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第一部 邪神の神子と不遇な王子

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 稽古の後に風呂に入ってから、レグルスは再び着替えて、有紗を迎えに来た。
 居館の一階には、謁見の間を兼ねた広々とした部屋がある。客があればここでもよおしものもするし、普段は家臣とそろってここで食事するそうだ。
 長い木のテーブルの一番端、いわゆるお誕生日席にレグルスが座る。有紗は左斜め前の席にした。

「ねえ、他の人は?」
「軽い朝食や夜食をとることはありますが、皆でそろっての食事は、正餐と午餐だけですよ」
「せいさん? ごさん?」

 聞き慣れない言葉だ。だが、話の流れから朝食と夜食のことでないなら、想像がつく。

「昼食と夕食のこと?」
「そうです。正餐が昼食で、午餐が夕食のことですね。正餐は時間をかけて、たっぷり食べますが、夕食は軽めと決まっていますよ。僕は早朝に稽古をするので、朝は少し食べておきたいんです」

 そう言うレグルスの前には、テーブルクロスの上に平たいパンが直接置かれ、豆のスープと、イチジクが盛られた皿が置いてあるだけだ。

「パンをお皿に置かないの?」
「置きませんよ」
「汚くない?」
「クロスは毎日洗ってます」
「ふーん……」

 有紗はとりあえず頷いた。文化が違うのだろう。それに、現代の日本と違い、昔のほうが清潔にうるさくなくて、おおらかだろうとなんとなく思ったのだ。
 だが、有紗が普通に食事できていたら、皿が無いと無理だと騒いでいたかもしれない。結構なカルチャーショックである。

「他に人がいないのに、私が一緒にいるほうが良いの?」

 レグルスの話では、有紗の立場向上のためだったから、有紗はレグルスがパンをちぎってスープに浸して食べるのを眺めながら問う。

「アリサがいるだけでおいしさが倍になりますよ」
「まあ、こんなだだっぴろい場所で、一人で食べるのは味気ないわよね」
「部屋で食べることもありますが、僕は従者がいないので、召使いを呼ぶのが面倒なんですよ」

 そういえばレグルスは王子なのに、一人で出歩いている。護衛をぞろぞろ引きつれているイメージと、今のレグルスは合わない。

「それもレグルスの人気の無さが原因……とか?」
「よく分かりましたね」
「いやあ、さすがに分かってきたよ。ロドルフさんみたいに、レグルス自身を見てくれる人って、そんなにいないの? お父さんは何か言わないの?」
「あからさまな人には言いますが、陰で言う分には。やめるように言ったところで、心がともなわなければ意味がありません。良いんですよ、あれはあれで敵か味方か分かりやすいので。隠れた敵のほうが厄介です」

 冷めた見方に、レグルスの苦労がうかがえる。

「例えば?」

 レグルスの味方として傍にいるなら、有紗もげ足をとられるかもしれない。どんな人がいるか分かっていたら注意できるので、ずばり訊いてみる。

「そうですね。今までで一番厄介だと感じたのは、親しい顔をして雑談をしかけてくる人ですね」
「ふんふん」
「父上のことは気を付けていますが、他の王子のことで、あの王子のああいうところが苦手で……など話しかけてきて、ただの合槌あいづちで頷いたとします。すると、肯定したとみなされて、翌日には僕が兄弟の陰口を叩いたと噂が広まってるわけです。頷いたのは事実なので、否定しようがなく……正妃様に呼び出されて説教をされました」

 有紗はぐぐっと眉をひそめる。

「は? 子どものいじめみたいなことをするのね」
「そういうことを、大真面目に大人が子どもに仕掛けてくるので、たちが悪かったですよ」
「最低じゃない」

 有紗は低い声で毒づいた。陰湿すぎるし、大人げない。

「世の中の人はそんなものだと思っていたので、あまり他人に興味もなくて。別だと思える人に会えて良かったです」

 レグルスはじっと有紗を見た。有紗はきょとんと見つめ返し、にこりと笑う。

「良かったね!」

 きっとロドルフ辺りのことだろう。

「……ええ」

 レグルスはほんのり苦笑した。その意味がよく分からなかったが、有紗は雑談を続ける。

「ここではどんな感じ?」
「居心地は良いですよ。大掃除をしましたしね」
「そうね。でも、もっと改善しようよ。暮らしにくい感じがあるのよね、このお城」

 有紗が呟くと、レグルスは困った顔になる。

「アリサ、この城は城砦じょうさいなんですよ」
「じょうさい?」
とりでのことです。防衛拠点なので、暮らしにくいのはしかたがありません。暮らしやすいということは、つまり?」
「防御力が落ちる?」
「その通り。主人の部屋が奥まった場所にあるのも、使用人の出入りを制限しているのも、防衛のためです」

 加えて、とレグルスは続ける。

「この城は古いので、その辺りもありますね」
「でも、お風呂場を一階に作るくらいはできるんじゃない? 二階までお湯を運ぶなんて、召使いの人達が重労働すぎると思う」
「なるほど、そこでかわいそうに思ったわけですね。アリサは優しいですね」

 レグルスが褒めるので、有紗は身を縮めた。

「ねえ、ちょくちょく褒め言葉を混ぜるの、やめにしない?」
何故なぜ。もっと言葉をくしたいくらいです」
「……分かりました。このままでいいです」

 これ以上は照れて逃げたくなってしまうので、有紗は早々に諦めた。

「でも、工夫して重労働が減るんなら、そのほうが良いと思うよ。あいた時間で、他のことができるし、余裕ができれば精神的にも穏やかになるんじゃないかな。そしたらレグルスが良い主だって思われて、血筋は関係なく、好かれるんじゃないかと思う」

 言いづらいながら、思っていることを口にすると、レグルスは真剣な目をした。

「え? 怒った?」
「まさか。アリサ、あなたの助言は、宝石にもおとりませんね」

 ……やっぱり逃げようかな。
 また褒められた有紗は、そわっと身じろぎした。
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