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五章 パーティーと事件
31. 誕生日パーティー
しおりを挟む今日は、王太子アルディレイドの誕生日パーティーだ。
婚約者になった私を招待するのは、ごく当たり前のことである。ただ、アルディレイドに嫌われることばかり考えていて、私自身、王太子の婚約者がどういうことかすっかり忘れていた。
(サーカスの熊になった気分)
めったと社交界に顔を出さない公爵令嬢ということもあって、客は私に注目している。
「あの方がアイリス様なの? なんてお綺麗なのかしら」
「ごらんになって、火の精霊王様のなんて麗しいこと!」
「昔は落ちこぼれという噂だったが、立派にお育ちになったのだね」
ひそひそとかわされる言葉には、今のところ、悪意はない。
(信仰対象としての視線には慣れているけど、アイドル扱いは初めてだわ)
憧れの眼差しを向けられすぎて、体に穴があきそうだ。
「うう……逃げたい……」
「馬車の中ではあんなに威勢が良かったくせに。『犠牲の子羊ちゃん計画』はどうした」
ベリータルトを山のように積んだ皿を片手に、ガーネストがからかう。彼は周りのことなど一切お構いなしに、一口サイズのタルトを次々に口に放り込んでいく。美貌の大食いという光景はシュールである。
(どこが麗しいのよ)
ぽーっとなっている令嬢達は、この光景の奇妙さをなんとも思わないのだろうか。そんな彼女達を見ていると、なぜだか胸がもやもやする。会場の人々の香水に当てられたのかもしれない。
私は眉を寄せ、会場の真ん中あたりを見た。
「デモンド伯爵でしょ。あそこにいるわ」
堂々とした態度で話している、小柄な男が今回の標的だ。灰色の髪を綺麗になでつけ、鋭い目と鷲鼻をしている。神経質なネズミを思わせる男である。
「国王陛下ご一家のおなーりー」
その時、ラッパの音とともに、衛兵が高らかに告げた。
客はおしゃべりをやめ、王家の方々が玉座につくと、彼らに向けてお辞儀をする。
王が口を開いた。
「今宵、王太子アルディレイドの誕生日祝いに駆け付けてくれたこと、うれしく思う。二十四歳か。この間、よちよち歩きをしていたように思うが、時間というのは早いものだな」
父親目線での感想に、アルディレイドは恥ずかしそうに口を出す。
「父上、そのお言葉、昨年の宴でも聞きましたよ」
「しかたないわ、親にとって、子どもはいつまでも子どもなんですもの。ねえ、陛下」
母である王妃が茶化し、笑いが起きる。
家族中の良い王家である。あのシェーラ王女でさえ、父母や兄の前では大人しい。白いドレスに、白い羽をつけて、生まれたての雛みたいなドレスをのぞけば。お付きの侍女にも似た服装をさせているので、そこだけ劇団員みたいだ。
「もしかして、後でお祝いの演劇でもするのかしら」
「あの虫女はなんであんなにセンスがないんだ?」
私の独り言を聞きつけて、ガーネストがぼそっとつぶやく。小声で言うようになっただけましだ。
ひそひそ話をしていたせいで、突然、アルディレイドに名前を呼ばれてびっくりした。
「今宵は私のために集まってくれてありがとう。今日は特別な人を紹介するよ。フォーレンハイト公爵令嬢」
「呼ばれてるぞ、アイリス」
すっかり油断していたが、アルディレイドと婚約したのだから、誕生日パーティーで紹介するのが当たり前だ。
(そっか、婚約披露もかねてるじゃない!)
お父様も一言教えてくれればいいのにと思ったが、私は公爵家で充分に教育を受けているのだから、言わなくても分かると考えたのだろうと推測できた。これは完全に私がうかつだった。
(道理で、今日の準備に使用人達が熱を入れているはずだわ)
使用人達からすれば、我らが大事なお嬢様の晴れ舞台なのだからがんばるわけだ。今日はやけに熱心だなと不思議に思っていただけの自分を殴りたい。
私はすぐさま笑顔の仮面を貼りつけて、ガーネストに指示を出す。
「ガネス、ここにいてちょうだいね」
「契約精霊を置いていくのか!」
「おやつ抜きがいいかしら」
「しかたないな」
ガーネストは不満げに意見を変えた。私のお願いより、おやつのほうが重要ってどういうことだ。小一時間ばかり問い詰めたい。
(ああもうっ、婚約破棄、間に合わなかったわ!)
そもそも、嫌がらせをしたのに、アルディレイドが私を気に入るのがおかしい。
貴族の結婚は家同士をつなぐためで、国のためなら受け入れるべきとは頭では分かっている。だが、公爵家の勤めは別のところで果たすので、私のことは放っておいてほしい。
(笑顔、笑顔)
気を付けないと顔が引きつりそうだ。
私はよそ行きの笑みを浮かべ、段上から降りて迎えに来たアルディレイドに、スカートをつまんでお辞儀をする。
完璧なマナーを披露してしまい、周りから感嘆のため息が聞こえてきた。
(しまった! マナーを手抜きすれば良かった……ひっ)
お母様の強烈な視線を感じて、恐る恐るそちらを見る。完全無欠の微笑が怖い。
娘がマナーを失敗すれば、教育ミスでお母様の株が下がる。私の一挙手一投足を、お母様は監視していた。
(マナーの手抜きはだめだわ。恐ろしい!)
不注意ではなく、故意にミスなんてすれば、お母様からの地獄の特訓が待っている。絶対に嫌だ。私は礼儀作法を手抜きしないことに決めた。
「王太子殿下、お誕生日おめでとう存じます。お祝い申し上げますわ」
「ファーストダンスを踊ってくれるか」
「喜んで」
ファーストダンスは婚約者と踊るのがルールだ。
私は渋々という態度を隠して、アルディレイドの手を取った。
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