14 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子
3
しおりを挟む有紗が探してもらうことにしたのは、元々は騎士をしていたが、怪我や病気がもとで仕事を辞めざるをえなくなり、落ちぶれている人だ。できれば仕事を探している人で、家族のためにも稼ぎたいといった理由があるともっと良い。
そういう人に声をかけて、治療と引き換えに、レグルスへの忠誠と助力を誓ってもらう。そして、レグルスの血筋など関係なく、恩への気持ちから真面目に仕事をしてもらおうという魂胆だ。
ガーエン領というのがどれくらいの広さか分からないが、ここにいなければ、王都で探すのも良いかもしれない。都と呼ぶほどなら、人も多いだろう。
ロドルフはすぐに人を呼んで、そういった者を探しに行かせた。
返事が戻るまでは暇である。
その日の午前中、有紗はレグルスの傍にいて、書斎の棚の掃除をした。棚の上のほうの埃を拭いて、本や書類を並べなおす。
ここで初めて、この世界の文字をちゃんと目にしたが、有紗にはなんて書いてあるか分からない。アルファベットのような、楔形文字のような、見たことがあるようで、全くなじみがない。そんな文字が並んでいる。そういえば、有紗の言葉が互いに通じているのは、神子になった影響だろうか。
今まで気付かなかったが、裸眼なのに遠くまで物が見えている。元々、有紗は目が良いほうだ。それでも、以前より視力が上がっていることに驚いた。
することが無くなったら、レグルスの隣に座ってじっとしていた。彼らが仕事しているのを眺めながら、まるでリアルな映画の世界にお邪魔しているような気分になったが、これが現実だ。
午後、ヴァネッサとの約束のため、ヴァネッサの部屋に向かった。
その際、黒髪黒目を見られるわけにはいかないので、有紗は前もって準備をした。ウィンプルで髪を覆い隠し、その上にフードを目深にかぶれば、目元は見えない。
その状態で仕立屋に寸法をはかってもらい、色の好みなどを伝えた。ここに来る前は赤が好きだったが、赤を見ると血を思い出すので、緑や青と答えておく。
怪しまれるだろうかと不安だったが、仕立屋は余計なことはまったく訊かないのでほっとした。
それが済むと、長剣をたずさえたレグルスが、いかにもお忍びという地味な色合いの服に着替えてやって来た。
「アリサ、聖堂に行きましょう。そのついでに、城下町の酒場ものぞいていきましょう」
レグルスは有紗に灰色の外套を着せかけて、ブローチでマントをとめる。そういえば有紗の食事ために、聖堂に行くと話していたと思い出す。
「酒場?」
「落ちぶれた者は、酒場でくだを巻いているものです。野盗になる者もいますよ」
「お酒を飲むお金があるのに?」
「酔って忘れたいんでしょうね。犯罪は悪いことですが、本当の悪人はほんのひとにぎりです。皆、何かしら事情がある。そういった人々を助けられるのは、素晴らしいことだと思います」
レグルスはほんのりと笑みを浮かべた。
有紗の提案を、良いほうに受け取っているようだ。
「私……別にそんな良いことのために言ったんじゃなくて。ただね、どうしようもない暗いところから、ちょっと引っ張り上げてもらえたら、それだけでとてもその人に感謝するし、信頼を感じるの。レグルスに助けられた時がそうだった。今もありがたいと思ってる」
気まずくて、有紗は手を握ったり開いたりする。
「でも、レグルスには裏はなかったけど、この提案はそういう気持ちを利用するから、ちょっと……」
「罪悪感が? しかしそれで気持ちが救われて、仕事を得られて、その後が順調になるならば、結果として良いことでしょう。一度、騎士として転落した者が、上へ戻るのはむずかしいものですよ。どんな良い医者にかかっても、元通りに体は動かないし、年をとれば体力がもちませんから。再起できるなら、それは奇跡だ」
「……ありがとう」
レグルスの考えを聞いて、有紗の罪悪感は薄れた。少しだけ笑みを浮かべる。
「そうだね。どうせするなら、する偽善ってやつだよね」
「面白い言葉ですね」
そんなふうに話していると、片付けをしていた仕立屋の女主人と針子やヴァネッサがこちらを見ているのに気付いた。
「まあまあ、なんて微笑ましいんでしょう。殿下がお妃様候補をお招きになったと聞いて驚きましたが、相思相愛なのは良いことですわ。おめでとうございます、ヴァネッサ様」
「ええ、ありがとう」
「結婚式の時は、ぜひ、うちにご依頼ください。腕によりをかけて婚礼衣装を作りますわ」
「気持ちはうれしいけれど、まだ様子見段階なの。でもその時はよろしくお願いするわね」
女主人とヴァネッサの会話に、有紗はまた気まずさを覚える。安全のために妃のふりをしているだけだなんて、とても言い出せない雰囲気だ。
「お出かけするんでしょう? 日が高いうちに行ってらっしゃい。レグルス、きちんとアリサを守るのですよ」
「はい、母上。行きましょう、アリサ。僕から離れないように」
「うん!」
ヴァネッサに見送られ、有紗はレグルスの傍らにぴたっと寄り添い、城を出た。
11
お気に入りに追加
961
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?


追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる