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三章 行き倒れの水の精霊王
13 料理練習中
しおりを挟む「そういえば、アイリスの親はどうしたんだ?」
「結構、今更だよね」
だってガーネストに会ってから、そろそろ二週間になるのだ。
「このくらいの時間、僕にとっては一瞬だからな」
ガーネストはどやぁという顔をした。
いや、なんでそんなに自慢げなのだ。私にはよく分からない。
深く考えると頭痛がするので、まあいいかと横に置いておくことにして、私はせっせと野菜の皮むきをする。
料理は作り始めると面白くて、おばあ様に教わり始めてから、毎日、夢中になっていた。特にお菓子作りが楽しい。混ぜたりこねたりするのは大変だけど、きちんと計りさえすれば、私でも形になるから。
夕食のための下ごしらえを練習で手伝った後、焼き菓子を作るのが日課になってきた。
ガーネストは傍にいるが、手伝わないで見ているだけだ。つまみ食いと試食だけは名乗り出る。
「もうすぐ妹か弟が生まれるから、私はおばあ様のお屋敷にいるのよ」
「それとお前が家を離れることが関係するんだ?」
傍にふわふわと浮いているガーネストが、切ったばかりのトマトをつまみ食いしようとするので、私はその手をペチンと叩く。
ガーネストはちぇっとつぶやいて、ベリーを籠からくすねて口に放り込んだ。
精霊王が盗み食いしないでよ……と私はため息をついたが、ガーネストが空腹でかんしゃくを起こすよりマシということで、キッチンにいる一同、暗黙の了解で許していた。
「お母様に切迫流産の危険があって、絶対安静だからよ。ベッドから動けないの。でも、私がお母様に会いに行ったら、お母様は無理をなさるでしょう? それだけでお母様とお腹の赤ちゃんが危険なんですって。だから私は我慢すべきなの」
「親に会いたいのか?」
「そりゃあ会いたいけど、次は笑顔でお祝いを言うつもりなのよ」
お母様と赤ちゃんをお祝いするために、私はハンカチに小鳥の刺繍をしている。この国では、小鳥は幸運を運ぶシンボルとされているので、お祝いでプレゼントするには鉄板だ。
「お料理ができるようになったら、お菓子を食べさせてあげるの。楽しみだわ」
「その前に、僕にくれよ」
もしかして赤ちゃんに対抗しているんだろうか。ガーネストは不機嫌に口を挟んだ。
「まったくもう、千年生きてるのに子どもっぽいわねえ。いいわよ、ガネス。最初に食べさせてあげる」
「それでこそ特別な契約者だな。――それで、貴族と友達になるんじゃなかったのか?」
「王都に戻って、社交の場に出てからが勝負よ。残念だけど、ここにお招きできないもの」
おばあ様が暮らす領地は、王国の南、それも外れにある田舎だ。誰かを簡単に呼ぶことはできない。
元はフォーレンハイト公爵家の領地の一部だったのだが、おじい様が病気で亡くなる前に、おばあ様が暮らしていけるようにと分割して与えた土地だ。おばあ様が亡くなったら、お父様にゆずる契約になっているとか。
「このお屋敷はね、ずーっと前のご先祖様が、冬の間、体が弱い奥様が寝込むのを見かねて、療養のために作ったそうなの。王都より暖かいんですって」
この国の社交シーズンは冬だ。山に囲まれている王都は雪が積もるほど寒く、屋内にいるしかない。
そのため、社交を冬にして、夏はそれぞれの領地運営をしている。
私は本当なら、両親とともに、ここから北隣にあるフォーレンハイト公爵領の荘園で過ごすはずだった。もちろん、お母様のことがあるので、お父様も王都から動けない。
「あれだけ肖像画があったんだから、ひんぱんに来るのか?」
「あれは療養の間、奥様が寂しくないようにっていう気遣いで始まったのよ。でも、そのうち、家族の絵を置くようになったんですって」
ふう。やっとじゃがいもの皮をむき終えた。
私が最後の一個をざるに放り込むと、料理長がすぐにやって来た。にこにこと礼を言う。
「ありがとうございます、お嬢様。昨日までに作ったお菓子がまだ余っていますので、今日はお菓子作りはお休みにしましょう。たまにはお散歩でもしませんと、体に良くないですよ」
「それもそうね! ガネス、お庭に行きましょ」
「その前に、はい、ジュースを飲んでくださいね」
「ありがとう!」
私がじゃがいもと格闘している間に、料理長はベリー・ジュースを用意してくれていた。ガーネストともに甘酸っぱさを楽しむ。それからいったん部屋に戻って帽子をかぶってから、庭に出た。
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