22 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子
2
しおりを挟む稽古の後に風呂に入ってから、レグルスは再び着替えて、有紗を迎えに来た。
居館の一階には、謁見の間を兼ねた広々とした部屋がある。客があればここで催しものもするし、普段は家臣とそろってここで食事するそうだ。
長い木のテーブルの一番端、いわゆるお誕生日席にレグルスが座る。有紗は左斜め前の席にした。
「ねえ、他の人は?」
「軽い朝食や夜食をとることはありますが、皆でそろっての食事は、正餐と午餐だけですよ」
「せいさん? ごさん?」
聞き慣れない言葉だ。だが、話の流れから朝食と夜食のことでないなら、想像がつく。
「昼食と夕食のこと?」
「そうです。正餐が昼食で、午餐が夕食のことですね。正餐は時間をかけて、たっぷり食べますが、夕食は軽めと決まっていますよ。僕は早朝に稽古をするので、朝は少し食べておきたいんです」
そう言うレグルスの前には、テーブルクロスの上に平たいパンが直接置かれ、豆のスープと、イチジクが盛られた皿が置いてあるだけだ。
「パンをお皿に置かないの?」
「置きませんよ」
「汚くない?」
「クロスは毎日洗ってます」
「ふーん……」
有紗はとりあえず頷いた。文化が違うのだろう。それに、現代の日本と違い、昔のほうが清潔にうるさくなくて、おおらかだろうとなんとなく思ったのだ。
だが、有紗が普通に食事できていたら、皿が無いと無理だと騒いでいたかもしれない。結構なカルチャーショックである。
「他に人がいないのに、私が一緒にいるほうが良いの?」
レグルスの話では、有紗の立場向上のためだったから、有紗はレグルスがパンをちぎってスープに浸して食べるのを眺めながら問う。
「アリサがいるだけでおいしさが倍になりますよ」
「まあ、こんなだだっぴろい場所で、一人で食べるのは味気ないわよね」
「部屋で食べることもありますが、僕は従者がいないので、召使いを呼ぶのが面倒なんですよ」
そういえばレグルスは王子なのに、一人で出歩いている。護衛をぞろぞろ引きつれているイメージと、今のレグルスは合わない。
「それもレグルスの人気の無さが原因……とか?」
「よく分かりましたね」
「いやあ、さすがに分かってきたよ。ロドルフさんみたいに、レグルス自身を見てくれる人って、そんなにいないの? お父さんは何か言わないの?」
「あからさまな人には言いますが、陰で言う分には。やめるように言ったところで、心がともなわなければ意味がありません。良いんですよ、あれはあれで敵か味方か分かりやすいので。隠れた敵のほうが厄介です」
冷めた見方に、レグルスの苦労がうかがえる。
「例えば?」
レグルスの味方として傍にいるなら、有紗も揚げ足をとられるかもしれない。どんな人がいるか分かっていたら注意できるので、ずばり訊いてみる。
「そうですね。今までで一番厄介だと感じたのは、親しい顔をして雑談をしかけてくる人ですね」
「ふんふん」
「父上のことは気を付けていますが、他の王子のことで、あの王子のああいうところが苦手で……など話しかけてきて、ただの合槌で頷いたとします。すると、肯定したとみなされて、翌日には僕が兄弟の陰口を叩いたと噂が広まってるわけです。頷いたのは事実なので、否定しようがなく……正妃様に呼び出されて説教をされました」
有紗はぐぐっと眉をひそめる。
「は? 子どものいじめみたいなことをするのね」
「そういうことを、大真面目に大人が子どもに仕掛けてくるので、たちが悪かったですよ」
「最低じゃない」
有紗は低い声で毒づいた。陰湿すぎるし、大人げない。
「世の中の人はそんなものだと思っていたので、あまり他人に興味もなくて。別だと思える人に会えて良かったです」
レグルスはじっと有紗を見た。有紗はきょとんと見つめ返し、にこりと笑う。
「良かったね!」
きっとロドルフ辺りのことだろう。
「……ええ」
レグルスはほんのり苦笑した。その意味がよく分からなかったが、有紗は雑談を続ける。
「ここではどんな感じ?」
「居心地は良いですよ。大掃除をしましたしね」
「そうね。でも、もっと改善しようよ。暮らしにくい感じがあるのよね、このお城」
有紗が呟くと、レグルスは困った顔になる。
「アリサ、この城は城砦なんですよ」
「じょうさい?」
「砦のことです。防衛拠点なので、暮らしにくいのはしかたがありません。暮らしやすいということは、つまり?」
「防御力が落ちる?」
「その通り。主人の部屋が奥まった場所にあるのも、使用人の出入りを制限しているのも、防衛のためです」
加えて、とレグルスは続ける。
「この城は古いので、その辺りもありますね」
「でも、お風呂場を一階に作るくらいはできるんじゃない? 二階までお湯を運ぶなんて、召使いの人達が重労働すぎると思う」
「なるほど、そこでかわいそうに思ったわけですね。アリサは優しいですね」
レグルスが褒めるので、有紗は身を縮めた。
「ねえ、ちょくちょく褒め言葉を混ぜるの、やめにしない?」
「何故。もっと言葉を尽くしたいくらいです」
「……分かりました。このままでいいです」
これ以上は照れて逃げたくなってしまうので、有紗は早々に諦めた。
「でも、工夫して重労働が減るんなら、そのほうが良いと思うよ。あいた時間で、他のことができるし、余裕ができれば精神的にも穏やかになるんじゃないかな。そしたらレグルスが良い主だって思われて、血筋は関係なく、好かれるんじゃないかと思う」
言いづらいながら、思っていることを口にすると、レグルスは真剣な目をした。
「え? 怒った?」
「まさか。アリサ、あなたの助言は、宝石にも劣りませんね」
……やっぱり逃げようかな。
また褒められた有紗は、そわっと身じろぎした。
10
お気に入りに追加
963
あなたにおすすめの小説
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました
112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。
なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。
前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?
ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。
当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める……
と思っていたのに…!??
狼獣人×ウサギ獣人。
※安心のR15仕様。
-----
主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる