邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

第一部 邪神の神子と不遇な王子

２

　レグルスの部屋は、一階の奥まった場所にあるヴァネッサとミシェーラが暮らす部屋の、ちょうど真上に位置するらしい。

　ミシェーラの部屋を出て、奥に進むと、槍を手にした騎士が守っている階段があった。そこを上っていくと、いくつかの扉がある廊下に出る。二階全てが主人のためのスペースになっていて、主寝室しゅしんしつと妃の間、衣装部屋、書斎、召使めしつかいの待機部屋、端のほうにトイレがあるそうだ。

　石造りの城館は壁が分厚く、窓は小さい。ガラスははまっておらず、木製の板でふさぐ形のようだ。昼間でも少し薄暗い。

　窓から外を見ると、のどかな景色が広がっている。
　つい立ち止まると、レグルスはほんのり苦笑して言った。

「この城館は実用向きなんです。だいぶ古いですし、女性が住むには無骨すぎますね。王都に行けば、最新の華やかな建物がありますよ」

　そちらは天井が高く、壁が薄く、窓が大きいので室内も明るいのだと説明する。

「見てみたい気はするけど、そこにはレグルスはいないでしょ？」

　観光してみたいくらいで、特に興味はない。
　レグルスはフッと微笑んだ。

「ありがとう……アリサ」

　なんだかよく分からないが、レグルスはうれしそうだ。有紗もつられて笑う。

「殿下、お帰りなさいませ」

　手前の部屋の扉が開き、灰髪の中年男が出てきてレグルスにお辞儀した。落ち着いた緑の上着にはボタンがたくさんついていて、灰色のタイツのようなものをはいている。無愛想な顔で、男は有紗を見たものの、すぐに視線をそらす。
　とっつきにくそうな雰囲気だが、城の兵士みたいにトゲトゲした空気は無い。

「アリサ、彼はこの城の家令かれいで、ロドルフといいます」
「カレイって何？」
「家政や使用人を統括しつつ、税金の管理もする使用人です。文字の読み書きや計算ができないといけませんし、人とのつながりも必要な仕事です。誰でもできる立場ではありません」

　秘書みたいな感じだろうかと、有紗はひとまず頷いた。有紗が理解したのを見て、レグルスは今度はロドルフに有紗を紹介する。

「ロドルフ、こちらはアリサだ。僕が森で死にかけていたところを救ってくれた、闇の神の神子様だ」
「神子様ですか？　おお、そのような貴重なかたにお会いできるとは。闇の神に感謝を」

　ロドルフは驚いた顔をした後、うやうやしくお辞儀する。

「ミシェーラの病気も治してくださった。まれなかただから、守りは厳重にしたい」
「なるほど、それならば妃の間がよろしいでしょうな。わしが申すまでもなく、すでにそうお考えのようですが」

　レグルスのざっくりした説明で、ロドルフはそう提案した。

「侍女を手配しますか？」
「いらないわ。自分のことは自分でできます」

　ロドルフはレグルスに質問したが、有紗が急いで口を挟んだ。このぎこちない雰囲気の城の使用人と上手くやれると思えない。有紗がレグルスをじっと見つめて、ぶんぶんと首を振ると、レグルスは有紗の肩を叩いた。

「分かりました、アリサ。ロドルフ、使用人には掃除と洗濯だけ任せて、身の周りのことは母上にお願いするよ」
「それが妥当でしょうな」
「後で相談したいことがある。母上も呼ぶから、その時にまとめて説明する」
「畏かしこまりました。では、女官長にょかんちょうに命じておきます」

　ロドルフはお辞儀をすると、二階から立ち去った。レグルスは二階の奥の部屋に移動し、一番奥の扉を開く。
　天蓋のあるベッドと、クローゼットやチェスト、机や椅子などが置かれた、落ち着いた雰囲気の部屋だ。

「アリサ、ここが僕の部屋で、隣が妃の間です。この扉を開けると、中からもつながっています。あなたが呼ばない限りは僕からは開けませんから、安心してください」

　暖炉から少し離れた位置の扉を開けると、隣の部屋に通じていた。廊下からも出入りできるそうだ。
　中に入ってみると、レグルスの部屋の暖炉のちょうど真向かいに、こちらにも暖炉がある。一階にあるミシェーラとヴァネッサの部屋も同じ造りで、同じ煙突を有効活用しているんだそうだ。
　この部屋はレグルスの部屋より若干狭いものの、女性的な可愛らしい雰囲気の家具がそろっている。

「妃の間って、私が使っていいの？」

　いずれ結婚する時に困らないのだろうか。有紗の問いに、レグルスは大きく頷いた。

「ええ。この城では僕の部屋が一番安全なので、すぐ隣にいていただければ、僕が守れます」
「そんな……まるで暗殺者でもしのびこんだりするみたいね」
「滅多とありませんが、たまに」
「あるんだ」

　冗談のつもりだったから、有紗は面食らった。

「この城は、僕達家族の住む居館きょかんですが、一階には謁見えっけんの間を兼ねた広間や食堂があります。ですが、二階に出入りできる者は限られています。僕達家族と、アリサ、ロドルフ、あと一人、書記官の男がいます。後で会わせるので顔を覚えてください」
「つまり、ロドルフさんとそのもう一人の男の人だけが、二階に入れるのね。それ以外は不審者」
「そういうことです」

　賢いですねと、レグルスは小さく笑う。

「こちらが妃の間の鍵です。特に出入りする予定がないなら、内側から鍵をかけていたほうが安全です。部屋を出る時は、掃除以外では閉めたほうがいいでしょうね」

　紐のついた鍵を渡され、有紗はすぐに首からさげた。

「この城の壁の内側は、一つの村のようになっています。この建物は城主じょうしゅの住むエリアで、裏には台所、洗濯場、騎士の詰所、使用人の家などがいくつか建っています。城下町からの通いもいますね。城下町には六神をまつる聖堂があるので、お腹が空いたらそこに行けば、誰かしらいると思いますよ」
「お金がなくて、治してくださいってお祈りにくるって意味？」

　これくらいの時代なら、病気の治療についてそこまで発展していないから、祈祷きとうで病気平癒へいゆを祈るのは普通のことだ。そういう意味で言っているのかと有紗が問うと、レグルスは首を振った。

「神官の慈善活動場所――施療院せりょういんが隣にあるんですよ。医者にかかれない者はそちらに行きます。あまり高価な薬はもらえませんが、行かないよりマシです。週に一度は炊き出しもありますよ」
「神官……」

　あの白服を思い出して、有紗は尻ごみする。

「大丈夫、この町の神官は善良な人ばかりです。田舎ですからね。王都は……まあ、察してください」
「権力とお金がある所はひどいんだ？」

　レグルスの言いたいことは分かるので、有紗は呆れ混じりに問う。歴史ものの映画みたいに分かりやすい。

「尊敬できるかたもいますよ。ただ、神官になりたいと自ら志こころざしているかたは田舎に多く、貴族から出された子息子女は都会に多いせいです。特に女性は、結婚が決まるまで、教養を身につけるためにいるので、信仰心が薄い人もいます」

「ミシェーラは？」
「王女は教師を付けてもらえるので、聖堂や高位貴族の家に行儀見習いに出されることはありません。ですが、あの子は病気になったので、母とともにここに移り住んだんですよ。以前は王宮で暮らしていました」

　ここでぎくしゃくしているなら、王宮のほうが暮らしにくそうだ。この町の周辺はのどかで緑豊かだから、静養には向いている。

「嫌な人ばかりなのかと思ったけど、さっきのロドルフさんは良い人そうだね」
「僕も信頼しています。ですが、腹の内ではどう思っているやら……」
「どういうこと？」
「僕がここに来る前は、彼がここの城主だったので」

　レグルスは苦い顔をした。
　今までトップだったのに、王子に地位と場を奪われたのだ。腹に一物いちもつ抱かかえていると心配しても不思議ではない。

「私のこと邪魔ですかなんて……聞けないよねえ」

　有紗も苦笑を浮かべる。
　王宮や王子と聞くときらびやかなイメージだったが、どろどろの人間関係という現実に、有紗の夢はがらがらと崩れていった。