落ちこぼれ公女さまは、精霊王の溺愛より、友達が欲しい

草野瀬津璃

文字の大きさ
上 下
25 / 32
<大人編>四章 婚約の打診

25 王国の太陽

しおりを挟む


「お久しぶりでございます、王国の太陽、アルディレイド王太子殿下」

 お見合いが行われる王宮の応接間にやって来ると、私はアルディレイドにあいさつした。
 すでに待っていたアルディレイドは、白い歯を見せて鷹揚に笑う。

「我が妹につかまっていたそうだな。迎えをよこして正解だった。まったくシェーラときたら、昔から君を目の敵にしているから困りものだ」

 アルディレイドは母親に似た、金髪碧眼の美男子だ。文武両道で、幼い頃から研鑽を欠かさない努力家でも知られている。彼が王位についたら安心だ。

(いや、だからなんでそんな人と私がお見合いするのよ)

 社交界でろくに友達も作れない貴婦人なんて、将来の王妃向きではない。

「王太子殿下、こたびのこと、残念でございましたわ。お悔み申し上げます」

 アルディレイドの婚約者が病死したことを遠回しに告げる。王太子の相手が死んだ途端、公爵家が娘を押し付けたような感じがあって、私は気まずくてしかたがない。

(ううん、王家も後ろ盾が必要だもの。私のお母様は陛下の妹だし、ご兄妹仲は良いから、貴族から嫁をとるなら安全パイだわ)

 貴族の娘より、他国の王女を迎えるほうが政治的に良いだろうが、この国は今のところ、他国との関係で困っていることはない。周辺国とは友好関係を築いているから、親友の間柄である隣国の王族でもないなら、わざわざめとる必要はない。
 それどころか、他国の姫を迎えたら、隣国との友情にヒビが入るかもしれないのだ。それならば自国の貴族から嫁を選ぶというのは、妥当なところだろう。

(身分が高いのも困りものよね……)

 フォーレンハイト家は、建国期から王家を支える名家なので、家柄だけを見れば私を嫁にするのがちょうどいい。

「ありがとう、アイリス。彼女のことは悲しいが、元々病弱な方だったから、しかたがない」

 アルディレイドはそう返したが、青い目には寂しげな色合いが浮かんだ。
 それを見て、私は好ましく思った。婚約者を大事にしている男のほうが、女には魅力的に映るのは当然だ。

「アイリスだと? いきなり呼び捨てか、なまいきな!」

 しんみりした空気をぶち壊したのは、ガーネストだ。

(本当に空気を読まない人ね!)

 精霊の自由奔放さには手を焼いている。おばあ様が精霊と付き合うのがどれだけ大変か忠告していたのも当然だ。
 私はアルディレイドが怒るのではと焦ったが、アルディレイドは面白そうにガーネストを見た。

「やあ、あなたが火の精霊王様か。お会いできて光栄だ。アイリスは王宮の社交界には滅多と顔を出さないから」
「この通り、人間社会のマナーにうとい精霊なので、お恥ずかしい限りですわ」
「こら! アイリス、さらっと馬鹿にするな!」

 ガーネストが文句を言うが、私はしれっと返す。

「あら、突然、喧嘩を売るのが、精霊には良いマナーだったのね。知らなかった」
「初対面でいきなり呼び捨てにするから怒ったんだろ」
「ガネス、初対面じゃないわ。従兄弟だもの。あまり親しく交流していないだけで、何度かお会いしたことくらいあるわよ」

 アイリスが従兄弟だと紹介したことで、ガーネストは首を傾げる。

「従兄弟? さっきの虫……」
「虫?」

 アルディレイドがけげんそうに口を挟む。

「なんでもございませんわ、殿下! シェーラ王女殿下も従兄弟よ、ガネス。こちらは兄君よ」
「兄~?」

 ガーネストはぽかんと口を開け、アルディレイドに近づいて顔を観察する。

「まったく似てないじゃないか! 玉虫色のたぬき女と、金色宝石くらい違うぞ!」
「ガ、ネ、ス!」

 たまりかねて、私はガーネストの腕をつかんだ。

「外に出てなさい!」
「嫌だ! アイリスを男と二人きりになんてするか」
「お父様も従者もいらっしゃるわよ!」

 駄々っ子に手を焼く母親みたいに、私はガーネストと引っ張り合う。お父様を見ると、遠い目をしていた。

(ああ、現実逃避していらっしゃるわ!)

 こうなるとお父様は役に立たない。ここは自分ががんばらなくては。私が最後の砦である「命令」を使おうとした時、アルディレイドの笑い声が響き渡った。

「あはははは! 玉虫色の! 狸女! ちょっとやめてくれ、妹のためにも我慢すべきなのに。ははははは」

 腹を抱えて笑うアルディレイドを止める者は誰もいない。それどころか、居合わせた従者や侍女は必死に無をとりつくろっている。彼らが震えているのを見ると、笑うのを我慢しているように見えた。

「すまない。妹の奇行を止められなくて困っていたのだ。あの流行を見たか? 最悪だろ。一つを見ると質が良いんだが、妹はコーディネイトする才能が少し欠けているようで」
「とりつくろっているように思うが、最悪と言った時点で遅いだろ」

 ガーネストがもっともなことを言った。こういう時だけ常識を発揮するなと言いたい。

「も、申し訳ありません、殿下。わたくしの指導が行き届かないばっかりに。こんな落ちこぼれの精霊使いなんてご迷惑でしょうから、お見合いは辞退させていただきますわ!」

 私はほとんどやけくそな気分で、この事態に便乗して、お見合い失敗しようと切り込んだ。
 だが、笑い終えたアルディレイドは首を振った。

「いいや、気に入った」
「は?」

 私とガーネストだけでなく、お父様の声も重なる。

「こんなふうに物おじせずに発言する者が近くに欲しかったんだ。それに、公爵が自慢するだけあって、アイリスは可愛い。落ちこぼれどころか、火の精霊王と契約する素晴らしい能力者だ」

 私は面くらって黙り込む。従兄弟とはいえ、可愛いとはっきり言われてうろたえた。

「あ、あの……」
「フォーレンハイト家の精霊使いは、皆、料理上手だ。中には宮廷料理人になった者もいただろう? 次に会う時は、手作りの菓子を持ってきてくれ」

 アルディレイドは私の右手を取ると、手の甲に軽くキスをする。

「よろしく頼む、婚約者殿」

 びっくりして、カチンと固まる私に強気に笑いかけ、アルディレイドは椅子を立つ。

「さて、次の予定があるので、これで失礼する。またな」
「へ、は、はい……」

 とりあえず礼儀として見送ってから、私は首を傾げる。

「え? どういうこと?」
「殿下にお気に召されるなんて、さすがは私の娘だ!」
「何を言ってるんだ、まったく良くない! 妹を馬鹿にしたのに、どうして気に入るんだ!」

 感極まっているお父様を放置して、私とガーネストは混乱のあまり頭を抱えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...