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二章 精霊のおもてなし術

10 精霊が見えないのは

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「アイリスには小精霊が見えないのか?」

 私の話を聞いて、ガーネストは目をまん丸にした。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ」

 当然、私はむっつりと頬を膨らませる。

「おかしいだろ。それだけ魔力に恵まれていながら、精霊が見えないなんて」

 ガーネストの指摘に、思っていたのと違う反応をされた私はぽかんとする。

「どういうこと?」
「だから、普通は、魔力が強い人間は――というより、魔力が強いフォーレンハイトの血縁者は、〈精霊視〉の瞳を持って生まれた時点で、精霊が勝手に見えるはずなんだ。精霊と交わった人間の子孫だからな」

 精霊と交わった人間……? 

「えっ、私のご先祖様って、精霊と結婚して子どもまでできたの?」
「そうだ。勉強不足だぞ。直系なら教わるはずだろう」
「お父様やお母様、そんな話をしてたかなあ。精霊の勉強、好きじゃないから聞いてなかったのかも」
「精霊を前に、よく言えるな」

 ガーネストは呆れ顔だが、怒りはしなかった。
 そこへ、朝食を終えたのを見計らい、リニーが迎えに来た。

「どうなさったんですか」
「お前、魔法使いだろ。アイリスに魔力が多いのは分かっているな?」

 突然、ガーネストに話しかけられて、リニーは驚いた顔をしたが、肯定を返す。

「ええ、もちろん。ですから、魔法の講師も兼ねて、私が傍仕えをしております」
「どういうことなの、リニー、私って魔力が多いの!?」

 今度は私が質問する。リニーは苦笑した。

「そうですよ。まさかお嬢様、昨日、精霊王様の荒ぶる魔力の中で平然としていらしたのに、気付いていなかったのですか? 普通は、魔力圧に負けますよ。つまり、お嬢様は精霊王様と契約できるだけの魔力をお持ちなんです」
「今まで、それで恩恵を感じたことがないわよ」

「それはそうでしょう。お嬢様、魔法のお勉強がお好きじゃないですものね」
「うっ」

 私はそろりと目をそらした。

「だって、がんばったって、社交界では落ちこぼれ扱いされるから面白くないんですもの」
「はあ? お前が落ちこぼれなのか? 意味不明だな、この国の連中」

 ガーネストは首を振り、リニーに確認する。

「それとも、ハイレベルな精霊使いや魔法使いがごろごろしているのか?」

 ガーネストの勘違いを、リニーは大急ぎで否定する。

「いいえ! 精霊が見えないことだけを重視して、お嬢様自身をごらんになっていないのですわ。私はお嬢様は、努力すれば芽が出ると信じておりますわよ」
「そういえば、リニーは私を落ちこぼれ扱いしないわね」

「お嬢様はお若いですし、誰にでも苦手なものはあります。でしたら、得意分野を伸ばせばいいのですよ。伸びしろはたっぷりですわ。ただ、お嬢様、お友達作り以外に、これをしたいというものがないので、私も指導しづらくて」

 リニーの言う通り、私は周りを見返してやるなんていう野心は持っていない。がんばっても無駄だと思っていたせいだ。
 そうではないと分かって、うれしい。

「私ってがんばれば伸びるタイプなの? それならがんばっちゃおうかな~」
「単純だな」

 ガーネストは笑ったが、心から不思議そうに首を傾げる。

「しかし、おかしいこともあるものだ。これだけ魔力が強いなら、普通は小精霊も見えるものだが」

 見た目は少年なのに、老成した仕草が不思議とはまっている。

「どういうこと?」
「そうだな。精霊使いにとっての魔力の強さとは、暗い中で使う明かりみたいなものなんだ」

 精霊使いとは、精霊と契約して魔法を使う技能者のことだ。
 魔法使いは、精霊に魔力をゆずることで、魔法を使う媒介にしているから、微妙に違う。

「暗い中の明かり~?」

 いったいどういうことだ。
 続きを待つ私に、ガーネストは説明する。

「魔力がランプだとして、小精霊が指輪だとする。暗いランプで指輪を探すのは大変だろ? だが、僕のような大精霊がそこの椅子だったらどうだ。すぐに見つけられる。大きな明かりを使えば、指輪を探すのも簡単だ」
「そういうことなのね」

 なるほど。その理屈だと、私が小精霊を見られないのは変だ。ガーネストが不思議がるのも納得だ。

「うーん、どういうことなんだろうなあ」

 ガーネストは私をしげしげと観察して、「あっ」と声を上げる。

「何か分かったの?」
「違うのか」
「え?」
「人間の言葉で『灯台下とうだいもと暗し』というものがあるのを知っているか?」
「勉強嫌いでも、それくらい知ってるわ」

 私がむすっとして言い返すと、ガーネストは知っているなら続けると聞き流した。

「アイリスは自分から出す光が強すぎて、小精霊の姿を消し飛ばしているんだ。だから見えない」
「えーと」
「目元が明るすぎると、逆によく見えないだろ。周りが暗いと、余計にだ」
「ああ、そういう意味ね。えええっ、それじゃあ、私って実はすごいの?」

 予想外の原因に、私は仰天した。

「そもそも、契約できる精霊のレベルは、魔力の強さによるんだ。魔法なら、魔石や補佐によって、大魔法を使うこともできるが、精霊は契約者の魔力と比例する。僕と契約できる時点で、アイリスは特別だ」

 ガーネストは腕を組み、ふんぞり返る。

「だから、堂々と胸を張っていろ」

 最初は偉そうで生意気な少年だと思っていたのに、今はとても頼りになる。
 私は自然を笑顔になった。

「ふふっ。分かったわ、ガネス。私、自信を持ってがんばるわね!」

 グッとガッツポーズをする。

「そして、お友達を作るわ!」

 この宣言に、ガーネストはがくっとうなだれた。

「心意気が低い! お前、それでも僕の契約者か! 世界征服するくらい言え!」
「領地のことだけでも頭が痛いのに。世界なんて面倒くさいから嫌!」
「そういう問題か!?」
「当然でしょ」

 私は大真面目に肯定した。
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