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五章 パーティーと事件
32. 王太子様は腹黒な面もお持ちです
しおりを挟むお母様の教育は身に沁みついているので、土壇場でも、アルディレイドと上手くダンスを踊れた。芸術はさっぱり分からないが、どうも私は音楽への素養はあるようなのだ。
感嘆の声と拍手が聞こえる中、私とアルディレイドはお辞儀をする。
アルディレイドに手を引かれ、輪を外れた。
次は高位貴族や年配のカップルがダンスする流れだ。私達と入れ替わりに、男女がぞろぞろと移動していく。
私はちらりとお母様のほうを見る。扇子で口元を隠したお母様は、にこりと目元だけで合格を示した。
(よし、クリア!)
顔にはおくびも出さず、心の中でガッツポーズをする。
こういった夜会では食事が出るが、ほとんど立食形式だ。王家主催のため、ローテーブルと椅子のセットは、王家のいる辺りにしか置いていない。他の者は、休みたければ控室に下がるのが通例だ。
アルディレイドは王家が集まる場所に移動すると、私に笑いかけた。
「楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ、どういたしまして」
そう返事して離れようとする私の手を握ったまま、アルディレイドは声をひそめる。
「だが、ダンス中、他のことを考えていたのはいただけないな。何を考えていたのかな?」
ギクリとした。デモンド伯爵追及の件と、お母様が怖いという件で頭がいっぱいだったなんて、気まずいからとても言えない。
「まあ。もちろんダンスのことを考えていましたわ」
とりつくろうのは大得意だ。私はとっさに素知らぬふりをした。
アルディレイドは愉快そうに笑い、ふむとつぶやく。
「そんなにダンスがお好きなら、三回続けて踊っていただこうか」
「へっ。それは……」
いくら王太子でも、マナー違反だ。
ぎょっとして、反論しようとした私の肩に、ふわりと重みがかかる。
「おい、次は僕の番だ」
「ガネス」
いつものように、背後霊のように後ろから抱きついて、ガーネストは不遜に宣言する。
「なんだ? ファーストダンスはゆずってやっただろ」
アルディレイドは肩をすくめる。
「しかたがない。火の精霊王様に免じて、許してやろう」
「ふふっ。ありがとうございます」
内心では冷や汗をかきつつ、私は可愛くお礼を言った。
アルディレイドは俺様だが良い人なのに、急に腹黒そうな一面を見せられ、心臓がバクバクと鳴り始める。もちろん、恐怖で。
(こ、こわーっ。 なるべくして王太子になった方なんだわ、この方!)
私はアルディレイドにもう一度お辞儀をして、アルディレイドが椅子に座ったのを横目に確認しながら、ガーネストとその場を離れる。
「許してやろうとはなんだ、偉そうに」
「ガネスに言われたくないだろうけど」
「僕は偉いからいいんだ」
「そうだったわね」
精霊を信仰するこの国では、精霊王はひれ伏して拝むような存在だ。
「でもナイスフォローよ、ガネス!」
「なんのことだ」
「分からないなら、いいのよ。さて、と。計画を始めなきゃね!」
私はさっと辺りを見回して、獲物の立ち位置をチェックする。
年配者なので、デモンド伯爵はホールで踊っているところだった。三曲目は、若者と下位貴族が踊る番なので、私はガーネストと参戦しても許される。
その後は、誰が誰と踊ろうと自由だし、予定があるならば帰っても許される。招待された貴族達の義務は、三曲目までだった。
「そうだな。あの子羊は目当ての人物がいない時は、必要最低限の社交だけしたら、とっとと帰るそうだからな。よし、これから悪者退治だ。アイリス、僕の傍を離れるんじゃないぞ」
「ええ、ガネスも無茶しないでよ。こんなホールのど真ん中で火事なんて起こされたらかなわないわ」
「ちっ。ウォルターを連れてくれば良かったな」
「おばあさまとのんびり田舎暮らしを満喫してらっしゃるんだもの、しかたないでしょう?」
祖母は引退した身なので、よほどのことでもなければ、社交には出てこない。
二曲目が終わるタイミングで、私とガーネストはデモンド伯爵のほうへ、まっすぐに近づいた。
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