室、倉庫があり、奥まった場所にヴァネッサやミシェーラの部屋がある。
そうして考えてみると、ミシェーラ達とは暖炉の配置こそ同じでも、主人の部屋と妃の間のほうが二倍は広い。
とにかく防衛のために出入りしづらい造りになっているので、裏口に行こうと思うと、広間を出て、玄関から廊下に入って回り込むしかない。
「面倒くさいわね」
「しかたありませんよ。アークライト王国と我が国は、互いに人質を出しあうことで、今は落ち着いています。しかし、戦はいつ起きるか分かりませんから」
思わず文句を零す有紗に、レグルスがやんわりと取り成す。
それから裏に出てみると、小さな村みたいに民家が集まっている。台所なのか、屋根だけあって煮炊き用の竃や石窯がある場所もあるが、それ以外は平屋の石造りの家だ。小さいながら畑もあり、馬のいる厩舎もあるそうだ。
中央部に井戸があり、その傍で洗ってから、近くの物干し場で洗濯物を干しているようだ。シーツや衣服が風に揺れている。
「結構、人が少ないのね」
「素行の悪い者が多かったせいですよ」
「ロドルフさん達が生き生きしてたわけね」
ロドルフはレグルスが動くのを待っていたようだが、内心では解雇したかったんだろう。
残っている彼らは真面目な人達のようで、レグルスには頭を下げるものの、すぐに仕事の続きに戻る。
老若男女さまざまで、子どももいる。大人の邪魔にならないように隅で遊んでいるようだ。少し年長の子どもが、小さな子どもの世話をしている。
「あっ、ご主人様だー!」
「違うぞ、デンカって呼ぶんだ」
「デンカって何?」
「知らなーい」
子ども達は言い合いながら、レグルスの前に駆けてきた。女の子が野花を差し出す。
「デンカ、お花あげる!」
レグルスはぽかんとした顔で、女の子を見下ろした。
「レグルス」
有紗が肘で軽く小突くと、レグルスは腰をかがめて丁寧に受け取る。
「……ありがとう」
「うん! お妃様も!」
「わぁ、ありがとう。可愛いわねー!」
有紗は礼を言って、黄色い花びらをもった小さな花を受け取った。女の子は明るく笑った。
「いじわるなおばさん、辞めさせてくれたの、デンカなんでしょー? みーんな顔色をうかがって、ビクビクしてたからうれしい!」
「お母さんが元気になったよ」
「おじいちゃんも~」
子ども達はにこにことしていて無邪気なものだ。だが、その中で気の強そうな男の子が、レグルスに文句を言う。
「早く辞めさせてくれればよかったのに!」
「ねえ、やめなよぉ。お母さん達まで辞めさせられちゃうよ」
「えっ」
女の子が止めると途端に気まずげな顔になり、男の子はこちらをうかがう。レグルスは彼の頭に手を伸ばして、ポンッと撫でた。
「そんなことはしないから、大丈夫だ。お母さん達は働き者だろう?」
「そうだよ! うちは父ちゃんがいないから、母ちゃんとじいちゃんががんばってるんだ。俺も手伝ってるんだぞ」
「母上のためにがんばってるのか、良い心がけだ」
レグルスが褒めると、男の子はにししと笑った。
レグルスが遊びの続きをするように言うと、子ども達は鬼ごっこに戻っていった。彼は不思議なものを見るような顔をして、もらったばかりの花を見下ろしている。
「どうしたの?」
「こんなふうに花をもらったのは初めてで。好かれているらしいのが、とても不思議です」
「レグルスは良い人だもん。王宮の人が見る目がないのよ。チビッコは分かってるわね」
有紗は自分のことみたいにうれしくなった。
(好意を向けられて戸惑うだなんて、どれだけ寒い場所にいたのかな)
かわいそうだなと思った。だが、そんなレグルスだから、有紗に優しいのだとも思う。
「レグルスには嫌なことだったと思うけど、ここにいてくれて良かったわ。レグルスが王宮の人達に嫌われていたお陰で、私、あの森で助けてもらえたんだもんね」
有紗はそう呟きながら、井戸のほうへ歩いていく。滑車がついていて、桶で汲み上げるもののようだ。
「わぁ、すごい。深い井戸ね。ここって水が湧いてるの? ……あれ、どうしたの、レグルス」
振り返った有紗は、レグルスの顔が赤いのに気付いて目を丸くする。
「……アリサはすごいですね」
「ん? 何が?」
「こんなどうしようもない僕の人生を、一瞬で肯定してしまった。……ありがとう」
レグルスははにかんだ笑みを浮かべた。ほんのりとささやかな笑みではなく、純粋で、子どもみたいな笑みだった。
それを見ているうち、有紗まで照れが伝染する。有紗は目を泳がせた。
「思ったことを言っただけよ。もーっ、おおげさなんだから!」
「おおげさではないんですが……」
レグルスはひょいと有紗を覗き込んで、フードの下に花を差し入れた。
「後でフードを外して、見せてくださいね」
髪を花で飾られたのだと気付いて、有紗はフードの上から手を当てる。なんて自然な動きだ。
「王子教育って、こわ……」
思わずつぶやく有紗に、レグルスは噴き出す。
「はは、誰にでもするわけがないでしょう。女性に礼儀をとるのは当たり前のことですが、それはただの義務です。家族やアリサには、心からそうしたいと思いますよ」
「あの、こっちこそ、ありがとう。家族扱いをしてくれるんだね」
「いつか、本物になるといいですね」
「え? う、うん」
本物? 有紗が王様の養女になるという意味だろうか。
「そうだね、レグルスがお兄さんだったら安心できそう」
「兄はご勘弁を」
「ええー?」
そっちから話題を向けておいて、なぜか有紗が振られた。有紗は納得がいかなくて渋面になる。
レグルスの態度がよく分からないまま、有紗はレグルスと家臣の仕事場や家の状況を見て回った。古い城だけあって、老朽化が目立つ。
何人か、黒いもやをまとわせている者がいたので、ちょっとずつつまみ食いをして、有紗も朝ごはんを終えた。
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