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<大人編>四章 婚約の打診
24 王太子とお見合いの日
しおりを挟む仮縫いから一週間後、完成したばかりの桃色のドレスに身を包み、私は王宮にいた。ガーネストが私の後ろから抱きついて、ふわふわと浮かんでいる。
「いや、ガードって物理でなの……?」
「いちゃいちゃしているように見えるから、王太子は身を引くに違いない」
「あなた、本当に千年以上生きてるの? はたから見たら、背後霊をくっつけてるやばい人じゃないの、私……」
どうやらガーネストは大真面目のようで、私の頭痛はひどくなるばかりだ。
(ほら、王宮の人達も対応に困ってるじゃないのーっ)
ガーネストが私の契約精霊だと分かっているようで、王宮の騎士や文官、すれ違う貴族達はちらちらとこちらを見る。苦笑もあれば、なぜか微笑ましい目を向けてくる人もいた。
(めちゃくちゃいたたまれない!)
愛想笑いで会釈しながら、私の胃がキリキリした。苦笑しないように気を付けて、お父様とともに廊下を進む。
「お父様は、この状況を何も思わないの?」
「アイリスは可愛いから、精霊にべったり愛されてるのも当然だと思う」
――駄目だった。親馬鹿すぎる意見しかなかった。
お父様は普通にしていれば、お母様と並んで美男美女なのに、今はデレッと目尻を下げているので、残念な人にしか見えない。王宮でこの顔をさらすのは公爵家のこけんにかかわるのではないだろうか。
私がどうしたものかと真剣に悩んでいると、廊下の奥から、ギラギラした玉虫色の――金緑のドレスを着た従姉妹、シェーラ王女がやって来た。地味な容貌をドレスでカバーしようとしているのか、単に趣味なのか、今日のシェーラのコーディネイトは最悪だ。
(誰か教えてあげて!)
私は心からかわいそうに思ったが、お供の侍女も負けずおとらず派手なドレスを着ている。侍女は女官とは違い、格上の存在だ。貴族の子女から選ばれ、主人の傍で身の回りの世話をしたり、服飾品や宝飾品の管理をしたりと、信用が必要になる。
こんなふうに、主人が望む装いをして、にぎやかしの役割をすることもあった。
シェーラ付きの侍女になって、お気の毒様としか言いようがない。
(最近は、南方の国に生息している極彩色の動物や鳥に似せたドレスが流行っているんだったっけ)
私はふと、この間、お茶会をした令嬢が死んでも着たくないと嘆いていたのを思い出した。輸入に金ばかりかかって悪趣味なので、彼女は体調不良を言い訳にして、社交界をお休みしているそうだ。実に賢い選択といえる。
「あら、そちらにいらっしゃるのは、アイリスさんではありませんこと?」
私は顔に全神経を集中させ、引きつらないように努力した。。
あら、そちらにいらっしゃるのは、アイリスさんでは? シェーラときたら、毎回この口上で私に話しかける。以前みたいに頭に「落ちこぼれの」がつかなくなっただけましだが、嫌味ったらしい声と見下す視線は相変わらずだ。
「これは王国の花シェーラ王女殿下、ご機嫌うるわしゅうございます」
私はドレスの裾をつまんでお辞儀する。お父様も丁寧に礼を示した。金細工の扇子からのぞくシェーラの眉がピクリと動く。
「その者はなぜ頭を下げないの?」
「なんだ、この昆虫みたいな女は」
や、め、ろ!
ガーネストは後ろから腕を回しているので、私はその手の甲をぎゅっとつねった。
「いたっ! 何をするんだ、アイリス」
「申し訳ございません、王女殿下。こちらは私の契約精霊ですわ。精霊は自由なので、人間社会のマナーは存じ上げませんの」
私はひそひそ声でガーネストに指示を出す。
「ガネス、今すぐマナーを思い出さないと、三日のおやつ抜きよ」
「しかたないな」
私のお願いより、おやつ抜きのほうがガーネストには響くのは、かなり腹が立つ。ガーネストはきちんと立って、シェーラに簡単にあいさつする。胸に手を当て、会釈程度のお辞儀をした。
「僕は火の精霊王だ。よろしく」
「まあ、あなたが噂の……。わたくし、シェーラと申しますわ」
シェーラがぽっと頬を染めて、右手をついと差し出す。それをガーネストは無視した。普通ならば、王女が手を差し出したら、男はその手をとって、指先や手の甲にキスをしてあいさつするものだ。
「あいにくと、僕は契約者以外に下げる頭はないのでね」
ガーネストは冷たく言った。
すると、シェーラはすぐに作戦を変え、私をじろりとにらんだ。精霊に命令しろと言いたげだ。
「申し訳ありませんが、シェーラ王女殿下。いくら私と契約していても、精霊王である彼は命令では動きませんわ。お願いでやっとなんです。ごめんなさい、何しろ落ちこぼれなので」
以前、散々言われた悪口をあげて、私はしおらしい顔をとりつくろう。
「娘の言う通りです。精霊は自由な気質ですからねえ」
お父様が苦笑とともに口添えした。ガーネストの態度はしかたないものと、フォーレンハイト家ではあきらめられている。
「ですが」
シェーラは文句を言おうと口を開いたが、そこへ侍従が歩み寄ってきた。彼の服装が、シンプルな青い制服だったので、私はほっとした。王太子まで奇抜な服装をしているなら、何がなんでも断って帰らなくてはと考えていたところだった。
「お話し中、失礼いたします。お見合いの時間になってもお二人がいらっしゃらないので、お連れせよと王太子殿下のご命令です」
「アルドお兄様が?」
シェーラは不満げに呟く。
今回のお見合い相手は、シェーラの兄アルディレイドだ。私より五歳年上の二十三歳である。シェーラを止められる数少ない人間だ。
アルディレイドとはたまにパーティーで会う程度で、あまり親しくはない。年齢差があるし、元々、アルディレイドは隣国の姫君と婚約していたから、異性の貴族と距離をとっていた。姫君が不幸にも病気で亡くなったので、今回、私に白羽の矢が立ったのである。お気の毒な方だ。
「あなたごときがお兄様と婚約だなんて! わたくしは認めなくってよ」
シェーラは毒づいて、ぷいっと身をひるがえす。そして、お供とぞろぞろと歩き去った。その後ろ姿は、まるで舞台脇に引っこもうとしている劇団員のようだ。劇のほうがましなので、現実というのは過酷なものである。
なんとも言えない気持ちで彼女達を見送ると、お父様が身を寄せて、こっそりとフォローした。
「王女殿下のお言葉は気にしなくていいよ、アイリス。今回のお見合いは、陛下のご命令だからね。シェーラ様にはどうにもできない」
「そ、そうですわね、お父様」
私は頷きながら、ガーネストの足を踏みつける。
「いたっ、何をするんだよ」
「こんな所で魔法を使わないでちょうだい!」
「あのなまいきな虫女を、ちょっと燃やすだけだよ。髪の毛の先をさ」
「ちょっとでも駄目に決まってるでしょ!」
静かだなあと思えば、シェーラに魔法をかけようとしているのだから、たまったものではない。幼子とペットが静かな時は注意しろ、とんでもない悪いいたずらをしている時だと、料理人のおばさんが言っていたのを思い出す。
ガーネストは見た目こそ大人だが、子どもっぽい性格だけは要注意だ。
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