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<大人編>四章 婚約の打診
25 王国の太陽
しおりを挟む「お久しぶりでございます、王国の太陽、アルディレイド王太子殿下」
お見合いが行われる王宮の応接間にやって来ると、私はアルディレイドにあいさつした。
すでに待っていたアルディレイドは、白い歯を見せて鷹揚に笑う。
「我が妹につかまっていたそうだな。迎えをよこして正解だった。まったくシェーラときたら、昔から君を目の敵にしているから困りものだ」
アルディレイドは母親に似た、金髪碧眼の美男子だ。文武両道で、幼い頃から研鑽を欠かさない努力家でも知られている。彼が王位についたら安心だ。
(いや、だからなんでそんな人と私がお見合いするのよ)
社交界でろくに友達も作れない貴婦人なんて、将来の王妃向きではない。
「王太子殿下、こたびのこと、残念でございましたわ。お悔み申し上げます」
アルディレイドの婚約者が病死したことを遠回しに告げる。王太子の相手が死んだ途端、公爵家が娘を押し付けたような感じがあって、私は気まずくてしかたがない。
(ううん、王家も後ろ盾が必要だもの。私のお母様は陛下の妹だし、ご兄妹仲は良いから、貴族から嫁をとるなら安全パイだわ)
貴族の娘より、他国の王女を迎えるほうが政治的に良いだろうが、この国は今のところ、他国との関係で困っていることはない。周辺国とは友好関係を築いているから、親友の間柄である隣国の王族でもないなら、わざわざめとる必要はない。
それどころか、他国の姫を迎えたら、隣国との友情にヒビが入るかもしれないのだ。それならば自国の貴族から嫁を選ぶというのは、妥当なところだろう。
(身分が高いのも困りものよね……)
フォーレンハイト家は、建国期から王家を支える名家なので、家柄だけを見れば私を嫁にするのがちょうどいい。
「ありがとう、アイリス。彼女のことは悲しいが、元々病弱な方だったから、しかたがない」
アルディレイドはそう返したが、青い目には寂しげな色合いが浮かんだ。
それを見て、私は好ましく思った。婚約者を大事にしている男のほうが、女には魅力的に映るのは当然だ。
「アイリスだと? いきなり呼び捨てか、なまいきな!」
しんみりした空気をぶち壊したのは、ガーネストだ。
(本当に空気を読まない人ね!)
精霊の自由奔放さには手を焼いている。おばあ様が精霊と付き合うのがどれだけ大変か忠告していたのも当然だ。
私はアルディレイドが怒るのではと焦ったが、アルディレイドは面白そうにガーネストを見た。
「やあ、あなたが火の精霊王様か。お会いできて光栄だ。アイリスは王宮の社交界には滅多と顔を出さないから」
「この通り、人間社会のマナーにうとい精霊なので、お恥ずかしい限りですわ」
「こら! アイリス、さらっと馬鹿にするな!」
ガーネストが文句を言うが、私はしれっと返す。
「あら、突然、喧嘩を売るのが、精霊には良いマナーだったのね。知らなかった」
「初対面でいきなり呼び捨てにするから怒ったんだろ」
「ガネス、初対面じゃないわ。従兄弟だもの。あまり親しく交流していないだけで、何度かお会いしたことくらいあるわよ」
アイリスが従兄弟だと紹介したことで、ガーネストは首を傾げる。
「従兄弟? さっきの虫……」
「虫?」
アルディレイドがけげんそうに口を挟む。
「なんでもございませんわ、殿下! シェーラ王女殿下も従兄弟よ、ガネス。こちらは兄君よ」
「兄~?」
ガーネストはぽかんと口を開け、アルディレイドに近づいて顔を観察する。
「まったく似てないじゃないか! 玉虫色の狸女と、金色宝石くらい違うぞ!」
「ガ、ネ、ス!」
たまりかねて、私はガーネストの腕をつかんだ。
「外に出てなさい!」
「嫌だ! アイリスを男と二人きりになんてするか」
「お父様も従者もいらっしゃるわよ!」
駄々っ子に手を焼く母親みたいに、私はガーネストと引っ張り合う。お父様を見ると、遠い目をしていた。
(ああ、現実逃避していらっしゃるわ!)
こうなるとお父様は役に立たない。ここは自分ががんばらなくては。私が最後の砦である「命令」を使おうとした時、アルディレイドの笑い声が響き渡った。
「あはははは! 玉虫色の! 狸女! ちょっとやめてくれ、妹のためにも我慢すべきなのに。ははははは」
腹を抱えて笑うアルディレイドを止める者は誰もいない。それどころか、居合わせた従者や侍女は必死に無をとりつくろっている。彼らが震えているのを見ると、笑うのを我慢しているように見えた。
「すまない。妹の奇行を止められなくて困っていたのだ。あの流行を見たか? 最悪だろ。一つを見ると質が良いんだが、妹はコーディネイトする才能が少し欠けているようで」
「とりつくろっているように思うが、最悪と言った時点で遅いだろ」
ガーネストがもっともなことを言った。こういう時だけ常識を発揮するなと言いたい。
「も、申し訳ありません、殿下。わたくしの指導が行き届かないばっかりに。こんな落ちこぼれの精霊使いなんてご迷惑でしょうから、お見合いは辞退させていただきますわ!」
私はほとんどやけくそな気分で、この事態に便乗して、お見合い失敗しようと切り込んだ。
だが、笑い終えたアルディレイドは首を振った。
「いいや、気に入った」
「は?」
私とガーネストだけでなく、お父様の声も重なる。
「こんなふうに物おじせずに発言する者が近くに欲しかったんだ。それに、公爵が自慢するだけあって、アイリスは可愛い。落ちこぼれどころか、火の精霊王と契約する素晴らしい能力者だ」
私は面くらって黙り込む。従兄弟とはいえ、可愛いとはっきり言われてうろたえた。
「あ、あの……」
「フォーレンハイト家の精霊使いは、皆、料理上手だ。中には宮廷料理人になった者もいただろう? 次に会う時は、手作りの菓子を持ってきてくれ」
アルディレイドは私の右手を取ると、手の甲に軽くキスをする。
「よろしく頼む、婚約者殿」
びっくりして、カチンと固まる私に強気に笑いかけ、アルディレイドは椅子を立つ。
「さて、次の予定があるので、これで失礼する。またな」
「へ、は、はい……」
とりあえず礼儀として見送ってから、私は首を傾げる。
「え? どういうこと?」
「殿下にお気に召されるなんて、さすがは私の娘だ!」
「何を言ってるんだ、まったく良くない! 妹を馬鹿にしたのに、どうして気に入るんだ!」
感極まっているお父様を放置して、私とガーネストは混乱のあまり頭を抱えた。
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