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三章 行き倒れの水の精霊王
21 精霊喰い
しおりを挟む川に素足をつけて歩くのがこんなに楽しいとは知らなかった。
小舟はなかったが、ウォルターが水に沈まないように魔法をかけてくれて、水面を歩き回るという遊びをした。それから川辺でサンドイッチと紅茶を味わった。
誤算だったのは、水面を歩く私とリニーを見た領民が驚愕して、お祈りに集まってきたくらい。あれはどっと疲れた。
屋敷に帰ると、ガーネストは庭で焚火をして、枝を拾って放り込んでいた。分かりやすくいじけている後ろ姿は、飼い主に放置された子犬みたいだ。
「ガネス、お土産にベリーを摘んできたわよ」
黄色や赤のベリーはつやつやしていておいしそうだ。赤いベリーを気に入っているガーネストが喜ぶだろうと思ったのに、ガーネストはそっぽを向く。
「いらん」
「え? でも、こんなにおいしそうなのに」
「いらんと言ったら、いらん! この浮気者!」
ガーネストは私を怒鳴りつけ、ふわっと宙に浮かぶと、屋根の上へとピューッと飛んでいった。
「はあああ?」
浮気者呼ばわりに、私はカチンときた。
「もうっ、ベリーは捨て……ううん、ベリーに罪はないから、私がおいしく食べちゃうんだからね!」
屋根に向かって叫んだ私は、焚火の始末に困って、庭師を呼びに行った。
結局、翌朝になってもガーネストは姿を見せず、遠くに見えても、私を見つけるとすぐにいなくなる。
一人だけ仲間外れにした罪悪感から、私はどうにかしてガーネストと仲直りしなくてはと、おばあ様に相談した。
「あらまあ、かわいい喧嘩だこと」
おばあ様はころころと笑うが、私は笑う気分にはなれない。
「ごめんなさいって謝ればいいのよ」
「言いたいのに、あっちが逃げてしまうの」
「それなら、こうすればいいわ」
おばあ様は、まずは餌を――おいしいお菓子を用意して、臆病者呼ばわりして怒って出てきたところを謝って、お菓子を差し出せばいいと知恵をさずけてくれた。
なるほど、あちらが逃げるなら、あちらから来るように仕向ければいいのか。
「さすがですわ、おばあ様」
「それでは一緒に、仲直りのデザートを作りましょうね」
「はい!」
そういうわけで、ベリーシロップを使ったゼリーを作ったのだが、肝心のガーネストが見つからない。
使用人に見なかったか聞きながら屋敷内をうろついていると、庭で見かけたと聞いて、すぐに庭に向かった。
「ガネス、どこなの?」
ゼリーを入れたガラスの器を持つ手が痛くなってきた頃、ようやくガーネストを見つけた。赤い薔薇の植え込みのかげに座っている。
「ガネス、見つけ……」
「こっちに来るな、アイリス!」
「え?」
緊迫を帯びた声に驚いて、私の足がすくむ。
ガーネストの前には、黒い影があった。それはよく見ると羽虫の大群のようで、ぞわりと肌が粟立つ。黒い影の姿が揺れて、形が変わる。蜘蛛、トカゲ、猫……そして蛇になったところで、目があるだろう場所が笑みをえがいたのに気づいた。
なぜか私はその時、ガーネストの前に行かなければと思った。
「ガネス!」
とびかかってくる黒い影とガーネストの間に割り込む。
「なっ、おま……! やめろーっ」
ガーネストが怒鳴った瞬間、私の左手の甲にある赤い紋様が、カッと強く光った。
驚きながら、私は自分の体から何かが吸い取られたような気がして、膝から力が抜ける。そして、紋様から火の玉が飛び出し、業火となって黒い影を燃やす。
「アイリス、大丈夫か」
ハッと気づくと、私は地面にへたりこんでいて、ガーネストにのぞきこまれていた。
「ガネス……? 何が起きたの? あ、さっきの変なのは」
「あれが精霊喰いだよ。僕が一人のところを襲撃してきたんだ」
「そうなの!? 怪我はない?」
私は慌ててガーネストの肩をつかみ、あちこちに視線を向ける。目立つ所に怪我は見当たらない。
「僕は精霊だぞ。人間みたいに傷はできない。エネルギーを奪われて、枯渇して死ぬことはあるが」
「こわっっっ!」
ひからびて死ぬってことか。想像した私は、力いっぱい叫ぶ。
黒い影を探すが、どこにも見当たらない。
「逃げたの?」
「お前が危なかったから、とっさにお前の魔力を奪って、精霊喰いを燃やした。もう大丈夫だ」
「そんなことができるの?」
「精霊使いは、魔力を対価に、精霊に魔法を使わせる。それを精霊側から無理矢理したんだ。いいか、僕は命の危険がなければそんなことはしないが、悪い奴は、精霊使いをエネルギー貯蔵庫扱いするからな」
そんな怖いことがあるなんて、教えてもらっていない。
ふと、おばあ様の慌て具合を思い出した、そういうことがあるから、私がガーネストとよく知らずに契約をしたことを焦っていたのかもしれない。
「この領地の連中は、精霊というだけで神様のように扱うが、精霊には善悪がないから、人間には悪いことをする奴もいる」
「ガネスは違うの?」
「長生きしているから、ある程度の分別はあるさ」
どう見ても少年にしか見えないが、そう諭すガーネストの顔は、老成して見えた。
ふと、私は地面に落ちたゼリーを見つける。ガラスが割れて、ゼリーもつぶれていた。
たぶん混乱していたのだろう。そのことがひどく悲しかった。
「う……ゼリーが……!」
「は?」
「うわあああん」
それを引き金に、私は大泣きし始めた。
多量の魔力を引き抜かれた反動で、立てないのも怖かった。
「落ち着け、アイリス。はあ、まったく。精霊をかばうなんて、馬鹿な契約者だな」
泣きわめく私に呆れ混じりに言いながら、ガーネストは私の頭を優しくなでる。二人でうずくまっていると、声を聞きつけた使用人が駆けつけてきた。
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ちょっとまた調子悪くてお休み入れてました。
次章から大人編です。
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